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雨の日曜のシタール

雨が降って寒かった日曜日、大阪へ出かけた。
東京は寒かったので、厚手の長袖を持って新幹線に乗ったのだが、降りてびっくり、こちらは蒸し暑い。太陽もかいまみえている。天気予報では台風だったけれど。

この一週間は、ストレスフルだった。睡眠不足のままに次々としなければならないことがあって、消耗した。

締め切り直前の仕事の目鼻をつけたところで、新幹線の時間。一本乗り遅れたおかげで、15分ほど、本屋でぶらぶらする時間ができた。こういう「間」が、大げさでなく、命を救ってくれるのかもしれない。もっといえば、乗り遅れたということに腹を立てるのでなく、「間」をいただけてよかったと思える心持ちが、寿命を長くしてくれるように思う。

シタールのレッスン。
ビンパラシという、遅い午後に演奏されるラーガ。
インド音楽は、「時」を体現するものであり、朝のラーガ、昼のラーガ、夜のラーガ、深夜のラーガ、というように、ひくべき時間帯が決まっている。シタリストは、「時の体現者」なのである。

残念ながら、私がひけるのは、夜のラーガと遅い午後のラーガのみ。つまり、他の時間帯には演奏できないということである。インド人でも、このことを知っている人はあまり多くないという。

夢中になってひいていると、ストレスが少しずつほぐれてくる。
タブラ奏者が途中から来て、加わる。呼吸をあわせるのがけっこう難しい。自分がひくのに精一杯だと、相手を思いやるゆとりがもてないように思い込んでしまっている自分を発見。ここでも「間」がとても大事。

「間」は、意識して持つものなのか、自然にできるものなのか。
自然にできている「間」をわざわざつぶして暮らしているような気もしないでもない。

スローライフという言葉がはやっている。
いまのところ、それを実践できそうにはないのだが、5分や10分の「間」をじっくりと味わうことくらいならできそうだ。

小さなところからはじめたい。
「間」を大切にする生活。

生きることは、楽しいこと。
いつも、そんなふうに感じながら生きたいものである。


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祝!駒大苫小牧

オリンピックで少し影が薄くなってしまった高校野球。
しかし、本日の決勝戦で、北海道の高校が初優勝を飾った。北海道勢では初めての快挙。津軽海峡を優勝旗がわたるのは初めてのこと。

北海道は冬が長い。一年の半分が冬だといっても過言ではない。一年中、外で練習できる地方と比べると、ハンディがある。しかも、駒大苫小牧は180センチ以上の選手が一人もいない小粒のチーム。開幕前は、話題にものぼることがなかった。それが、強豪を次々に破り、優勝してしまったのである。

素直に感動である。
優勝旗を持つ佐々木主将の顔がほんとうにうれしそうだった。一人ひとりが、どんなにか努力を重ねたことだろう。親御さんはどんなにか誇らしいことだろう。北海道の人たちは、どんなにかうれしいことだろう。札幌のデパートでは垂れ幕がかかり、祝い酒がふるまわれた。

「勢い」があるチームの強さ。勢いはどこからどうやって生まれるのだろう。
「全国制覇を目指して、厳しい練習をしてきました」という主将。目標を高く持って努力することが大切なのかもしれない。

北海道を元気にするために野球をやっているわけではないだろうが、結果として、この快挙は、500万人の北海道人に勇気と感動を与えたに違いない。北海道を離れて久しい私も、とてもいいエネルギーをもらったような気がしている。

「景気低迷、不況」がどこよりも深刻だった北海道の長い冬も、そろそろ終わるのかもしれない。

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北海道からの電話

本日、けっこう暑い。
部屋は西日がさんさんとふりそそぐ、太陽の恵みが豊かな場所なので、午後は暑い。
昨日締め切りのビジネスプランをやっと終え、今日は別の仕事の締め切り。

涼しい北海道へ飛んで、登別へ。大学時代の旧友たちとの再会。久しぶりの本場北海道の珍味においしいお酒。楽しい語らいに露天風呂。ああ、ほんとうに生きててよかった。。。。

