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六本木ヒルズの美術館

六本木ヒルズでのこと。
映画「ディープブルー」を見る予定だったが、時間がうまくあわなくて、展望階へいってみることにした。美術館とセットで1800円。

展望階からの眺めはやはりなかなか。車が1センチくらいに見える。それにしてもビルだらけ、家だらけ。こんな狭いところにこれだけたくさんの人が住むというのは、それだけですごいことだ。

数年前に来日したアメリカの未来学者が、新宿の高層ビルからの眺めをみて、「こんなにたくさんの人がちゃんと住んでいるなんて、人類はすごい」と言っていたのをふと思い出す。

美術館は、現代美術の催し。「モダンってなに?」と題するニューヨーク近代美術館展。

さまざまな現代アートを堪能。ムンクやウォーホルくらいは名前を知っているが、ほとんどが私には初めてのもの。
死体とみまがう作品や、カンバスいっぱいに青をぬってあるだけの作品など、うーむと思いながら、ひとつひとつ楽しみに見た。その中で、ある作品がとても印象に残った。

キューバ生まれのアメリカ人、Felix Gonzalez Torres の作品だ。
部屋の片隅に、キャンディの山が作られている。赤、銀、青のセロファンで包まれたキャンディが、文字通り山積みになっているのだ。タイトルは「Untitled USA Today」そして、「Endless supply」「Please take one」と書いてある。

作者は1957年生まれで1996年になくなっている。そして、この作品は1990年のもの。

なぜこの作品が印象に残ったのか。たぶん、理由は二つある。
ひとつは、作者が亡くなっても、「永遠に補充されて」作品が残っていくという作品を作ったことのすごさ。もうひとつは、見る人がキャンディをひとつとることで、作品はどんどん変容していくという、「時の流れによる変化」を体現していることのすごさ。しかも、キャンディをひとつもらうときに、その人は完全に作品の一部になるのである。

今、迷っていることがあるのだが、この作品に解決のヒントがあるような気がしてきた。

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空き缶衛星の感想文

本は一度出てしまうと、著者の手を離れて、一人歩きする。かわいがってもらえるかどうか、心配でたまらない。ましてや、この本は、私の本というよりは、学生さんたちのがんばりを伝える本なので、評判が悪かったりしたら、彼らに本当に申し訳ない。そんなとき、読んでくださった方から、感想をお寄せいただいた。この方も、一生懸命生きている頑張り屋さんなので、きっと共感される部分があったのではないかと思う。
ご本人の承諾をいただいたので、ここでご紹介させていただきたい。

===ここから===

「上がれ!空き缶衛星」大変楽しく、熱く、読ませていただきました!

手にとった時は、「超小型衛星プロジェクト、理科系熱血ドキュメント」の帯に、衛星、理科系いずれも縁遠い私に果たして理解できる話だろうかと心配でした。しかし、その不安はまったく無駄なものでした。個性豊かな登場人物に話の展開の早さ、あまり知られることのない大学内部の話、日米間の違いなど、私には目新しい話ばかりで、最初からぐいぐい話に引き込まれっぱなしでした。

また随所に当事者たちの生活がちらちらと織り込まれ、(風邪だった、東急ハンズで鉢合わせなどなど)何度も微笑ましい気持ちになりました。

最後の打ち上げのところはドキドキでした。永島さんの「きた!きた!きたー!」のセリフには本の上で一緒に感動さえ覚えました。

大学生といえども、もう立派なプロジェクトものですね。最近たまたま、壊れかけた赤字プロジェクトの建て直しを命ぜられたプロジェクトマネージャーの話(システム系)、「プロジェクトマネジメント」近藤哲生著を読んだのですが、いいものを作るんだ!成功させるんだ!という共通の使命があってか、プロジェクトにかける思い、モノ作りへの情熱とその工程、人が人を助け合い協力する姿など、さすがプロジェクトというだけあって共通点が多いと、頷きながら読みました。

これからはニュースでも衛星関係については見方が変わりそうです。

私にとってのカンサット(熱い体験)は、あっただろうか・・・。人を育てるとはどういうことか、貧乏の大切さなど、ただ感動しただけでなく考えさせられることも多かったです。

ところどころに散りばめられた川島さんの言葉が、素敵なエッセンスとなって読み心地爽やかな、夏の読書に最適な一冊でした。

熱い感動を分けていただき、ありがとうございました!

