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スロークリスマス

24日はクリスマスイブ。
25日はクリスマス。
そして、26日。この日は何の日?

なんでもないこの日に、「スロークリスマス」の集まりを割烹レイランドにて行った。
ゆっくりでいいじゃない、ゆっくり生きようよ。毎日ばたばたしている中で、ほっとくつろぐ日を一日くらい持ってもいいじゃない。そんなふうに思って、一ヶ月くらい前から企画。

11時から準備。12時くらいからそろそろと集まり始めて、散会は夜の10時。
そんなに長い時間、何をしていたのか不思議。

当日のメニューは、「マイ包丁」持参のシェフによるもので、さすがに手早くておいしい。本職は別にあるので、シェフは趣味の範疇だそうだが、料理の腕は確か。楽しそうに作るのが見ていて気持ちがいい。

ちょっとご紹介。

チーズ盛り合わせ
マグロとトマトのブルスケッタ
レンコンのバルサミコ酢炒め
塩豚シンプル焼き
キノコたっぷりのペペロンチーノ
レモンチキン
寄せ鍋

皆様がシャンパンやらチーズやらワインやら本格的フランスパンやら、有機農法のレンコンやら、田植えから手がけて作った日本酒など、珍しいものを持ってきてくださったので、豪華絢爛な食卓となった。

「和」は、たぶん、みんなが少しずつ我慢しあって作るものでなくて、みんなが少しずつ出したいものを出し合って、個では決してなしえないものを全体で創るところに生まれるものではないかと思う。だから、「和」は目的にはならない。何かをするための手段にもならない。

「和」はただそこにある状態。なんとなく居心地がいいとき、そこには「和」ができているのだろう。すべてがそろっているように見えても、何か違和感があるとき、そこに「和」はない。「和」は作ろうと思ってできるものでもないのかもしれない。

ゆったりと過ぎていく時間。
あわただしい年末の時間がすぐそこに迫っているとしても、今はゆっくりとしよう。そんなときをもてることの幸せ。いっしょにそんなときを創ってくれる人たちがいることの幸せ。

幸せはいつもどこにでも。

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ライブドアが宇宙へ

ライブドアが宇宙へ進出。やっぱりというか、いよいよというか。

本日のJAXA主催「見上げる宇宙から使う宇宙へ」シンポジウムの基調講演。堀江社長が講演されるとのことで、600人もの申込みがあったそうだ。

彼が生まれたとき、人類は月に行っていた。幼稚園のころには、もうじき人類は火星へ行くのだという話になっていた。しかし、30年たっていったいどうだろう。火星どころか、月にさえアポロ以来行った人はいない。

有人宇宙飛行をやりたいそうだ。難しいことはしない。単純にロケットを作って人を乗せて打上げて無事に回収する。それも、ここ数年の間にやりたいとのこと。ブッシュよりも先に火星へ行くという勇ましい話もしていたが、かなり堅実路線とみた。

「すごく賢い人は見えてしまうからやらない。僕はそんなに賢くないからやる。でもやらなければ成果は出ない。失敗したって、またやり直せばいいんです」

「熱意だけではだめ、金がいる。金と熱意があれば宇宙開発はできる。僕は何千億円も投資はできないが、数十億とか数百億の単位だったら、自分で決めて投資できる」
アメリカで聞いたようなせりふをさらりと口にする。

野球では楽天にまけてしまったが、それも宇宙にドンと投資するための布石だったのかもしれないと思わせるような彼の笑顔。

「国のお金を使うと、利害関係者が多すぎて、身動きできなくなる。民間ならそんなことはない」
ごもっとも。いちいちごもっとも。わかりますとも。わかりすぎるほどわかるようになってしまった自分を発見してどきりとする。

ライブドアの役員が、ソユーズに乗って国際宇宙ステーションに行くという話も。会社をライブドアに売却したときのキャピタルゲインが数十億。それで宇宙へ行く。すでにメディカルチェックを受けたりしているそうだ。

新しい宇宙開発の道が、いろいろなところから芽吹き始めている。

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快晴温暖福岡コンペ

週末は福岡へ。
UNISECのワークショップ。これまでばらばらに個人発表していたものを、大学で一本にまとめて発表してもらう。そして、今年のベスト団体を全員投票で選ぶ。初めての試みは学生たちの発案。