ああ。
本当は今日は、そういう日になるはずだった。しかしそうはなっていない。そうではない道を私は歩いてしまった。昨日書いたとおり、「本当は・・はず」なら、そうなるように仕事を調整していたはずなのだ。

26日にビジネスプランの審査会と発表会がある。準備のために、この週末はどうしてもあけておきたかった。しかし、そういうこととは無関係にかぜもひいてしまって、どこかへ行くどころではない。やはり、今回は行かないことになっていたのだ、と思えてしまう。

いまごろ、みんなで懐かしい北大構内のドライブのあと、登別に着いて、一風呂浴びているに違いない。北海道は涼しいだろうなあ。みんなで食べるごはんはおいしいだろうなあ。豪快な登別温泉は疲れを癒してくれるだろうなあ。ああ、いいなあ。楽しそうだなあ。

夜11時くらいだったろうか。電話が鳴った。
盛り上がってできあがっている友人たちからだ。懐かしい声。
その場の楽しい雰囲気がそのまま伝わってくる。

人生のどこかでいっしょだった人たちと、時を経て会う楽しみ。
そんな楽しみを持てることの幸せ。

やはり、健康で長生きしようと心に誓うのであった。
まずは、風邪を治そう。

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カラス

歩道橋におおいかぶさるように茂っている木がある。暑い日に、ほんの少しだけ涼を提供してくれて、しかも、赤いかわいらしい実がなっていて、いつもそこを通るのが楽しみになっている。

その木はカラスもお気に入りのようで、いつも4,5羽が集っている。

カラスというと、真っ黒で大きくて、変に賢くて、ごみをあさったり人をからかったり、あまりよいイメージがない。だから、カラスがいるというだけで、その木は好きなのだが、いつもさっと通り過ぎていた。

今日は、立ち止まって、ちょっとゆっくり見てみた。真っ黒なカラスが真っ赤な実を口にくわえて、幸せそうな顔をしている(わけはないが、そのようにこちらの心が反映したらしい)。その実がとてもおいしそうに見えて、ちょっとうらやましくなる。

カラスの生き方と、かごにいれられて一生を終える美しい鳥の生き方と、どっちが幸せなんだろう。
野良猫の生き方と、去勢され家から一歩も出してもらえない血統書つきの猫とどっちが幸せなんだろう。

食べるに困らないけれど、ご主人様次第で人生が変わってしまう生き方と、食べるのも自力でがんばらないといけないけれど、自分で人生を決めることができる生き方。

自分を殺さないと存在が許されないような生き方と、自分のままでいられる生き方。

どっちがいい悪いではないだろう。
どうしてもかごの中にはいられないという人もいれば、かごの中を気持ちよくすごせるように変えてしまう人もいる。
大事なのは、きっと、今自分がしていることを、信じられるということだろう。

「本当は、自分は大空を飛んでいるはずなのに」とか「本当は、かごの中でぬくぬくとしているはずなのに」などと夢想しないことだ。「本当は・・・はずだ」というのなら、いま、そうなるために何かしているだろうから、そういう妄想はおこらない。自分ではないものを追い求めて、他人をねたんだりうらやんだりするのはむなしい。

素直に自分に戻っていこう。
「一枚になった」心で見える景色は、きっと実現するに違いない。


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Futurist

昨日までの暑さとうってかわった涼しい日曜日。
天が与えてくれた贈り物。
暑いと思考がストップする。その分をとりかえせる貴重な日曜日。

と思いきや、暑さでまいっていた体が涼しい中で、休息を要求してくる。しかたがないので横になり、寝ながら読める薄い雑誌に手を伸ばす。

The Futurist という雑誌。
アメリカの「World Future Society」という団体が出している。私は実は、この団体の東京チャプターコーディネーターなのだ。私のボランティア活動のひとつだが、ほとんど活動らしいことは何もできていない。ときどきはアメリカで行われる大会に顔を出したりもしている。1967年にできたという老舗の未来団体。「未来」が老舗になっていく不思議。

ここのところ、ずっとこの雑誌は読んでいなかった。久々に読むと、けっこう役に立つことがいろいろ書いてある。哲学的に未来を思惟しているとは思えないが、少なくとも、情報がとれる。

