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健康は気から

右足の親指の爪のところに、「ひょうそう」ができてしまった。化膿して黄色くなり、痛い。とりあえず病院で抗生物質と化膿止めの塗り薬をもらった。

日ごろ、抗生物質どころか薬というものはまず飲まない。しかし、足の切開手術をするよりはましだと思って、我慢して飲むことにした。切開手術の様子を事細かに教えてくれた親切な(?)友人のおかげだ。

この抗生物質は、ばい菌をたたくだけでなく、腸などの菌もいっしょにたたいてしまうので、下痢などの副作用があると説明された。抵抗力が落ちているので、菌が悪さをしてしまい、それをたたくために飲んだ薬が、体のバランスを壊してしまう。そんな図が描けてしまうが、それではなんとも寒い。

違う図を描いてみよう。
体がバランスを欲していたので、足の指にサインを送ってくれた。それでバランスをとるために、いろいろと調整している。親切な薬剤師さんの説明も、抗生物質も、その副作用も、みんなバランスをとるために必要なことだった。もうじき私の体は健康なバランスを取り戻す。

うん、これなら元気になれそうだ。
病は気からというからには、健康も気からなのだろう。足が治ったらできる楽しいことをたくさん考えよう。

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地震と宇宙開発

新潟で大地震が起こり、多くの方が被害にあわれた。余震がまだ続いていて、どんなにか不安で恐ろしい思いをされていることかと思う。被災者の方々にはお見舞いを、ボランティアの方々には感謝と応援を申し上げたい。

それにしても、突然の惨事の前に、人の力はいかにちっぽけなものかと改めて思う。

日本人の自然に対する意識の変遷が興味深い。
自然と人間がどんな関係であれば、人間はより幸せになるだろうか。これをずっと調査しているところがある。それによると、「自然を征服する」というのと「自然に従う」の項目は1968年くらいを境に劇的に変化しているそうだ。以前は「自然を征服する」ことによって、人間は幸せになると考える人が大多数だったのが、「自然に従う」ほうが幸せになると考える人がいまや半数を超えるらしい。

自然に従うということは、どういうことなのだろう。少なくとも、地震がきたらなすすべもなく死んでいくことではあるまい。

今回の地震で、全体の状況がこれほどまでにつかめないものなのかと驚いた。そして、本来ならかなり貢献できているはずの「宇宙」がまったく役にたっていない。こんなとき、上から写真をとれていたら、どこが土砂崩れになってどこの道路が寸断されているかなど、すぐにわかったかもしれないのにと残念でならない。

神戸の大震災のとき、フランスは人工衛星でいちはやく被害状況をつかみ、救助犬を送ることを決めたそうだが、日本の意思決定者たちは衛星からの画像も入手できず、状況の深刻さが理解できていなかったので、つれなくお断りしたという話も聞いている。(出所が明らかでないので、私の思い違いかもしれない。その際は、どなたか教えてください)

日本は、いま、気象衛星もなく、災害監視衛星もない「宇宙先進国」なのである。住んでいる人たちを守るのにもっと貢献できる技術があるのに、もったいない。システムとしてバックアップを何重にももっておけば、災害を防ぐことはできないかもしれないが、起こってからの対応はもっとやりやすかったのではないかと思う。飛行機やヘリコプターなどとともに、衛星も防災システムのひとつとしてきちんと組み入れていざというときに備える必要があるのではないかと思う。

台風に火山噴火に地震に津波に洪水。
日本は自然災害の多い国なのである。「自然に従う」ためには、まず自然を知らなければならない。そのための予防や調査や保険にもう少し力を入れる時がきているのではないだろうか。

被災地の皆様も、ボランティアの皆様も、風邪などひかず、早く当たり前の日常が戻ってくるように、祈りたい。

そして、こういった一連の騒ぎで献血が不足しているらしい。血が足りなくて手術ができなくなる人が出てくるかもしれない。これも一種の「二次災害」かもしれない。

お寒い現実は、より深く考え、よき未来に向かって何かを大きく動かすための力として与えられたものと、前向きに考えたい。

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サイエンスとパブリック

書評のご縁で、佐倉統先生が東大情報学環で行っている公開授業をご紹介いただき、参加させていただいた。

ゲスト講演者はイタリアのブッキ先生。新進気鋭の社会学者。サイエンスとパブリックのコミュニケーションについて研究しておられる。

伝統的モデルでは、「サイエンス」から「メディア」を通して「パブリック」に「トランスファー」が行われる。つまり、新聞やテレビなどメディアを通して、科学技術知識は一般市民に伝えられるものであった。

