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新歓コンパ

研究室の新歓コンパ。
芸を仕込んでくるようにと先輩から言われていたラボ新人の4年生5名と韓国からの留学生1名に、新人というには落ち着きすぎているリサーチフェロー1名の計7名を迎えてのこと。この研究室のますますのパワーアップが期待される。

まずは、先生の紹介ビデオに続き、「ハレンチ」という、かなり昔にはやった言葉で、この研究室でのみ今もはやっている言葉を具体的な事例に基づき説明。その後、先輩(M1)が、研究室でのストイックな1年間を紹介。彼は、今年の元旦は研究室で一人で迎えたくらいにストイックな生活を送っているそうだ。

新人の挨拶と芸披露の時間。韓国からの留学生は、兵役の話や韓国での「合コン」の話など、いろいろと話してくれた。円周率の100桁や般若心経の暗誦といったマジメな出し物から、酒の席でだけ通用する「マジック」や「スプーン曲げ」の実演、ギター演奏にいたるまで、どれもそれぞれにすばらしかった。タイから14歳のときに国費留学生として来日した学生の話には、日本の若者には決してみられない姿勢がみられ、また、日本に対する見方、彼の日本での体験談も、我が身を振り返るきっかけとなった。日本人は自己中心的な国民になってしまっているのかもしれない。

20人足らずの中に、双子の兄弟を持つ学生が3人。かなりの高率。
優秀な若い人たちが集まるところには、一種独特のエネルギーが生まれる。彼らはみな、世間でいうところの「勝ち組」でこれまでの人生を送ってきている。恵まれた資質と環境がなければ、このような人たちは生まれない。エリート教育には、日本では忘れ去られてしまったような概念「noblesse oblige」(高い身分に伴う義務)をたたきこむことが必要だろう。

エリートには、エリートでなければなしえないことがある。才能に恵まれた人は、そうでない人には決してできないことができる。努力次第とよくいわれるが、「努力できる力」というものも、たぶんある。そして、誰にでも何かの力がある。それを惜しみなく、てらいなく出していける社会は、きっととても生きやすいだろうと思う。


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MITエンタープライズフォーラム

MITエンタープライズフォーラムに出席。永田町の日経BP社へ行く。
今日は、MITのMOT(Management of Technology)コース卒業生のお話をうかがう。経済産業省の肝いりもあり、MOTプログラムばやりの昨今だが、中身は発展途上のようである。

MITのMOTプログラムは、今年から他のコースといっしょになって、それ自体はなくなってしまったそうである。三名の方が話され、それぞれに興味深くうかがった。「考える」という基本姿勢が身についてよかったとか、ビジネスの基本フレームワーク(たとえばマーケティングの4Pとか)がわかってよかったとか、いろいろよかった点も当然あるが、学んだことを生かせるかというと、必ずしもそうでもないらしい。「マネジメントの方法論はいろいろあるが、その方法論の背景まで考えないと、適切に使えない」というのには納得。

経済産業省からMITに留学され、MOTプログラムを推進しておられる方に、日頃の疑問をぶつけてみた。
「MOTプログラムは、採算性が極めて悪いという調査結果があり、MITでももうやめてしまっているのに、なぜ、経済産業省では、MOTプログラムを推進しているのか?大学に倒産しろといっているのか?」

会場からは、笑いがもれた。
これに対しての答えは、「MOTは日本にとって重要と考えているので、推進している。MITのMOTは、エグゼクティブコースであり、日本で進めているのはそうではない。ご理解いただきたい」

日本は、現場主義なので、アメリカ式のMOTとは違うプログラムが必要、という方のご意見が反映されて、すばらしいプログラムが作られていくことを期待しよう。

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韓国宇宙事情

韓国の宇宙機関や大学を回ってきた。短期間だったが、収穫は大。やはり、現地に行って、話すに限る。
以下、メモと雑感。取り急ぎ。

4/13(火) 
SaTReCi (サトレック・アイと読む)へ。テジョンの郊外。
Choi会長が迎えてくれる。広々とした美しいオフィスは、自社ビルだという。ここで衛星も作る。
70歳くらいのChoi会長(しかし、若々しい)以外は、30代、ほとんどが海外で博士号を取った優秀な若手。十数年前、「この分野では、君が韓国の宇宙をひっぱるリーダーになるんだ」というミッションを持たせて、世界中に送り出したのだという。会社概要の説明をうかがってから、中を見学。「写真をとっていいですか?」と聞くと、「うちは政府関係じゃないからどこでも自由にどうぞ」政府関係の研究所「SaTReC」から飛び出したベンチャー会社の心意気。2000年1月に設立。社長は30代。日本にもこういうのが早くできないだろうか。

