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XI-Vの打ち上げは8月に

XI-Vの打上げ日が、また少しずれこんで、8月25日になったそうだ。当初、6月30日という、XI-IVのちょうど2年後という記念日に打上げという話だったが、メインの衛星が遅れているため、ずれこんでいる。横に載せてもらう立場の衛星としては、待つしかない。

中須賀研究室では、7月に宇宙研のロケットS310を使って、大規模網展開実験をすることになっているので、かなりスケジュールは厳しかったから、延びたのはよかったのかもしれない。キューブサットTシャツやキューブサットストラップを作る時間的余裕も生まれてよかったのかもしれない。・・・と、前向きに受けとめよう。

日大のキューブサットSEEDSの打上げも、延びている。開発メンバーはやきもきしているに違いない。卒業までに上がれば御の字、という心境にだんだんなっていくであろう彼らの心中を考えると、早く打ち上がってほしいと願わずにはいられない。

キューブサット物語で描いた打上げロケット調達の難しさが、やっぱり繰り返される。ロケットなど、ポンポン上がって、「ハイハイ、皆さん、こっちで打ち上げてあげますよ。日本へいらっしゃい」と海外の大学に言えるような仕組みが作れないものだろうか。宇宙開発とは無縁と思われているような小さな国の学生たちもみんなきて、顔を輝かせて帰っていけるような場ができるといい。

待つことで学ぶことは、もちろんたくさんある。でも、スムーズに行くことで学ぶことはきっともっとたくさんあるだろう。そして、貧しい国こそ、宇宙開発に関わるべきだと私は思う。小さくとも自分たちで衛星を打ち上げて運用するということが生み出す自信は、大きな力になる。

99年のUNISPACEという会議で、中国の高官が言っていた言葉を思い出す。うろおぼえだが、確かこんな内容だったと思う。記憶の彼方で、勘違いがあるかもしれないが。

「我々のような発展途上国こそ、宇宙開発をすべきなんです。宇宙の技術は、追いつこうと思えば追いつけるし、その成果は万人にわかります。技術力を高めていくのに、宇宙開発は最適です」

そして、その数年後、中国は世界で三番目に宇宙に人を送り、無事に帰還させることに成功した。あんなのはソ連のモノマネだと冷笑する人がいたら、その人はものづくりというものが全くわかっていない。

レシピがあっても、おいしい料理が作れるわけではない。作り方を自分の目でじっくり見る機会があっても、同じものが作れるわけではない。料理でさえそうなのだから、複雑なシステムを相手にする宇宙工学であれば、ただの「モノマネ」をすることでさえ、いかに難しいか、わかるだろう。もっとも、中国の有人宇宙飛行には、オリジナル技術もいろいろ入っていたという。

XI-Vは、XI-IVと双子ではあるけれど、この2年の間に、いろいろと手直しがあって、二卵性双生児くらいには違っている。8月の打上げ日までには、素敵な記念グッズを作って、できあがってから三年半の間、地上で一生懸命働いてきた彼(彼女か?)のこれからの星生の無事を祈りたい。

Tシャツ製作会社や、ミニチュア製作会社、ストラップ製作会社など、記念グッズを作ってくださるよいところをご存知の方がいらっしゃいましたら、ご一報くださいませ。


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マーケティングのデモ授業

土曜の午後、麹町へ。
ビジネススクールの通信コースの説明会。マーケティングのデモ授業を頼まれていたので、出かける。このあたりは、なじみのあるところだが、変化も大きくて、知らないところにいるような錯覚を覚える。お屋敷町だったのが、今はビルだらけ。

13年前にアパートの一室ではじめたというビジネススクール事業が、いまや大会社。真新しいビルに広々とした吹き抜けを持つすごいところになっている。玄関を入ると、ここはどこだろうとクラクラする。私が通っていたころは、もっとこじんまりとしていて、教室も少なくて、どちらかというと家庭的な感じもしていたものだ。

13年間変わらずに笑顔で受講生に接し続けているスタッフの方の顔を見て、ほっとする。見えないところでいろいろなサポートをし続けておられる人たちを見ると、いつも頭が下がる。通信コースのスタッフも、とてもサポーティブな方々だ。

私はここで、マーケティングの通信コース講師を担当させていただいている。いってみればアルバイトだが、自分の勉強にもなるし、力作答案を見るのは楽しいので、続けている。通信コースなので、受講生と顔を合わせることはないし、ましてや授業をすることはなかった。だから、反応がすぐにわかる教室でデモ授業をするのはとても新鮮な体験。ちょっとドキドキ。でも、基本的に「人」が好きなので、ワクワク。