学生討論は盛り上がっていた。裏番組の教官ミーティングはほんの少し深刻モード。お金の調達が目下の大問題。しかし、学生の熱気をしぼませるようなことは決してしたくないというところでは全員が一致。

月曜の午前中。信じられないような快晴。前日のどんよりした空がうそのように晴れ渡った。そして暖かい。

気球を上げると、するするとまっすぐにあがっていく。2年前のカムバックコンペは曇りで寒かった。去年は雨で中止になった。天気のよいときにすると、こんなにも楽しくて楽なものなのか。寒さに震えていた過去の体験があるからこそ、この暖かさが身にしみて嬉しいと思える。

九大の学生が中心になって企画運営。献身的な彼らの努力には頭が下がる。そういう学生の熱気に巻き込まれて、先生も授業を休講にしてかけつけてくれる。

アメリカでうまくいかなかったカンサットを改良して持ち込んだチーム。最高のフライトも見せてくれた。これでこそカムバックコンペだ。顔いっぱいに広がる満足の笑み。そして極めつけの一言。

「今日初めて、カンサットをやっていてよかったと思いました」

そんな台詞を聞くと、こちらのほうが胸がいっぱいになる。
「こちらこそ、やっていてよかったと思いました。ありがとう!」
心の中で一人つぶやく。

福岡の三日間は、天気にも恵まれ、体はハードだったけれど、心はぬくぬくだった。
ぬくぬくの余韻を楽しもうと、博多ラーメンと明太子を購入して飛行機に乗った。

暖かかったのは、天気だけではない。
熱い人たちが九州にもたくさんいた。すばらしいことだ。

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幸せは胃袋から

先日、割烹レイランドを開業(?)し、初めてのお客様をお迎えした。
本当は、割烹旅館レイランドにしたいところだが、それはもう少し広い場所が与えられるだけの器ができてから。

初めてのお客様は、今度の本の登場人物とその人の別の側面を知っているであろうと思われる方。ふだんは見えない顔が垣間見える。苦しい時期の話を聞くのは聞くほうもつらいけれど、それを乗り越えてある幸せそうな今の姿を見ると、それもよかったのだろうかと素直に思える。

割烹レイランドでは、シェフがおかみを兼ねているので、お出しできる料理は鍋料理が主。下ごしらえを少しするだけで、味がぜんぜん違う。その日は、鶏と海老にたっぷりの野菜。だしはこんぶ。コツは、骨付きの鶏肉を1時間ほど煮込んであくをとっておくこと。これでうまみはばっちり。みりんをひとたらし、薄口しょうゆを少し。いただくときには好みでポン酢に七味。

「参加型割烹」ということで、お客様もレモンを絞ったり、海老の皮をむいたり、片付けをしたり。いまだスリッパがなかったり食器棚がなかったり、テーブルも小さかったりで、お客様のご協力なしにはたちゆかない割烹ではあるが、心も胃袋も楽しい時間を過ごすことができて満足。

取材を兼ねてであったけれど、どうしても聞いておきたいいくつかのこと以外は、特にこちらは準備せず、流れにまかせてお話をうかがう。当初、緊張気味だった表情が、だんだんほぐれてきて、とても素敵な笑顔になっていくのが見ていて嬉しい。

よろいをぬいで楽になったところで見える未来。話していて思わず顔がほころんでしまうような未来。そんな未来が本当は「来るべき未来」なのかもしれない。

幸せは胃袋から。世界中の人たちの胃袋が幸せになりますように。

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銀行融資

銀行融資を受けることになった。
家のローンではなくて、こちらはNPOが政府系機関から頂いている受託研究のため。八百万円の予算を三月までに「消化」(この言葉使い、一般市民には受け入れにくい)しないといけないのであるが、後払いなので手元にお金はない。NPOなので資本金もないから、キャッシュフローの面からみると、常に「死の谷」の底であえいでいる状態なわけである。

誰しもお金の問題と無関係ではいられない。自立できる経済力が必要だ。ひしひしと感じる。

お金を借りようにも、銀行だと三期分の決算書を求められるので、設立まもないNPOは融資も受けられない。理事から拠出金を募っても限界がある。

あるシンポジウムでそのあたりをつっこんで聞いたことがある。
中央省庁の役人はおっしゃった。
「そんなものは、前払いができるはずだから、担当者に相談して、そうしてもらいなさい」と。