地球観測衛星を主に作っている。200キロ程度の衛星でも、解像度は2.5メートルを狙う。IPOはしない予定。コマーシャルベースにのる製品がないのが理由。もし、それができたら、別会社を作るという。

ランチを、Choi会長と、二人の若手重役といっしょにいただく。ちょうど、国会選挙の直前で、Choi会長の政治談議を聞く。この国の世代間の意識の隔たりはかなり大きいようだ。若い世代は、「違う見方を持っているが、何も言いません」

午後、KAIST(Korean Advanced Institute of Science and Technology)へ。ここは、他の韓国の大学とは違って、科技庁にあたるところから資金が出ているので、裕福。キャンパスも広く、学生は、授業料は不要で、食費が支給されるなど、経済的にも恵まれている。しかし、学生は全く感謝しないのだという。高校時代からスポイルされているので、どうしようもないとのこと。2000人ほどの学生が学ぶ。航空宇宙では、電気工学、物理学のバックグラウンドの学生が多い。

KAISTから車で五分くらいのところにKARI(Korea Aerospace Research Institute) がある。衛星とロケットに関しては、2015年までのロードマップができていて、ポスターになってあちこちにはってある。小さいなりにビジョンがある。SaTRecは、KARIのリサーチ事業部のようなもの。SatReci は、それをきらって、飛び出して独立でやっている。とはいうものの、宇宙だけでは食べていけない。防衛がらみの仕事もかなりもらっているようである。韓国では、軍事と宇宙は特に違和感なく、共にやっているらしい。国家年間予算の25%が軍事費に使われているというから、軍事予算は潤沢にあるのだろう。

夜は、KAISTの先生たちと食事。

4/14(水)
午前中KAIST。UNISECのパンフレットも配布し、ほんの30秒ほど、説明もさせてもらった。
昼は、先生たちと食事。一人三百円くらい。味噌汁、豆ご飯、キムチ三種の献立。ヘルシーでおいしい。
午後、SaTRecへ。宇宙研で6年間勉強したという若い方が説明してくれる。アドミもいれて40人ちょっとで、4億円の予算でやっているのだという。衛星を作る部屋は、雑然として作業していた。FMを作るときには、まず大掃除をしてからなんですよと笑う。

近くのハイキングコースのような寺へ行く。KAISTの学生二人がガイドをしてくれた。屋台のチヂミを食べる。これは最高。夜、ソウルへ車で移動。KAISTの先生が運転するスポーツカーの後ろにちょこんと乗せて頂く。夜は、タコ料理。ほとんど深夜になって、ホテルに到着。なぜかジャグジーつきの大きな風呂がついている。文句はないので、ゆっくり手足を伸ばす。

4/15(木)
この日は、選挙のため、すべてお休み。キョンボックンというふるい都の王宮へ。のどかな公園。
ミョンドンは銀座というか新宿というか、すごい人出で歩くのもままならない。エネルギーがあふれていた。カルビをたらふく頂いた。菜食主義はいったいどこへいってしまったのか。旅行中は一休み、かな。

夜、また移動。今度は、ヨンピョン(龍平)のリゾートホテル。なんと、冬のソナタのロケ地ではないか。なかなかいいホテルでご機嫌。

4/16(金)
朝六時に目覚ましがなった。かけた覚えはないのだが、なった。スキー場へ散歩にいく。戻って朝食。干しスケソウダラのスープとご飯。10000ウォン。けっこう高い。

11時から、KSAS(The Korea Society for Aeronautical and Space Sciences)の年会。全員起立して、国家斉唱がある。軍服姿の方の挨拶もある。ハングルなので、全くわからない。
お昼は、KSASのボードメンバーと食事。午後、江陵(カンヌン)へ。案内されるままに、楽しませていただいた。懇親会には三十分遅れてしまった。韓国では立食は好まれないそうで、椅子にすわって洋食。ほとんどすべてのものはおいしいが、コーヒーは薄い。エスプレッソでちょうどよいくらい。

午後、ドライバー兼ガイドをしてくださったKAISTの先生と話す。朝鮮戦争で祖父母は殺されたという。しかも、「敵軍」ではなく、「突然共産党になった友軍」に、裕福な地主だった彼らは殺されたのだそうだ。その報復のためか、おじは警察に入り、友人を含む50人以上も殺したという。歴史を背負って、人は生きている。