会員登録は簡単。45ドルを払えば、誰でもレギュラー会員になれる。ややこしい審査やら推薦などは不要。未来に興味を持っていれば、誰でもOKという姿勢が結構気に入っている。学生会員制度も最近できたらしい。一冊読んで、気に入ったらお金を払うというトライアルも用意されている。

この団体は、80年代にピークを迎えたという。未来学全盛のころ。いまは、未来なんて、どうでもいいという人が増えたのか、会員数は漸減の方向にある。とはいえ、3万人弱の会員数。世界大会には1000人単位で人が集まる。

未来は今。
Futuristの共通の認識。今していることが、未来に影響を与えていると思えば、一つ一つの行動・言葉が本当に大切に思えてくる。

いつだって、未来はこの手の中にある。

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HAHAプロジェクト

数年前に青山の国連大学で行われたConsciousnessの会議でお会いしたインド系アメリカ人が来日。拙宅で簡単なおもてなしをした。

彼は心理学者でフィラデルフィアの近くに住んでいる。最近、再婚されたそうで、奥様とごいっしょ。日本では、甥一家の家に滞在しているという。甥御さんの奥様は日本人。3人で拙宅までお越しいただいた。

おもてなしは、生春巻きとタイカレーにタイ風チキンサラダ。手巻き寿司風に、各自、生春巻きの皮を水につけて戻し、好きな具を巻いて食べてもらう。タレは市販でおいしいのがあるので、とっても簡単。

ゆっくり食事をして、おなかがいっぱいになったころに、シタール演奏。インドの方の前で弾くなんて、相当な神経。師匠が聞いたら、腰をぬかしそう。

もう、何度もこんな小さな集まりをしている。私の中では「HAHAプロジェクト」として、とても大切な意味を持っている。

HAHAは、"Hospitality and Appreciation instead of Hostilty and Anger" の略。日本語の「母」と、笑い声の「ハハ!」をかけている。ささやかなジョーク。

9月11日のテロ事件後、怒りが伝染しないよう、自分が怒りの媒介者・仲介者・散布者にならないよう、ひっそりとはじめた。心のこもったおもてなしは、するのもされるのも、本当に嬉しいものだ。世界中に蔓延している「敵意と怒り」は、心のこもったおもてなしで、感謝の気持ちに変わるのではないかと、小さな希望を持っている。

誰にでもできる小さなおもてなし。身の丈にあったことでいいと思う。無理をすると続かないし、おもてなしをしているほうが「敵意と怒り」をもってしまいかねない。そうなったら、本末転倒だ。

心温まる楽しい時間。そういう時間を一人ひとりが作っていくことで、楽しい社会になっていくような気がするのは、楽観的過ぎるだろうか。暖かなおもてなしを受けた人は、きっと、いつか別の人にそういうおもてなしをするだろう。いつか、おもてなしの輪が広がって、敵意と怒りをおおいつくしてしまう日を夢みてはいけないだろうか。


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SACイベント

宇宙作家クラブ(SAC)のトークイベントが、新宿で行われるというので、出かけた。
関係者の書籍の展示即売会も行うことになっていて、「上がれ!空き缶衛星」も販売してくださるとのことで、ありがたいこと。たいへん恥ずかしながら、「サイン」なるものをして、「サイン本」として販売する。

しかし、場所がすごい。歌舞伎町の新宿コマ劇場の向かいにある「ロフトプラスワン」というところなのだが、こんなことでもなければ、私は一生足を踏み入れなかっただろうといっても過言ではないところだ。

コンビニの隣にあるという地図を頼りに、客引きをすりぬけて歩く歌舞伎町。こういうところを女性一人で歩くのはあまり気分のいいものではない。そして、暗い階段をおりていったところに、その穴倉のような会場はあった。

中は意外と広くて、200人くらい入るのだという。正面からステージを見られる席はあまり多くない。ステージがみにくい席の客は、テレビ画面で見られるようになっている。ロフトもあって、急勾配の階段で登る。むき出しの壁と低い天井のロフトの部屋に陣取り、テレビで見る。すぐそばで話しているのに、テレビを通すだけで少し距離感がある。ステージかぶりつきで聞くのと、テレビを通して見るのとでは、感じが違う。