ブッキ先生の新しいモデルでは、そうではなくて、ちょうどDNAの二重螺旋のごとくに、サイエンスの世界とパブリックの世界は、別の軸を持って発展している。「トランスファー」するものではなく、「クロストーク」するというアプローチをとっておられる。そして、双方が影響を与え合う。

彼のモデルでユニークなのは、「誰が」というところから離れている点。「誰が」でなく、「どこで」に焦点をあてている。
科学者と一般市民という区分けをするのでなく、科学専門ジャーナル的なところでの言説と、一般雑誌や新聞など大衆の目にふれる場所に出てきた言説、という区分けをしている。だから、科学者がワイドショーで話したら、それは、「サイエンス」でなくて「パブリック」と考えられる。新聞報道も「パブリック」な言説である。

ビッグバンの例。
ビッグバンセオリーが出てきたとき、「パブリック」はビッグバンを支持したという。なぜなら、「聖書にそう書いてある」から。「パブリック」からすれば、「やっとサイエンスが真実に追いついた」というわけだ。

ブッキ先生の言わんとするところを私がきちんと理解できているかどうかは怪しいので、もっと学んでからにしようと思うが、いろいろ気になるところもあり、参考になった。

学び続けることの大切さを実感。
発想を転換し、視点を移し、新たな地平が見えたときの、「目からウロコ」の喜びは、何ものにも換えがたい。


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Children's express

さわやかな秋晴れだった日曜日。
Children's Express という団体で、お話をさせていただいた。ジャーナリズム活動を通して子どもたちに、自分たちの意見を社会に伝える力と機会を与えることを目的とするNPOだ。

子供の前で話すのは初めてのことで、やや緊張。しかし、「未来のジャーナリスト」たちは、興味を持って話を聞いてくれた。こんなに小さいのに、賢いことこのうえない。鋭い質問にたじたじとなりながら、どうやったらわかってもらえるだろうと、言葉を必死で探す。

カンサットの話を中心に、「中国文学を専攻していたのに、なぜ宇宙工学の世界へ」という、よく聞かれることをお話した。私が宇宙の世界に近づいたきっかけは、平和の希求である。そのきっかけは、英会話のクラスで突然おとずれた。

私が大学で学んでいたのは中国語であり、英語をまともに学び始めたのは、社会人になってしばらくたってからのことである。英会話のクラスで、「第三次世界大戦は起こると思うか」がテーマになったことがあった。私は「もちろん、ノー」と答え、国際政治学のバックグラウンドを持つカナダ人の先生に向かって、「人類は二回も世界大戦を経験して、もう十分戦争の愚かさについて学んだと思います」などとナイーブな意見を述べたのであった。

その先生に「国際政治」の実例を次々と出され、第三次世界大戦が起こらないほうが奇跡かもしれないと、私は思い始めた。それは困る。どうしたらいいんだろう。そのときだった。インスピレーションのように「宇宙だ」と思ったのである。

宇宙という離れたところから見ることで、違う可能性を見ることができるのではないかと思ったのである。そのこと自体、ナイーブであったかもしれないが、ともかく私はそれからというもの、その直観にしたがって道のないところをずっと歩いてきた。レールの上を走るならどんなに楽だろうと思うことがなかったわけではない。なぜわざわざ、大変な道を選んで歩いているのか、ときどき不思議になる。

しかし、「宇宙の視点」を持つことは、相対化・客観視・複眼思考につながると思う。相手を倒さなくとも自分は幸せになれるということに気づくことが、戦いを回避する第一歩なのではないだろうか。

私の子供たちへのメッセージ。
「美しい地球に住む幸せな宇宙人になろう!」

地球は宇宙の中にあるのだから、みんな宇宙に住んでいる宇宙人、なのだと思う。

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韓国中央日報書評

韓国の中央日報(8月21日付)という新聞に、「上がれ!空き缶衛星」の書評が載っていたと、韓国からの留学生が教えてくれた。韓国語のできない私のために、日本語に翻訳までしてくれた。ちょこっと日本語の添削をしてあげたら、とても喜ばれた。こういうやり取りは嬉しい。ほんの少しの努力で誰かを喜ばせてあげることができるということに気づくのは幸せなことだ。

