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エルミタージュ

9月の声を聞く。夏ももう終わり。
これから秋の実りをうんと楽しめると思うとワクワクする。

大根おろしを添えたサンマ。スダチをきゅっと絞って、熱々をいただく。キノコご飯に栗ご飯。一年中出回るようになったけれど、それでも秋には特においしい。

その季節にしか味わえないもの、楽しめないものがある。夏も楽しかったが、秋は別の楽しみがある。冬は冬で、春は春でそのときだけの喜びがある。四季のあるところに住んでいることの醍醐味。

両国の江戸東京博物館へ足を運ぶ。
ロシアの巨大な美の殿堂、エルミタージュ美術館。

サンクトペテルブルグに行ってみたいと思うけれど、なかなかかなわないから、向こうが来てくれるのはありがたい。
エカテリーナ2世の美術品嗜好と、時のロマノフ王朝の権勢と溢れる冨がうまい具合にマッチして、この美術館のもとができたらしい。この豪勢な館に住んでいたというのだから、ため息が出る。

エカテリーナ2世の人生は驚愕に値する。
王位継承者である夫と結婚するが、その不甲斐なさと不誠実さに絶望する。そして、宮廷クーデターを起こし、自分が王位につくのである。自分が夫につぶされるか、自分と子供のために夫をつぶすかのどちらかしかないと考えた彼女は、後者を選ぶ。夫はクーデターの直後に不審な死を遂げる。

そんな彼女の治世は30年ほど続くのだが、その間ロシアの民はもっとも幸せだったという。もちろん、経済的な格差は歴然としていて、ロシアがいかに豊かな国で、芸術・文化も盛んだったとしても、その恩恵にあずかれない人が多数だったろうことも想像に難くない。

しかし、そこで思うのは、「民の幸せ」あるいは「人の幸せ」とは何だろうか、ということだ。
たとえば、サンマに大根おろしで、けっこう人は幸せになれるのではないだろうか。そこには、エルミタージュ美術館に展示してあるような「ウエッジウッドの食器」も「ダイヤをちりばめたかぎタバコ入れ」も「黄金の馬車」もないが、それでも人は幸せではないだろうか。サンマや栗ご飯がくれる幸せに感謝して生きるのも、「黄金の馬車」を夢見て生きるのも、それぞれだ。

でも、はっきりと言えるのは、エルミタージュの豪華絢爛な美、後世に伝えられる芸術は、エカテリーナ2世の文化・芸術への飽くことのない興味とふんだんに注ぎ込まれる投資がなければ生まれなかった、ということだ。

小さな幸せに感謝しつつ、それに執着をもたないことで、新しい世界へのドアが開くような気がしている。


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