« カンサット本脱稿 | Main | サレンダー »

執着とコミットメント

執着とコミットメント
attachment VS commitment

どちらも、あることとの強い関係を示す言葉だが、中身は大きく違う。
執着は、「強く惹かれ、離れられない」こと。
コミットは、「大事だと思い、離れない」こと。

離れることはできるけれど、離れないでいるというのと
離れようとしても離れることができない(と思い込む)ことの違いは、行動に大きく影響する。執着していると、目が曇りやすい。恋に狂うと、こういう状態が起こりやすいが、執着の恐ろしいところは、二つある。

一つ目は、好きなものでもきらいなものでも執着できてしまうというところである。好きだから執着するというばかりでもないのだ。きらいだと思い込んだとたんに、そのきらいなものから離れられなくなる。きらいだという感情から抜け出せなくなる。いやな思いに執着しているのである。

二つ目は、執着はエネルギーを生み出すように錯覚するということ。執着していると、そこから怨念のようなエネルギーが出てくる。裏切った相手に対する復讐がその最たるもので、そのためだけにでも人は生きていけるくらいのエネルギー、まわりを巻き込むエネルギー、後世にまで伝わり続けるエネルギーを生み出すかのように、執着は働く。しかし、そのエネルギーは、何も生み出さず、他からバンパイヤのようにエネルギーを吸い取ってこなければいけない。復讐するエネルギーは、復讐される側からエネルギーを奪い取るし、いやなものをずっと我慢している人は、常にどこかからエネルギーをもらわないとその状態を保てない。

執着はさっさと手放して、次に進んだほうがいい。
そして、本当に価値あるものにコミットして、すばらしい人生を輝かせていくことにエネルギーを使ったほうが、自分もまわりもずっと幸せになるだろう。


|

« カンサット本脱稿 | Main | サレンダー »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Comments

レイランドはじまって以来のコメントで、やや緊張気味。
はじめてコメントをつけていただき、ありがとうございます。
手を離すのは怖いですが、離してしまえば、下はふわふわかもしれず、軟着陸できるのかもしれません。

Posted by: Rei | 2004.05.23 10:18 AM

禅問答でいう「懸崖」ですね。崖にぶら下がったまま落ちそうになったらどうしたらいい? そう、手を離せばよい。

Posted by: Ryoan Ishizuka | 2004.05.21 11:47 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 執着とコミットメント:

« カンサット本脱稿 | Main | サレンダー »