以下、翻訳してもらったものを載せておく。
日米が、いつのまにか日米英になっているところなど、やや誤解もあるが、小さなことだ。大事なことは、こんなことを日本の大学生はやっているということを多くの人に知っていただくこと。

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工学部学生達の缶衛星打ち上げ成功記

不可能に見える目標
たゆまぬ挑戦
日本人の底力

350mlのジュースの空き缶にコンピュータ回路とカメラレンズ、電源装置などを載せて宇宙に打ち上げる。缶の中に入っている通信装置は宇宙空間の各種データと写真を地上に送信する。ただし、設計から製作までの全過程をすべて学生の手でやる。予算は1000ドル未満。

 子供向けのアニメに出てきそうな荒唐無稽な話に聞こえるかも知れない。テレビで見た衛星の大きさを考えたら冷蔵庫に象を入れるジョークかと思うかもしれない。しかし、これは1999年から毎年成功裏に行っている国際プロジェクトだ。いわゆる‘カンサット(CanSat)’、空き缶衛星だ。内部構造は本の表紙のそのままである。

 「上がれ!空き缶衛星」はこのプロジェクトに挑み、空き缶衛星を打ち上げてデータ交信に成功した日本の東京大学の学生たちの奮闘記である。不可能に見える目標に向けて失敗を重ねて困難を克服して行く若き工学部学生達の夢と情熱を興味津々に描いている。

 カンサットプロジェクトは98年11月にハワイで行われたアメリカ・日本・イギリスの3国の大学のシンポジウムでスタンフォード大学のトィッグス教授の提案によって始まった。トィッグス教授は“衛星の基本機能はコンピュータ・電源・通信。この三つを缶の中に組み合わせて打ち上げれば立派な人工衛星になる”と言った。この話を聞いた若い3人の学生はその瞬間、強烈な情熱に駆られた。彼らはその場で缶の衛星の名前も作った。それは‘月下美人’。20代の若者のロマンのこもった名前だった。

 しかし現実は試行錯誤の連続だった。そうなったのは、いわゆる航空宇宙工学の修士の学生なのに実際には半田付けも一度もやったことの無い、現場の初心者であったからである。

 その上に予算まで制限された状況だった。宇宙開発競争の現実は先進国の間ではお金をどれぐらい投資するかの競争である。有人宇宙船の蛍光灯1つが1千万円を越える。空き缶衛星ではそのような高級品は到底考えられない。十分なお金があったら簡単に済む電子回路は直接設計して基盤を作り、半田付けをして完成させた。何かを作る過程は頭だけでは無く自らの手でやらなければならないことを体感した。正規の授業とは別になっていたプロジェクトだったので授業とアルバイトも終わらせた後の作業は徹夜になるのが日常茶飯事だった。

 10ヶ月の強行軍の果てに迎えた打ち上げのX-day。缶衛星は当初の計画のように宇宙軌道への打ち上げは出来なかった。大型の衛星を打ち上げるときの余剰空間に載せて宇宙に送る計画だったがその提案を受け入れてくれる衛星の研究所や企業はどこにも無かった。そこで出た代案がアマチュア同好者グループが製作したロケットに載せて地上4000mまで打ち上げようというものだった。アメリカ、カリフォルニアの砂漠から発射された‘月下美人’はパラシュートを張って落下する途中、温度・圧力などの各種のデータと地上を撮った動画像を成功裏に転送した。

 主人公たちの情熱はここで止まらなかった。彼らは空き缶衛星を作った経験を基に、横・縦・高さ10cmの正立方体の衛星‘CubeSat’を製作して、2003年遂に宇宙空間の820kmの軌道に打ち上げた。真の軌道衛星を打ち上げるのに成功したのだった。大学院生たちが作った世界最小の衛星キューブサットが撮影した動画像は現在も全世界1500人あまりの人の携帯電話に転送されている。

 宇宙専門作家の川島レイの文体はユーモアがあり、あるときは緊迫感にあふれる。打ち上げの現場を描写した場面は既に結果を知っている読者まではらはらとさせる。

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目からカサブタ

「上がれ!空き缶衛星」の感想をWEBに載せてくださったお医者さまがいた。ありがたいことだ。お礼のメールを送ったら、「感激!」というお返事をいただいた。・・・こちらこそ感激でございます。