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ドロシー・マクレーン講演会

ドロシーさんの講演会。いけなくなった知人がチケットをくださったので、お話を聞くことができた。感謝。
精神世界ではちょっとした有名人。日頃物質世界で生きている私は、たまに魂を洗う場所を求めたくなるらしい。野菜や石と交信するという話、私にはやはりちょっとついていけないのだが、しかし、そういう人がいても不思議ではない。野菜や石とお話できたら楽しいだろうなと思う。

以下、居眠りしながらのメモがき

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ドロシーさんは、84歳。明るい笑顔と明晰な話し振り。声の調子は40代といってもおかしくないくらい張りがある。
カナダ生まれで、イギリス人と結婚して渡英。
もともと、いかに生きるか、といったことに興味があり、師にめぐり合う。
"Act, Do not react"、"自分が学ぶべき状況を自分が引き出しているのだから他の人を責めてはいけない”、”無条件の愛”など、スピリチュアルな学びをしていたが、愛しているものを無条件の愛のために手放さなければならなかったことがあり、そのときはつらかったという。しかし、神秘体験をして、神(エネルギーのようなもの)がいるという気づきをした。自分の神聖さにふれるのは、パワフルな体験である。

「立ち止まりなさい、聞きなさい、書きなさい」という思いがあったが、そのようなことはきらいだったので無視していた。だが、あまりにそれが出てくるのですわって、書いてみた。しかし、「神は愛だ」というような聞こえのいいことだけを書き取っていた。検閲していたのである。

シーナというスピリチュアルな先生に、それを話したら、あなたは本当の何かにあっているといわれ、一日3回、それをしなさいといわれ、それから検閲せずにするようになった。Fun, Love, Full Joy のような神は、自分が子供のころに習った神とは全く違っていた。決断するときは、自分のマインドを使っていたから、内なる神聖な声に従うのは、難しかった。

フィンドホーンに行くまでの10年間、ガイダンスにしたがって、一歩一歩、神に近づいていく生活を送っていた。ピーターは瞑想を一生懸命したが、何もメッセージを得られなかった。ただ、直観は鋭かった。アイリーンは、言葉を受け取っていた。自分は、言葉を受け取らなかったので、受け取ったものを言葉にするのに、かなり苦労した。辞書もよく使った。

フィンドホーンでは、スピリチュアルライフを実践していた。野菜や植物からのメッセージを受け取るようになった。大木からのメッセージは、地球の表面に木があることが大切。木は、天から地へエネルギーをおろす仕事をしていて、成熟した木にしかそれはできない。だから、木を切るのはよくない。

そのうちに、美しい小石とも交信できるようになった。鉱物のディーバは、とても知性が高かった。

家にねずみがいて、うるさくて眠れなかった。ねずみのディーバと交信しようと思い立ち、自分の状況を話して、人間は夜寝ないといけないから静かにしてほしいと頼んでみたら、静かになった。自分が引っ越して、友人がその家に住み始めたら、ねずみがうるさいといってきた。ねずみは、自分の言うことを聞いてくれたのだと思って、うれしくなった。

フィンドホーンではねずみが繁殖して、交信したけれど、結局毒をもった。ホテルでは、交信したらうまくいったときもあった。常に交信する必要があるようだ。ディーバは、種をつかさどっていて、惑星の集合意識体に属している。交信する前に、自分の神聖さと一体化する必要がある。

喜びのエンジェルと悲しみのエンジェルは一つであって、二元性の世界を超越している。自分は、都会の意識は好きではなく、自然と協調するアメリカンインディアンのようなのが好きだった。メサベルディへ行ってみたが、イメージがくずれた。都会にもエンジェルがいて、町のエッセンスに愛でつながっている。都会のエンジェルは、人間に愛を送ってほしいといっている。

Q&Aより

みなさんにお伝えしたいことは、自分の中の神とつながること、そして、自然の天使の声を聞き、自然を大切にしてほしいということの二つです。

戦争が終わらないのは、自分の中の戦いがあるから。一人一人が愛とともに生きれば、かわっていく。

誰でも、何にでもつながる能力がある。つながるには、愛すること。
be more loving

盆栽についてどう思ったか。最初は、かわいそうと思ったが、交信したら、「人間がケアしてくれるからうれしい」といっていたので、見方がかわった。

集合意識体とは、グループの人たちが共通点を持って集まり、同調してくると集合意識が生まれる。そのグループが奉仕をしたいという願いを持つと、エンジェルが出てくる。こうしたエンジェルをたくさん作っていこう。

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サムゲタン

韓国にきた。
成田から2時間半という近さ。
ソウルから高速バスで2時間ちょっと乗ると、テジョンという町に着く。
そこから車で少しいったところにユソンという町がある。
ここは、温泉地。着いたのが10時すぎで、ホテルの温泉は明日朝まで
おあずけ。