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愛をまわす

ありがたいことに、あるビジネスプランコンテストのファイナリスト8組に選んでいただいた。そのブラッシュアップにアップアップしている。

「回したいのは金じゃなくて、愛」
「愛をうまく回すためにいくらかかるかを考えるのがビジネスプラン」

という私たちの気持ちは、投資家へのリターンを第一義に考えざるをえないベンチャーキャピタルにうまく届くのかどうか。というよりも、そういう想いをビジネスプランにうまく書くことができるのか。

「金がからむと、人が変わる」
「きれいごとでビジネスはできない」

常識的には確かにそうだ。

でも、私たちは、これまでの常識にない宇宙という場へのアクセスを持ち、情報化社会というかつてなかった社会に生きている。

地球を覆っていた「愛」が、薄くなっているような気がしているのは私だけだろうか。もっともっと「愛」が地球上に回っていくように、何か手を打たないといけないのではないだろうか。

ビジネスで回さなくてもいいだろう。ボランティア活動でやったらどうだ、という声も聞こえてきそうだ。
確かにそれもそうだ。ずっとそうやってきた。

ボランティア活動は、持続可能かというところで疑問がある。つまり、どこかほかのところからエネルギーを注入し続けないと、ボランティア活動は続かない。
「金」のことでいうならば、「金」をどこかで稼ぎ、余暇の時間をボランティア活動に使うので、「本業」次第でその時間は消え去ってしまう。時間とともに、その精神も失われることも多い。

「余暇」や「趣味」でなく、「本業」が「愛を回す」といえる人たちを作っていかなければ、それは持続可能な事業になりにくいのでないかと思う。

宗教家は、ある意味で「愛を回し」生活を立てている。宗教ではなしに、そういうことをするのは不可能なのだろうか。

悩める今日このごろである。

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気象衛星の画像

気象衛星(昔はひまわり、今は、アメリカの衛星に頼っている)の画像を天気予報でよく見る。
日本列島を雲がずっと動いていっている、あの画像だ。

今日、ショッキングなことを知った。

あの雲の画像には30分の時間経過が含まれているそうだ。つまり、一瞬で地球にかかっている雲の画像をとるのでなく、端から順々に少しずつとっていって、はりあわせたものが「そのときの雲の画像」ということになっているそうなのだ。(日本列島だけなら、30分もかからないと思う。念のため)

だまされていたというと大げさだが、私がこれまで「あれは、宇宙から雲の写真を ある瞬間に撮影したもの」と信じていたものが、そうではなかったのである。

夏の風物詩である積乱雲は、15分から30分くらいでできるそうだ。30分の時間差が気象衛星画像ひいては気象予測にどれくらい大きな意味をもつものなのか、推して知るべし、である。

「何時の雲の画像」という言葉にだまされてはいけなかったのである。視覚に訴えるものであればあるだけ、「自分の目でみた」というだけの理由で、信じてしまいやすい。

そういうことが、世の中にはどれくらいたくさんあるのだろうか。
「自分の目で見た」から、これは確かな情報だと思い込んでいることがどれほどたくさんあるだろう。

本質的なことを見落としていることが、もしかしたら思っている以上に多いのかもしれない。
「第三の目」あるいは「第六感」のようなものも、大事に育てないといけないのかもしれない。

そのためにはどうすればいいのだろう。心の眼に、栄養とチャンスを与え続けることだろうか。心の眼が開きかけているのに、あいている二つの眼がつぶしてしまうことも多いような気がしてきた。

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猛暑襲来

本日、都心では気温が39.5度という猛暑。
これまでの最高気温39.1度(1994年8月3日)を更新したそうだ。
駅から歩くほんの10分足らずの間、熱中症になりそうだった。

凍らせたペットボトルのお茶をもって歩いているのだが、あっというまにとけていく。
暑いと、なんでも融けていく。

熱気は、固まったものをとかすのに役立つ。
猛暑襲来は、そんな単純なことを思い出させてくれる。

昨日、UNISECの総会を東大の山上会館で行った。
学生さんの熱気とやる気で、総会は滞りなく、活動報告会は熱のこもったものばかりで、懇親会はおおいに盛り上がった。うまく回り始めたような感じがしている。回り始めると、上昇気流にものりやすい。

