ゴッホ展
金曜の夜に美術館へ行く。なんというおしゃれな生活。
一度やりたいと思っていた。
チャンスは突然やってくる。
ちょっとしんどいことがあって、とても夜まで仕事をする気にならなかった。誰かに会う気もしないし、約束もない。思いついて、ゴッホ展へ行くことにした。
人が多くてゆっくり見るのは難しいけれど、それなりに落ちついて一枚一枚鑑賞。まわりがざわついていても、絵と自分だけの世界に浸ってうっとりできるコツが東京に住んでいると身につくらしい。
年代によって違っている作風は、耳を切り落としてしまうほどの狂気の中で絵を描き続けた画家の生涯を語ってあまりある。ほんの38年しか生きなかった彼の作品は、一世紀たった今、海を越えてこんなに愛されている。彼の肖像画に対峙したとき、つい、御礼を言ってしまった。
私が一番好きなのは、アルル時代の絵。緑あふれる風景描写もいいし、町並みを描いたのもいい。
一枚くださると、もしも言われたら、『夜のカフェテラス』という作品がいい。ゴッホ展のポスターにも使われている。ポスターでいいからほしい。
ヨーロッパによくある石畳の町並み。外にテーブルが置かれて、人々がくつろいでいる。空には星が瞬いている。典型的なヨーロッパの町のどこにでもある風景。ブルーとイエローが効果的に使われている。自分のヨーロッパでの思い出とも重なって、見ていると胸がキュンとなる。
こちらはそんな思いで見ているこの絵を、彼はどんな気持ちで描いていたのだろう。このころ、彼は作品にもなっている「黄色い家」を作って、ゴーギャンとともに芸術に打ち込もうとするのだが、お互いに歩み寄れない芸術論の違いなどがあって、苦しみ、狂気の世界に入っていく。耳を切り落とすという事件を起こしたのも、このころだという。
晩年の精神病院の中庭の絵が切ない。自ら望んで入ったという病院で、絵を描くことは許されていたのだという。
芸術家は、普通の人が踏み込めない線を越えたところに入っていき、何かをそこで見るのだろうか。そこでつかみとったものを絵筆や音などで表現するのだろうか。狂気から戻ってこられる人と、そうでない人はどこが違うのだろうか。
そんなことを考えながら、地下鉄に乗る。
金曜の夜の、ほんの一時間の芸術鑑賞。悪くない。またいつかやってみよう。
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