夜食をとりに、外へ出かける。
サムゲタンとカルビジョングル。
残念ながらハングルが読めないので、カタカナで書いてあったのをそのまま発音。
サムゲタンは、鶏をからだによさそうなもの(朝鮮人参など)といっしょにぐつぐつ煮込んだもの。お米も入っていて、一口たべるごとに、カラダが元気になるような気がする。
ジョングルは鍋物。カルビジョングルとは、カルビの鍋物のこと。さすがに本場。おいしい。しかも安い。初日から満足。決まりきったミッションよりも直観を大切にすることにして来ることにした韓国。ここから何が生まれるだろう。楽しみだ。


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宇宙作家クラブ

宇宙作家クラブの例会に出る。今日の講師は、宇宙研の矢野創さん。
アポロ月面着陸の年に生まれたという矢野さんは、目がくりくり、きらきら。
宇宙研はすでに消滅して、JAXAとなっているが、JAXAの矢野さんというよりは、やはり宇宙研の矢野さんという感じ。1時から5時までたっぷりと時間があり、小惑星探査のお話を聞く。この例会では、通常かなりオフレコの話が出るのだが、今回も楽しい話満載で、満腹。はやぶさ運用は、のぞみの300倍くらい(200倍だったかな)たいへんだということで、お疲れ様である。

その後、懇親会は台湾料理。まるで台湾の屋台に来たような錯覚を覚える。路地に机と椅子が並べてあって、そこが「予約席」。ゆっくりと暮れていく夜空を見ながら、講師を囲んで雑談に花が咲く。

星が見えてくる。星は、昼間もそこにあったのに、夜にならないと見えてこない。
もしも、いま、人生真っ暗、というのであれば、それは幸いである。あなたのまわりにあった星が見えるチャンスだから。
もしも、いま、人生花盛り、というなら、それは幸いである。あなた自身が星として、宇宙の構成要素になっていることを実感できるだろう。
いつも、いかなる状況でも、そのときそのとき、大きなチャンスに恵まれているのだと知ろう。


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カラダ調整中

発熱や下痢はよいこと。
からだがバランスをとろうとしてやっていることなので、無理におさえたりしてはいけない。
脱水しないように水分補給に気をつけて、出るものを自然に出してやればいい。

こんな教えを1年ほど前にうかがって、そういうものかと思うようになった。
現在、やや体調不良なのだが、私のカラダさんは、ただいまバランス調整中なのだと考えると、カラダに対していとおしさと頼もしさを感じるから不思議。

ここ数年、かなり無理をしているので、カラダがそろそろ騒ぎ出してもおかしくない。そんなに無理をして得たものは何だったろうか。何か特別なものを得たわけではないのだが、無理をしている間は、少なくとも充実感があった。持てる力を振り絞るとき、何かからだにみなぎってくるエネルギーがあるらしい。

そして、たぶん自分が思ってもみなかったところで、その「無理してがんばったこと」は、戻ってくる。
そう考えると、幸せが津波のようにやってくるように思えて、ワクワクする。
溺れぬように、サーフボードは離さぬようにしよう。
なんでも、前向きに考えたほうが、「今、このとき」楽しく過ごせる。

前向きになるには、言葉も大切だ。
体調不良と言うよりは、カラダ調整中と言ったほうがいい。
電車の時刻表示などで、Out of Order とよく書いてあるけれど、日本語では「調整中」だ。
この、奥ゆかしき言葉遣い。やはり日本語は美しい。

美しい言葉を話す、美しい人を目指そう。

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マーケッターとリサーチャー


結局、山積みの仕事は終わらず、日曜日の今日も仕事。
マーケティングの添削をする。

すべての職業がそうであるように、マーケティングにむいている人とそうでない人がいる。
マーケティングは、リサーチの仕事とは根本的に異なる。

リサーチの仕事は、「この市場はかくかくしかじかの理由でダメ」「この商品は、アンケートの結果、ダメ」というのが仕事だが、マーケティング担当者は、そんなことは言っていられない。なんとか、売れる道を必死で探す。そのうちに、知恵が出てきて、新市場を掘り起こすこともある。

また、情報が不足していても、決断しなければならないし、その決断を、営業に伝え、説得しなければならない。いかにうまい方策を考えても、動いてくれる人たちにわかってもらえなければ、宝の持ち腐れになってしまう。

マーケットは生き物で、いっときもじっとしていない。消費者動向というわかったような言葉も、実態がなくて、常に変化し続けている。その中で、先を見通して、「これは売れる」と思える人が、マーケッターに向く。そして、売れなかったときに、めげずに挽回策を練る、撤退の判断を下す、などのリスクをとれる人が、マーケッターに向く。