医学界の常識「傷には消毒、傷にはガーゼ」の廃止を主張し、実践し続けている方だ。ホームページを拝見。まさしく目からカサブタ、いや、目からウロコがぼろぼろと落ちていくのを感じたのであった。

怪我をしたら、まずあの痛くてしみる消毒薬をたっぷりとぬり、そのうちにカサブタができ、それが自然にとれるのが「正しい治癒」だと思い込んでいた。医学界の常識がそうなのだから、素人がそう思い込むのはしかたない。

その「常識」を根底からくつがえす治療を行っておられる。怪我をしたら、汚れをとって、ワセリンをぬったサランラップで覆う。その「湿潤療法」では、消毒薬を使うことも、ガーゼで覆うこともなく、自然な治癒力を引き出すことに成功するらしい。数日で跡形もなくきれいになった皮膚をみて、驚愕。カサブタというのは、治癒がうまくいっていないときに「とまっている」状態なのだそうだ。治癒のプロセスだと思い込んでいた私の目には、カサブタが三重くらいになって張り付いていたに違いない。湿潤療法では、カサブタなどなしに、上皮がまたできてきて元通りになる。

やむをえないプロセスだと思い込んでいることは、実はそうではないのかもしれない。
もっというと、技術が進み、文化が変容していくなかで、プロセスもかわっていけるのだと思う。

たとえば、この治療法はたぶん、「サランラップ」のような材料があってこそできることで、百年前にはこの治療法は無理だったのかもしれない。別の分野で技術が進むことで、不可能だったことが可能になっていく。

こんな常識を覆すようなことが、世界のあちこちでいま研究・開発・実践されているのだと思うと、ワクワクする。生きててよかったと思うのはこういうときだ。そして、あちこちでこのお医者様のようにがんばっておられる方がいるのだと知るのは、本当に心強い。

ますますのご活躍をお祈りしつつ。


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オカナガンの休日

バンクーバーから車で5時間、飛行機なら50分くらいのところに、突然行くことになった。サプライズ・バケーション。

10月8日の朝、バンクーバー空港へいったら、なんと台風のためにすべて欠航だという。もともと週末は混んでいて、次に乗れるのは12日だという。12日の航空券をポンと渡された。

しばし呆然としてから、とにかくお金がいりそうだったから、お金をおろす。どこでもおろせるこのシステムがなければ、途方にくれるところだった。グローバル経済に感謝。

さて、どうしようか。とりあえず、この日は会議がまだ続いているから、戻ることにするのはよいとして、その後だ。シアトルまでいって、空席待ちをするという選択肢もあったが、結局私はペンティクトンという人口3万5千人の小さな町を訪れることにした。

1週間前に空港からダウンタウンへ向かうシャトルバスの中で隣り合わせたインド系の女性が「ウチに遊びにきて」といっていたのを思い出したのだ。子供のころに「知らない人についていってはいけません」と教え込まれていたが、大人になって、自分の直感で判断と行動ができるようになったのはまことに嬉しい。電話をしたら、ぜひいらっしゃいというので、お言葉に甘えてうかがうことにした。

夜10時50分発の飛行機を予約。順調に離陸と思いきや、機体が不具合ということで、乗客18名はそれから2時間近く待たされることになった。そういうときこそ、人間の品格が見える。彼女の家についたのは1時半を回っていた。翌日は5時起きだといっていたから、本当に申し訳なかった。それなのに、チャイを作ってくれたり、夜食を作ってくれたりする。ありがたく頂く。

ペンティクトンはオカナガン湖のほとりにあり、山に囲まれた自然豊かな美しい地。大きな家が点在している。ワインに適した気候だそうで、ワイナリーがたくさんある。カナダのプロバンスというところだろうか。

ちょうどワインフェスティバルをやっている時期で、誘ってもらって、参加した。なんと60ものワイナリーが出展している。ワインテイスティングを楽しみ、チョコレートやチーズを頂き、彼女の知り合いの人たちとおしゃべりをする。楽しいひととき。