しかしながら、運よく前払してもらえたとしても、通常は3割程度。7割は自己資金で回さないといけない。あるいはどこかの企業に手数料をたくさんお払いしてバッファーになってもらわないといけない。今回は前払いはしていただけないことが確定した。

困り果てて、いろいろ伝手を頼って探していたところ、ある信用金庫さんが融資してくださることになった。ありがたいことこのうえないのだが、融資を受けるための提出書類の山。連帯保証人の理事長と副理事長は、信用調査ということで、細かな個人情報を提出しないといけない。それでなくても忙しい中で、ペーパーワークが増えるのは痛い。

いっそ、活動をやめてしまえばよいのではないか。そんな悪魔のささやきが耳元で聞こえる。そんなにしてまでやろうとしていることは何なのか。その先に何があるのか。誰のために、何のためにやっているのか。

未来は見えないものなのだ。見ようとすれば、必ずといっていいほど、悪い未来が見えるだろう。なぜなら、巷には悪い情報のほうが圧倒的に多いからだ。善事は一里も走れないのに、悪事は千里を走るのだから、善事に勝ち目はない。悪い情報に基づいて未来を見れば、もちろん悪い未来が見える。

だから、未来は見てはいけない。
未来は作るものだ。よき未来は今、ここで作るしかないのだ。
不満を口にしてもしかたない。理不尽なことを嘆いても何も変わらない。ひとつだけ言えるのは、今ここでしていることは、確かに未来に影響を与えているということだ。こういう未来を作りたいと思ってやっていることは、きっとそういう未来につながっていく。

お金で苦労するのも経験としては大事だと思う。本当にお金の大切さを知るいい機会を頂いたわけなので、やはり感謝すべきだろう。そして、もっと大変なご苦労をされておられる方もいらっしゃることを思えば、この程度のことでへこたれてはいけないと思う。けれど、金策に走り回るよりももっと建設的なことに時間と力を注げる環境があればと切実に思う。


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お引越し

お引越し完了。
山積みのダンボール箱にめまいを覚えながら迎えたお引越しの日。この小さな部屋のどこにこんなに荷物があったのだろうと思いながら、ひたすら箱詰め。

リサイクル屋さんにきてもらって、不要なものを引き取ってもらう。粗大ごみに出せばお金がかかるが、こうすれば無料。しかも、誰かに使ってもらえるわけだから、こちらも嬉しい。

引越し屋さんがきて、どんどん車に詰め込んで運んでくれる。引越し屋さんがいなかったとき、引越しはどうやっていたのだろうと思うくらいの手際のよさ。

新しい家にあうものとあわないものとがある。
「糟糠の」洗濯機と冷蔵庫は、どうもあわない。汚れが目立っている。特に洗濯機はこれまで外においてあったのでかなりダメージが大きい。鳩のフンにも雨風にも耐えてきた洗濯機君の運命やいかに。

古いからダメというわけではないのは、ずっと使っている小さな胡桃の木彫りのタンスはしっくりとあっているところからもわかる。電化製品は「○○タイマー」(○○にはメーカーの名前が入る)とちょっと皮肉めいて言われることがあるように、寿命はおしなべて短い。ある時期がきたら壊れるように設計してあるという冗談も聞かれる。そんなことはないと思うが、「先祖代々の冷蔵庫」とか「母が娘時代に使っていた携帯電話」が今後現れるとは思いにくい。

年月を経て、いいものとそうでないものとがあるらしい。旬が長いものと短いものと。人間の一生をはるかに超えるタイムスケールでものごとを考えると、いろんなことが違って見える。

お引越しが片付いたら、本格的に「キューブサット物語」の執筆にかかろう。取材ももっと多方面からと思っている。
キューブサットの旬はどれくらい続くのだろう。これから先、学生の宇宙開発はどうなっていくのだろう。現在進行形の物語を紡ぐのは楽しいけれど、重くもある。光と影は常に表裏一体。自分が中に入っているのと外から見ているのでは見え方が違う。

一人の人にとって、引越しはけっこう大きなイベントだが、引越し会社にとっては日常の風景。一人の営業マンが一日に平均5件は見積に回っているという。見方によって、見え方が違うことを肝に銘じたい。

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