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宇宙天気予報

宇宙天気予報」というのがある。
登録しておくと、宇宙の天気、つまりは太陽活動がどうかというのをメールで送ってくれる。といっても、専門知識がないとほとんど意味不明のデータ情報が届くだけである。

私はその無味乾燥のデータが何を意味しているのかわかっているわけではないのだが、「読書百遍、義自ずから見(あらわ)る」こともあろうかと思って、来るたびに興味を持って眺めている。太陽フレアによって、宇宙空間にいる衛星たちに影響があるらしいことくらいはわかるが、どの数値だったらどうなのかなどはよくわからない。

しかし、宇宙天気予報という言葉が楽しい。調子が出ないのは太陽フレアのせいか、などと怪しい似非科学者を気取るのも悪くない。医学的調査によると、太陽フレアと体調の間に相関関係はないらしい。しかし、調査とか統計とかいうものは、100%信用することはできないし、もしかしたら、特に鋭敏な体内センサーを持っていれば、太陽の変化に感応することもありえるかもしれない。

その宇宙天気予報に深く関わっている方とお話する機会があった。
太陽活動について詳細がわかってきたのは、つい最近のこと。ここ20年くらいの進歩が著しいのだそうだ。ということは、今活躍中の研究者たちが道を開いてきたわけである。すばらしいことだ。私の目の前にいる人もその一人。

その方(仮にA氏としておく)の驚くべき発想力と行動力にびっくり。やはり、できる人間は違う。

私:「こういった活動はすばらしいですから、やはり、テレビなどでお話されたらよいのでは」
A氏:「テレビは出たくないんです。一度、テレビに出演させられたことがあるんです。そのときに、自分の顔を見て、すごくショックだったんですよ。こんなにブツブツがあるのかと思って」
B氏:「あ、それわかりますよ。僕も同じ経験があります」
A氏:「それでね、一生懸命石鹸を探したんです。やっといいのにめぐりあってね」
一同:「せっけん?」
A氏「マルセイユ石鹸っていってね、大きいのを切って使うんですが、これがいいんですよ」

一同、A氏の丸い顔をまじまじと見つめる。ごくごく普通の顔に見えるが、その特別な石鹸の効果はあったのだろうか。

A氏:「え、その・・・顔はあんまり変わらないですけど、手足はスベスベになりましたよ」

なるほど。手足がスベスベになるのか、と妙に納得。しっかりホームページでチェックしてみた。(が、気鋭の研究者ではないせいか、購入にはいたらず)

やはり、未知の分野を切り開く人というのは、通常の発想をしていてはいけないのであろう。常に前向きに状況の改善を図り、試行錯誤をして、最善の道を探す。そして、何よりも行動を厭ってはいけない。

いつかお茶の間に「宇宙天気予報」が流れる日を楽しみに待とう。

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きりたんぽ

キューブサット物語の執筆と校正に追われて、ここ一ヶ月ほど、短時間睡眠が続き、食事も短時間ですませる外食あるいは買い食いの毎日であったけれど、一息つく日を先取りして、久々に「割烹レイランド」にて鍋パーティ。要するに、原稿は数時間わきにのけて、お鍋を作って、友人をお招きして、いっしょに食べた、ということ。

今回はきりたんぽ鍋。本当に便利な世の中になった。スーパーできりたんぽを買ってきてチンしてお鍋に入れればよいので、まことに楽。ちょっと奮発して、ごぼうは、値段は見ないようにして「新牛蒡」を購入。お客様のおもてなしと思うと、普段は買えないものに手が伸びる。ささがきにしていれると香りが広がり、美味。

お客様のおみやげワインや日本酒、ビールで乾杯。この時点では鍋の用意は、牛蒡のささがきのみ。おしゃべりしながら、ゆっくりお鍋の用意をする。まいたけをちぎって、泥ねぎをむいて切って、白滝を袋から出して。昨日仕込んでおいた骨付き鶏肉のスープをあたためる。そうして、煮えていくお鍋を見ながらまたおしゃべり。

○○産のウナギは絶対に食べてはいけないとか、6年生のときにうらわかき叔母と入って興奮した(とご本人がいう)風呂の思い出とか、中学二年生の美術のテスト問題を解くのに夢中の(と片割れがいう)夫婦の話とか、他愛ない話に笑いさざめく時間。

きりたんぽ鍋は初めてというお客様にはとても喜んでいただけた。ヨカッタヨカッタ。

お客様がお帰りになってから、後片付けをして、また原稿。今回はあとがきにちょっと苦労。言葉を超えている(と思う)実話の記録のあとがきは蛇足になりがち。言葉にならない感動を言葉でつむぐ難しさ。うんうんうなって、やっと書いた。これをもとに推敲していこう。

成し遂げたことが大きければ大きいほど、言葉で伝えるのは難しい。
でも、打ち上げのあの日の感動は、今でもはっきりと覚えている。
何とかそれを伝えたい。100分の1しか伝えられないかもしれないけれど、それでも伝えたい。