おりしも感謝祭。
いろんな巡りあわせに感謝したい。

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IAC参加

IAC(International Aeronautical Congress)という会議がバンクーバーで開かれ、参加した。

参加費が12万円という信じがたい値段。ホテルや食事は別だから、相当に高い。UNISECのアウトリーチ活動についての論文を発表することになっていたので、「金は天下のまわりもの」と唱えながらサインアップした。海に面した美しいホテルとつながった豪華会場。そのホテルに泊まると一泊3万円はかかるので、ダウンタウンの安宿に泊まる。あまり快適でない匂いがしみついた部屋。スーパーで芳香剤を買ってきて、「レモンの香りの部屋」にしてしのぐ。これもまた楽し。

会議の醍醐味は、セッション発表を聞いたり、展示会場を回ったりすることにあるのではなくて、たぶん、一箇所に人が集まることから生まれる何か、だろう。しばらくぶりに会った人たちと情報交換をしたり、新しい知り合いができたりする。発表すると、志を同じくする人に出会えたりする。

今回の出会いで一番印象に残っているのは、ドイツのブレーメン大学の先生。アウトリーチのセッションで出会った。
ドイツの大学教員事情は相当に厳しくて、業績が悪いと、1年どころか、1ヶ月単位で「首」になってしまうのだという。そんなプレッシャーの中で、子供用の宇宙おもちゃを一人で作って売っている。モデルロケットを売るには、多額の保険を払わないといけないので、会社組織を作ってがんばっている。製作から梱包、販売まですべて一人でやっているというから恐れ入る。

でも、子供たちの教育のためなんだからがんばると言ったときの顔がとてもよかった。こういう人が多くなっていけばよき未来は自然に創られていくような気がする。

ブレーメン市の催しで、4千人(!)の子供たちが一度にロケットを打ち上げたときの写真を見せてもらった。みなが一斉に空を見上げている。そしてはちきれんばかりの笑顔。自分が作ったものが打ちあがる喜びは、きっと万国共通なんだろう。

地球の写真を見たこともない子供たちが世界にはまだたくさんいるそうだ。格差を一気に縮めるのは難しいかもしれないが、喜びを少しずつ広げていくことは、きっとできるに違いない。


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読売新聞書評

少し前になるが、読売新聞書評に「上がれ!空き缶衛星」を取り上げていただいた。評者は佐倉統さん。ちょっと照れることが書いてあって、赤面しつつ、感謝。書評にも人柄があらわれるらしい。メールを送ったら、お返事をいただけて、またまた感謝。

彼の「ミーム」論については、私はまだ理解への途上にあるので何もいえないけれど、「ミーム」というものに、最近ちょっと興味を持っている。

UNISECは技術開発・人材開発に加え、アウトリーチを柱の一つとして活動している。この「アウトリーチ」という言葉が曲者である。これに相当する日本語は存在しない。だから、広報活動や教育活動など外に向けたすべての活動がその言葉で言い表されてしまうことが多い。意味がよくわからないカタカナ言葉は便利なのである。

アウトリーチは価値観を伝えるもの、と私は考えている。もっとふみこんでいえば、「ミーム」を拡散するもの、といえないだろうか。活動を通して、知識や技術だけでなく、たとえば人生に対する姿勢とか、失敗したときの態度とか、そういったものすべてが伝えられる。

スーザン・ブラックモアの「ミームマシーンとしての私」はなかなかおもしろかった。多数のミームが私の脳の中で場所のとりあいをし、生存競争をはかっているという考えからすると、いったい「私」が考えていることというのは、あるのかないのか。「私」が決めているのでなく、強い勢力を持ったミームが私に決めさせているのか。映画を見ても本を読んでも人と話しても、新しいミームが私の脳にどんどん飛び込んできては居場所を確保したりあえなく消えていったりしているらしい。

最近のミームくんたちの中でちょっと心に残って(つまり、ミームに居場所を提供して)いることがある。
「すべてはpreparation」だということ。すべては次にくる未来のための準備だということ。そしてその「未来」がきたら、それはまた次なる未来の準備であって、終着点というものはないのだから、常に動き続けている。

諸行無常。
昔の人は本当にいいことをいう。新しいミームがどれだけ生成複製されて広まっていっても、残るものは残る。人が幸せに生きられるようなミームに肩入れしたくなる。でもそれがどんなミームなのか判断できるのは誰なのか。終わりのない問いのループをぐるぐると回りながら、そのときそのとき最善と思う決断を下して生きている。

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