自分はどちらかというと、マーケッターのほうだと思う。そのせいか、リサーチに終始し、そこで満足している答案をみると、歯がゆい。なんとしても売るのだという強い意志がないと、あまり高くもないそのハードルは乗り越えられないらしい。

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土曜日

土曜日。
のんびりしたいところだけれど、今日は、自宅で仕事。
組曲「惑星」を聞きながら、仕事をする。これはけっこう贅沢。もしも、窓から新緑萌える山が見えたり、穏やかに波打ち寄せる海が見えたりしたら、もっといいだろうなあと思いながら、隣の無機質なマンションが目に入る。
最近、美しいところに住みたいという欲求が強くなっている。環境のよいところ、目に入るものが、想像の力を使わなくても美しいところに身をおきたい。

私は、こんなにも自由なのだから、そうすればいい。そうなるだろう。そこで、何をしようか。眼前の仕事の山を片付けながら、夢想はふくらみ、白昼夢の中でニヤニヤする。そういえば、今朝、すごい夢をみた。100億円のくじにあたったのである。夢の中で、くじをひく前から、私はこれはあたると確信していた。

美しい環境の中で、美しいものをつくりたい。それは人なのか、物なのか、目に見えないものなのか、あるいはそれらすべてなのか、明言する段階にないが、もしそれを始めたら、すごい勢いでうまくいくだろうと、この部分では「確信して」いる。

さて、仕事に戻ろうか。

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さくら

千鳥が淵の桜が満開だった。
昨日は友人と、今日は一人で、見た。
二日連続でいったのは、ちょっとした偶然で、わざわざということでもないけれど、二日も魂を洗うようなホンモノの美しさに出会えたことが嬉しい。

桜は花もかわいらしく、一本の木としても美しい。十分に鑑賞に堪える。
しかしながら、千鳥が淵の桜は、声も出ないほどの美しさを誇る。見上げれば、桜が空を埋め尽くし、お堀の対岸を桜色に染めている。その圧倒的な量感は、すでに植物の領域を超えて、一幅の絵巻物。それ自体が芸術作品としか思えない。

これほどまでに美しい桜を私は知らない。
老いも若きも、男も女も、善人だろうが悪人だろうが、関係なく、ただそれに見とれる。言葉はいらない。その場にいて、桜の美しさとともにいること、一体になることのすばらしさ。

このような感動を与えてくれるものが、電車でいけるところにあるということ、それに見とれることをよしとする花鳥風月の文化の国に住んでいることに、ただ感謝する。


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エイプリルフール

4月1日 エイプリルフール。

しかし、以下はウソではなくて、本当のこと。
昨日、某社編集の方がご来訪。
6月に出版予定の「カンサット(空き缶衛星)」の件で打ち合わせ。学内にいる登場人物を紹介し、舞台となった教室をお見せして、先生や学生さんといっしょに学生食堂へ。本の中で出てくる「ひれかつ定食」を召し上がられ、「思ったよりおいしいですね」。

4月1日は「ウソをついてもいい日」だそうだが、ウソをつかないようにする日というのを作ったほうがいいくらい、ウソが蔓延している。特に、政府系のお金を使うと、そうなる。これは、単年度会計という仕組みのせいで、継続事業であっても、3月末には会計を締めなければならず、翌年度は5月か6月からしか使えないのに、事業はその「谷間」の間休むということができないからである。谷間の間の資金調達は、領収書の日付をごまかすとか、先に払えるものを払っておくとか、「ウソ」をついて行う。この行為をするのは、最初はいやでたまらないが、そのうち「必要悪」であると考え、また少したつと、「これがあたりまえ。これがふつう」と思うようになるらしい。

国の金を使うと「魂が汚れる」のである。
そして、魂が汚れたことに気がつかない、あるいは、その事実から目を向けているために、人は「魂を洗う」ことに思い至らない。手が汚れれば洗うだろう。服が汚れれば洗濯するだろう。しかし、魂の汚れには、人はあまりにも無頓着である。汚れなど、一切存在しないものとして生きているうちに、心の目がくもって、しまいには見えなくなってしまう。

そして、汚れた魂の持ち主たちが、それに気づかぬままに毎日を過ごし、汚れを拡大再生産していく。この悪循環。自分の行動を正当化しようとする心理が働くから、その傾向には拍車がかかる。

汚れに気づき、それを洗い落とす時間を一人一人が作ることで、世の中は相当にきれいになるだろうと思う。

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