学生さんの熱気で、変えられないと思い込んでいるところが、どんどんとけていき、スムーズに流れるようになったらいいと思う。

しかし、たぶん、一番の問題は、ずっと冷房のきいた快適なビルの中にいて、そういった暑さ・熱さに気づくことのない人たちが重要なことを決めている、ということなのかもしれない。彼らを、熱気の中に引きずり出すにはどうしたらいいのだろう。一度とけてみるのが大事だと気づいてもらうにはどうしたらいいのだろう。

ほかの人を変えるのはとても難しいことだから、まずは自分がとけてみることだろう。自分の中にあるたくさんの枠やら壁やら「常識」やら。まずはそこからとかしてみよう。新たな地平が見えてくるかもしれない。


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みたま祭り

久しぶりに九段下のインド大使館へ。静かな時間を持ちたかった。呼吸法と瞑想のひととき。
帰ろうと思って、ふと道路を隔てた靖国神社をみると、たくさんの提灯が輝き、サーチライトが空を照らし、たいへんな賑わい。そして、祭り独特のにおい。
今日は、「みたま祭り」なのだそうだ。
きれいなゆかた姿の人たちが楽しそうに歩いている。
たくさんの屋台と夜店。ステージで盆踊りを踊る人たち。

道端で、4,5人の女の子が車座になって地べたにすわっている。あぐらをかいて。
彼女たちは、きれいなゆかたを着ているのである。ゆかたが汚れてしまうと心配するのは、まったくの老婆心であろうと思いつつ、なぜ、彼女たちはそこでそのようなスタイルですわらないといけないのか、不思議に思う。

そして、この神社に祭られている人たちのことを、この屈託なく「祭り」を楽しんでいる若い人たちは知っているんだろうかと、つい思う。私だって直接に知っている人はいないけれど。

20歳やそこらで死んでいった若い人たちがたくさんいる。その人たちは、自分の死をどんなふうに見つめていたのだろう。靖国参拝問題がいつも持ち上がる。諸外国の人たちはよい感情を持ちにくいだろう。けれど、若くして健康なままに死んでいった人たちの無念さと彼らを失った家族の悲しみは、きっとどこの国のどんな民族でも同じだろう。

靖国神社の明るい賑わいを背に、人が作った悲しみの大きさを感じて、重い。でも、人は同じだけ大きな幸せ、いや、もっともっと大きな幸せを作ることもできるはずだと思う。そう信じよう。

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パワー

パワー。権力ともいう。
選挙で戦っている人たちは、たぶん権力をめぐって戦っているのであろう。
その地位にいることでもてる力は相当に大きくて、一度味わったらもう手放せないほどの甘い味であるらしい。

どんなところにでもパワーはついてまわる。
家庭でも、会社でも、大学でも、役所でも、国連でも。大小にかかわらず、パワーゲームはいつでもどこでも繰り広げられていて、そのパワーをめぐって狂奔する人たちが大勢いる。

だから、「私はこんなに知っている」「こんなにできる」「こんなにしてあげられる」ということを声高に言う。どちらが上位にあるのかをくっきりと決めたがる人が多い。それがはっきりしていないと、居心地が悪いらしい。

八百万の神たちに、上下関係はあるのだろうか。川の神は海の神よりも位が高いのか、低いのか。そもそも、どっちがえらいという議論をする必要があるのか。循環系の中で、それぞれの持ち場があって、それぞれが重要なのに。

ほんとうにできる人は、腰が低い。自分ができるとか知っているということをひけらかさない。それでいて、いつのまにか尊敬を勝ち得ている。これは、どこの国でも同じだ。弱い犬ほどほえるというが、それと同じなのだろうか。

パワーゲームに加わることなく、大事なことを見据えて歩いていきたい。威嚇し、ほえる代わりに、みんながなごやかになる歌でも歌って。

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キューブサット一周年記念講演会

7月10日に、「キューブサット一周年記念講演会」が行われ、本当に楽しい時間をすごすことができた。100名もの方が集まってくださって、おおいに盛り上がった。企画・運営にあたった学生さんたちに感謝。ほんとうに近頃の若者は頼もしい。