なぜか?
私はその場で、確かに良質のエネルギーを受け取ったと思うのだ。独り占めしておくには本当にもったいない前向きのエネルギーだった。いいものは伝えて広げていきたい。

そうして、みんなでよくなっていければ本当に嬉しい。

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ロケットボーイズ

ロケットボーイズ」という映画があった。
少年たちがロケットを作って打ち上げる実話を映画化したものだ。あまり豊かでなく、また先行きもあまり明るくなさそうな炭鉱の町で、少年たちはロケットを作ることに夢中になる。映画の中で、炭鉱の事故が描かれ、少年の一人の父親が事故に遭う。

この映画を私は複雑な思いで見た。父子の対立と情愛とか、宇宙への情熱とか、少年たちの友情とか、そんなことはもちろん涙を誘うのに十分なのであるが、炭鉱町の描写が、かつて育った町と重なってみえてしまったのだ。

衰退期の炭鉱で過ごした人は多かれ少なかれトラウマを持っているのではないかと思う。戦争や大災害のトラウマに比べれば、とてもトラウマなどと呼べるものではないかもしれないが、目に見えない、自分でも気づかない傷跡をどこかに残している人が多いように思う。

坑内火災があれば、人が中にいても水を注入して消し止めるしかない。そうしなければヤマ全体が死んでしまうから他に選択肢はない。ガスが出ても、落盤事故があっても、誰かが犠牲になる。いつも「死」と隣り合わせの日常。それでも景気がよいときはまだましだった。

自分たちの努力ではどうにもならないエネルギーの転換による産業の衰退。人員整理と合理化の果ての閉山。クラスから一人また一人と生徒がいなくなっていく学校。さびれていく商店街。

炭鉱と宇宙。
この、一見何の脈絡もない二つのもの。映画「ロケットボーイズ」で偶然につながっていたその二つが、北海道のかつての炭鉱町でつながってきている。

北大のカムイロケット開発を支援するのは、かつて炭鉱で栄えていた赤平市にある植松電機という会社。植松電機は小さいけれど、バッテリー式マグネットの製造販売で成功している優良企業だ。喫煙・茶髪・ピアスは禁止というのが、現代風でなくていい。

社長の息子でもある植松努専務は、以前、三菱重工で飛翔体の設計をしていたという。不思議な縁だ。赤平市を含むこのあたりは、空知地方という。「空と知」。まさに宇宙にはうってつけの名前だ。

北大の学生実験をサポートしている植松さんが言う。
「小さい頃は炭坑夫さんの話をよく聞かされました。顔中真っ黒にして、目と歯だけが真っ白に光っている顔の話です。深夜に及ぶロケットエンジンの実験が終わったとき、自分も、学生も、顔中すすけて真っ黒です。汚れた手で鼻やら目やらこするから、ひどい顔になります。でも、歯と目が光ります。うまく行ったときの喜びはひとしおです。学生らのすすけた顔を見て、彼らがこの地域を支える新しい坑夫さんかもしれないな、と思います」

ロケットボーイズ。
少年の心を持つ人なら、老若男女を問わず、そう呼んでいいと思う。
北海道のロケットボーイズは、これからどんなロケットを創っていくのだろう。

宇宙へ、空へ、未知なるところへ、飛び上がる力が彼らに与えられんことを!

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ホカホカのゲラ

「キューブサット物語」もそろそろ仕上げに入っている。ホカホカのゲラがあがってきた。

この本はどんな本になって世の中に出ていくのだろうか。
「上がれ!空き缶衛星」のときも「プロジェクトX」みたいだとよく言われたが、プロジェクトXとの大きな違いがある。そこが書き手にとっては嬉しくもあり、悩ましくもある。

ドキュメンタリーだという点では違いない。登場人物に架空の人物はいないし、作り話を書いているわけでもない。
プロジェクトXとの大きな違いは、「ほんの少し前の過去」を描いていることと、「未来を持っている若者」が主要な登場人物だということだ。「遺影」も登場しないし、30年前のことについて語ることもない。

書き手として嬉しいのは、この本が「よき未来を創る」ことにいくばくかでも貢献できるかもしれないという淡い期待を持って書けるということだ。ほんの短い間に宇宙のものづくりをしたかった人たちにとっての環境が整ってきているし、協力者も賛同者も参加者も支持者もふえている。

反面、気になるのは、「未来を持つ若者」のすくすくと伸び行く未来を、この本がゆがめてしまったりしないだろうかということだ。表現ひとつで、同じ事実が180度違って見える。事実はひとつかもしれないが、人の心を通してみる「真実」はいくつもある。