6時半開場で、7時半開演。
観客のほとんどは男性で、20-30歳代と思われる。めがねをかけている人が多い。
こういう雰囲気はあまりなじみがない。不思議な空間。

4人のスピーカーが好き勝手なことを言って、話をもりあげていく。
漫画家にノンフィクションライターにSF作家に、なぜか現役の某宇宙機関のエンジニア。
「ロケットまつり」がテーマだから、打ち上げのこととか、日本のロケットはいつ上がるのか、という話になっていく。
相当にきわどい発言が続出。ときおり、どっと沸き起こる笑い。

ロケット打ち上げを取材に行ったときのビデオ映像。アリアン打ち上げが失敗したときの映像は、昼の花火のようだった。しだれ桜のように細かな白い曲線を描いて落ちてくる無数の星のかけら。関係者の気持ちを思うと胸が痛い。

「宇宙」は捨ててしまったのかと思っていた知人に再会。このブログも読んでくださっているそうで、ありがたいことだ。
思わぬところでつながる人の縁。小さなところから縁を紡ごう。本当に必要なものは、すべて与えられる。

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毎日新聞書評

2週間前になるが、毎日新聞の書評に載せていただいた。

評者は森谷正規さん。ありがたいことだ。

日経新聞に瀬名秀明さんも載せてくださっていた。御礼のメールを出したら、なんとお返事をいただいた。こういうのは本当にうれしく、励みになる。

やっぱり、ひとつひとつ、大事にやっていこう。なぜ大事なのかじゃなくて、大事にするから大事なのだ。なぜそれを大事にするかというと、そこは理屈ではなくて感性の問題。


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メンタリング合宿

週末は、石和温泉へ。ビジネスプランのメンタリング合宿。台風が日本を横切っていたときのこと。
ある会社の保養所と聞いていたのだが、かやぶき屋根の古い民家。かやぶき屋根の上にりっぱな屋根がのっている。緑に囲まれた趣があって気持ちのよい場所。空気も水もおいしくて、少し高いところにあるせいか、涼しい。

日本の家屋は、こんなにも開放的だったのだと、認識を新たにする。縁側の向こうは、深緑色の山。

午後に到着して、メンタリング。なかなか前進せず、煮詰まったまま、懇親会が始まる。
メンバーは、メンターとメンティーと事務局の方々で合計30人くらい。メンターも事務局もボランティアで、ベンチャーの創出のために力を貸してくれている。きゅうりのキムチに豪快な屋外バーベキュー。地元のワインがふるまわれる。

私は、久々に飲んだアルコールのせいか、連日の疲れのせいか、あっというまに眠くなり、一人で母屋に戻って熟睡。

花火の音で眼を覚ます。大量の花火を買い込んであり、童心に戻って楽しいひと時を過ごす。花火なんて、何年ぶりだろう。楽しい「たこ花火」に、懐かしい線香花火。

お風呂はもちろん、露天風呂。樹木に囲まれて星を見ながら、リラックス。固まってしまった思考が少しずつほどけていく。「私は何をしたかったのだろう」という、決して解のない問い。解はないが、考えること自体に意味があるのかもしれない。いつも、新たな発見がある。このときもそうだった。

それから、深夜に情報をとるための電話をかけまくり、その後メンター二人と3時過ぎまで議論。なにやらすごいプランができあがった。

翌日。
台風は過ぎ去って、快晴。
母屋にスクリーンをかけ、観客席は外に椅子を並べて、青空の下で8組の発表。私は昨日のくじびきで最後。「トリ」をとったということにしておこう。環境のせいか、昨日のがんばりのせいか、心楽しく発表することができた。「楽しい」ということが、私にとってはとても重要なようだ。

人生は楽しいもの。
いろんなことが起こって、いろんな人に出会うけれど、楽しくないとしたら、きっとどこかでボタンを掛け違っているだけなのだと思う。


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