まずは、東大と東工大からそれぞれ「最年長者」がそれぞれのキューブサット開発について説明。学生はその寿命が短い(?)ので、こんなに若いのに「長老」となってしまう。「長老」のお話は、一般の方を意識して、学会発表風ではなく、とてもたのしいものだった。

その後、休憩をはさみ、私もほんの少しお話させていただいた。UNISECが何を育もうとしているのかを説明して、キューブサット開発とのからみでちょっと。UNISECは、「ユニークで、決してあきらめず、別のやり方を探し、誠実に、元気いっぱいに、チャレンジする」人たちを育む場として機能していけばいいと思う。「UNISEC」な人がたくさんいれば、元気な世の中になっていきそうだ。

Unique
Never-give-up
Innovative
Sincere
Energetic
Challenging

それから、アマチュア無線家のご講演に続き、応援団の登場とあいなり、キューブの声を聞きたくてアマチュア無線免許をとってしまったという主婦の方のお話。大爆笑で大好評。それから、名古屋からかけつけた保険会社のサラリーマンの熱のはいった応援。愛知万博で、キューブサットの声を聞くイベントができると楽しそうだ。それまで生きていてくれるといいが。最後はまじめなお話で締めて、閉会のごあいさつ。

その後、関係者の懇親会の後、研究室に戻って、二段になった巨大なケーキと記念撮影。ケーキには、「XI-IV&Cute-I」と書いたチョコレートの板がのっている。東大・東工大のあわせて30人くらいが食べてもなおあまるぐらいのケーキ。OBの差し入れだ。それから、尽きぬ話があちこちで咲く。

「自分の子供が1歳になったみたい」という学生さんたち。たくさんの親を持ったキューブサットは、今日も地球を回っている。

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暑さ対策

暑い日が続いている。
北海道生まれの私は、かなりつらい。
アタマの働きが鈍り、動作が緩慢になる。と書くと、いつもアタマは冴え渡り、行動が迅速なように見えるが。

冷房がどこでもきいているのだが、たいていの冷房は、「背広を着た男性」に温度をあわせているので、「ノースリーブで素足の女性」は、からだを冷やすことになってしまう。暑い夏にレッグウォーマーが必要な所以である。

暑さ対策で大事なのは食事。
つい、アイスクリームに走りがちだが、きちんと食事をとっていると体力が落ちにくい。
そのための工夫をいろいろとしてみるのがまた楽しい。
みょうがや大葉など、この季節には欠かせない。ちょっと添えるだけで食欲が増進する。

最近、気に入っている朝食。
1分でゆであがるそうめんに、トマトの乱切りをどどんと加え、みょうがと大葉を散らし、そうめんのつゆ+酢+ごま油をかけて、サラダ風にしていただくと、これがけっこういける。暑い夏にぴったり。しかも簡単。美味。

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書評

ここ数日、カラリと晴れている。
北海道のような天候ですごしやすい。
夜もよく眠れる。
水を欲しているかもしれない植物たちには申し訳ないが、ありがたいことだ。

「上がれ!空き缶衛星」にオンライン書店のbk1で、書評を書いていただいた。評者は松浦晋也さん。UNISECへのリンクまではっていただいて、ありがたい。

人によって読み方は違うだろうけれど、「失敗し、打ちのめされてネバダの青空を見つめる3人の学生の姿」が印象に残る、というところは同感だ。

昨年の、ネバダでの打ち上げ実験で一番印象に残っているのは、九州大のチームだ。彼らは、嬉々としてカンサットを仕上げて、ロケットに乗せて打ち上げたのだが、打ち上げの衝撃で線が切れて、作りこんだ機構は動かなかった。再トライしたけれど、今度はパラフォイルとカンサットをつないでいるひもが切れて、自由落下してしまった。

無残に壊れたカンサットを回収し、黙々と片付けて、きちんと挨拶をしてから乗り込んだ車が走り去るときにまきあげていった砂埃を、沈みつつある太陽のオレンジ色の日差しとともに今でも私ははっきりと覚えている。そして、ビデオに写った「嬉々としてロケット側に手渡す光景」を見るたびに、その後の「悲劇」を知っている私は、胸が痛くなるのである。

アメリカのテロ対策が、アマチュアロケットにまで波及しているらしく、アマチュアロケット愛好者もいろいろとやりにくくなっているみたいだ。今年も無事に打ち上げができるとよいのだけれど。

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キューブサットを月へ!