たとえば、キューブサット物語で最後に「切り取る一瞬」は、打ち上げのその日だ。2003年6月30日。その前に展開される話は、すべてその日に向かっているわけだから、その日の描写ははずせない。だからその日のできごとを切り取っていく編集作業をするわけだ。もちろん、すべてを描けるわけではない。同時並行的に数箇所で作業は行われているが、一度に書けるのは一箇所だけだから、「編集」作業がどうしても入ってしまう。

すべてのことには光と影があって、アップダウンがある。たまたまその日、人生の「ダウン」にあたっていた人にとっては、その日を切り取られて描写されるとつらい。縁の下の力持ちをしていた人は、まばゆい光を放つイベントの影に入ってしまう。

分野が違えど、やっていることが違えど、一生懸命生きている人には、きっと「光と影」の本当の意味、「アップダウン」の本当の価値がわかるだろう。

影があるから光が際立つのだ。ダウンがあるからこそ、アップの喜びはひとしおなのだ。そして、それらは常に流転していて、ひとときもじっとしていない。アップダウンを繰り返しながら、自分はある方向に向かって歩いているという実感をもてたとしたら、それはとても幸せな人生なのではないか。そんな風に思う。


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北大CAMUIロケット

宇宙作家クラブの例会。乃木坂のエクスナレッジへ。
「キューブサット物語」の締切を控えているときに、その出版社での例会。編集者と打ち合わせ、という大義名分で出席。打ち合わせは懇親会の場で、ということで懇親会まで出席。

原稿は第三稿に突入中。書けば書くほど書き直したいところが出てくるし、登場人物からもインプットが増える。ジグソーパズルのように、あれはこういうことだったのかということが今になっておぼろげにわかる。しかし、締め切りは迫る。

それはともかく、この日の例会の講師は北大の永田晴紀先生。カムイロケットの開発者だ。カムイは、縦列多段衝突噴流方式を英訳し、Cascaded Multistage Impinging-jet の頭文字を取ってつけられた名前だが、アイヌ語では「神(自然)」の意味。開発したロケットを一般に販売するとアナウンスしたとたんに、テロに使われるのではないかとの副大臣発言。そのあとのすったもんだは協奏曲ではなくて狂騒曲。残念ながら、このあたりはオフレコ話が多いので割愛。

カムイロケットはハイブリッドロケット。液体燃料と固体燃料をあわせて使う。その仕組みにはじまり、カムイロケットがなぜ優れているのかなど、詳細に説明してもらった。宇宙は100キロとか200キロ先にあるのではなくて、7.9キロメートル/秒先にあるのだという。つまり、ロケットのミッションというのは、加速することなのだそうだ。だから、何秒で燃やしきれるかがキーになる。これまでハイブリッドロケットでは実現できなかった早さでの燃焼に成功し、特許も取得されている。

技術の話も、とてもわかりやすくておもしろかったのだが、「縁は異なもの」の話はもっと興味深い。これは、すでに「物語」。話し手が一瞬感極まって言葉に詰まってしまうような感動の物語だった。

ハイブリッドロケットの事業化を考えて、ある中央省庁の助成金に応募。評価は高かったにも関わらず、不採択。理由は、「これは他の省庁の管轄である」とのこと。しかし、そちらの省庁では「産業化」云々の研究は通常採択されない。どこから研究資金をとってくればいいのか。

失意の中で、助けてくれる会社が思いがけないところにあった。
専務さんの言葉が泣かせる。

「先生、やりましょう。これは大事なことだから、やるべきなんです。お金はいりません。どうぞ何でも使ってください。幸い、ウチは本業で利益を出していますから、大丈夫です。これは先生のために言っているんじゃありません。北海道のため、ひいては日本のためです」

この言葉を聞いたときに、もう身銭を切っても自分はこれをやろうと決意されたそうだ。ほどなくして地域新生コンソーシアム助成事業への採択の知らせがきた。地元企業が真剣に支えようとする研究開発に助成しないわけにはいかなかったのか、かなりのウルトラCで決まったとか。

過去に多くの人たちが積んできた成果の蓄積。メーカーとしての気概を持ち続けている企業との出会い。今、自分がしている仕事は、過去にがんばってくれたたくさんの人たちの努力と成果の上になりたっているのだということへの気づき。感謝。そんなことを永田先生は、質疑応答を交え、4時間に渡って話してくださった。

「自分が生まれるずっと前から、あちこちでがんばっておられた多くの人たちの努力の上にいまの自分の仕事がある」
多くの人の損得を越えた、私利私欲とは無縁の「気概」の蓄積。それが、閉ざされかけた永田先生の道を開いてくれた。まさしく、縁は異なもの、である。

そして、私にとってもこの縁は異なもの。
永田先生の道を開いた会社は、私が生まれた小さな町にある。もう忘れかけている記憶の彼方で、新しい息吹とともに、私の中で塗り替えられていく、その町の色。

北海道のロケットが宇宙へ行く日はいつのことだろう。もしかしたら、意外に近いのかもしれない。そんなことを感じさせるようなさわやかな講演だった。


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