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1歳になったキューブサットは、東工大でもお祝いをしてもらったらしい。昨日のお祝いは、東大のキューブサットXI-IVのためのものだったが、東工大のCUTE-Iも、やっぱりケーキにろうそくを立ててもらって、お祝いをしてもらったのだという。この写真は、東工大の学生さんが暗い中で撮影したものを、やや明るく加工してもらったもの。

家庭の不幸は千差万別だが、家庭の幸福は似通っているとか。
幸せなキューブサットの家では、同じようなことを考えるらしい。ケーキにろうそく1本でお祝い。笑顔で写真撮影。そして、すぐに作業に戻っていく学生たち。

私はエンジニアではないので、学生さんたちの苦労の本当のところは、きっとわかっていないのだと思う。だから、「キューブサットに月に行ってほしい。写真も送ってほしいな」などということを平気で口走る。昼食のとき、そういったら、学生さんたちは「そ、それは・・・」と口ごもっていた。まず、静止軌道への打ち上げロケットにピギーバックがあるものなのか。あったとしても、そこから月へいく軌道に乗せるために正確に噴射しないといけないが、そんなことが可能なのか。そのうえ、月は遠い。通信をどうするのか。

「4日に一回くらいしか写真をとるチャンスがない」
「じゃあ、運用が少なくていいから、楽でいいじゃないの」
「それって、写真をうまくとるチャンスも減るってことなんだけど・・・」

今日は満月。まんまるで、大きくて、本当に美しい。
部屋を暗くして、窓をあけて、静かに見上げるこの悦楽。

キューブサットを月へ!
エンジニアでない私には、技術的な難しさが本当の意味では実感できない。だからこそ、美しい月を見て、夢をみる幸せな時間をやすやすと持てる。

キューブサットが月のまわりを飛ぶ。そんなプロジェクトがもし実現したら、たまらなく楽しそうだ。月から地球をみるキューブサットなんて、想像するだけでワクワクする。

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キューブサット1歳の誕生日

6月30日は、キューブサットの1歳のお誕生日だったので、ささやかなお祝いをした。ホンモノは宇宙へ行ってしまっているので、地上に残っているエンジニアリングモデルにケーキをさしあげて(?)、ろうそくをたて、記念撮影。
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1年前のこの日、研究室はロケット打ち上げとそれに続く衛星放出の瞬間を待って、緊張の糸がぴーんと張っていた。あのときの緊張と感激と高揚。今でも忘れることができない感覚だ。

一年たったこの日、学生たちはそのときと同様に、実に真剣に誕生日を祝った。写真撮影のときなど、ケーキの角度や背景に妙にこだわり、準備が整ってから、電気を消して、「はい、ポーズ」。出来上がった写真には、たぶん、ローソクがちょこんとのったケーキとキューブサットがうつっている。背景は、一年前の打ち上げロケットの写真だ。

ショートケーキが18個あって、好きなのを上の学年からとっていくことにしたときのこと。ドクターの一番上の学生が、促されて選んだのは、なんと、写真撮影に使った、ろうそくの蝋がとけて落ちたイチゴショート。彼の思い入れの強さがこういうときにわかる。

一体感。それは、キューブサットとの一体感であり、チームメイトとの一体感であり、アマチュア無線家たちとの一体感であり、直接に関わってはいないけれど関心を持ってくださる多くの人たちとの一体感なのだった。

コーネル大学から「誕生日カード」がEmailで届いた。彼らもこの1月に打ち上げるらしい。1歳の誕生日を迎えたキューブサットは、見知らぬ多くの人たちに確かに何かのメッセージを送っている。

おめでとう!キューブサットたち。
「宇宙でどんどん友達ができるといいね」とつい言ってしまいたくなる何かを、あの小さな衛星は持っている。


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