30分のデモ授業で、「ポジショニング」の説明をして、実際に皆さんにポジショニングマップを作っていただく。
セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングというこの3つはセットにして覚えておくと、わかりやすい。セグメンテーションで市場をどのように切るかを考え、ターゲティングで市場のどの部分を狙うかを考え、ポジショニングで、自分の製品をどんなふうに顧客の心の中に位置づけてもらうかを考える。

理論はわかっても、現実に落とし込んで考えようとすると、試行錯誤の連続。実際、今作っているビジネスプランのマーケティング部分は、まだうなっている最中で、できていない。人様にお教えするなど、100年早いと思ってしまう。毎日が勉強。広い視野を持って、よき未来につながるようなプランを作りたいものである。


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素敵な女性たち

月曜の夜、レイランドにお客様をお迎えしたと思ったら、火曜のランチにもお客様がいらしてくださった。

お昼をごいっしょに、と前からのお約束。近くのお店でと思っていたが、昨夜のサラダ類とケーキが残っていたので、レイランドにお誘いした。偶然だけれど、おいしいパンをおみやげに頂いた。そのパンで、またオープンサンドランチ。

この方の細やかな心遣いには、いつも学ばせていただいている。こういう人生の先輩がいてくださることは、ありがたい。素敵な先輩に出会うたび、自分の未来が輝くような気がする。

UNISECの活動のメインは、学生といっても成人がほとんど。20歳未満の学生は数少ないし、しっかりしているので、大人としてつきあえる。彼女の活動のメインは、子供たち。対象が少し違っているけれど、よき未来を創りたいという想いは同じ。

昨日、おみやげに頂いたケーキを、今日はまた別の方と分かち合う。思わず顔中に笑みが広がってしまうような味わい。どなたかといっしょに頂くから、よけいにおいしいのだろう。

夜は、根津くらぶでお料理を習う。今日のメニューは鰹のたたきと角煮。アラの部分もついでに煮付けにするあたりがいい。じゅんさいの赤だしに厚焼き玉子。厚焼き玉子は焼きたてを切ってくださって、その場でみんなハフハフ言いながらほおばる。おいしい。盛り付け用にまた焼く。

鰹はこんなに大きな魚だったのだと改めて思う。いつも、切り身になっているのを買っているから、大きさをあまり意識したことがなかった。「切り身が海で泳いでいる」と思う小学生とあまり変わらないかもしれない。

本日の作品を賞味しながら、先生とみなさんでおしゃべり。

「先生は、どうして料理の道に入られたんですか?」
意外な答えが返ってきた。
「貝を頂いて、料理のしかたがわからなかったの。それで」

ご結婚されて後のことだそうだ。そういうことを経験する人は多いけれど、そのまま貝を捨てて終わる人と、料理の道に踏み出す人とはどこが違うのだろう。それもうかがってみた。

「好きだったのね、きっと。母や祖母が作るのを見るのも好きだったし。自分では覚えていないのだけど、中学生のころから友達に何か作ってあげていたんですって」

あとになって、実はそれが好きだったのだと気づく。そういうことは案外と多いのかもしれない。とすると、今歩いている人生は、きっと好きなことが積み重なってこうなっているのだろう。これから、何が好きになっていくのか、考えると楽しみだ。

素敵な女性たちがたくさんいてくださることに感謝。


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レイランドのお客様

本日、レイランドにお客様。やや緊張。鍋ができないレイランドで、いったい何をお出しすればよいのか。ない知恵を絞る。

よくごいっしょしている方が二名と、ホンモノのお客様が一名。この方はちょっとすごい方。70近いのだが、一日千回腕立て伏せをしておられる。階段を二段かけおりできないような社員はいらないと、以前にうかがったことがある。私はいまだかつて、それができたためしはない。しかし、私たちの活動もお気にかけていただいていて、ありがたい。

メロンに生ハムをのっけてオードブル。カンタンで豪華に見える。
マグロのブルスケッタ。ネギトロ用のマグロを買えば簡単に作れる。
フランスパンを焼いて、お皿にドンといれておく。
そして、タラモサラダにパプリカのマリネ。トマトのサラダ。サラダ菜とハーブもお皿にドンと。
各自、パンに好きなものをのせて食べるという趣向。これなら、私もいっしょにおしゃべりできる。

少しおなかがふくれてきたころに、昨日作っておいたチキンのトマト煮を暖める。やはりあったかいものはおもてなしにはあったほうがいい。お客様がおかわりをしてくださった。嬉しい。たくさん食べてくださると、作り甲斐がある。これは、省エネ料理で、新聞紙とバスタオルでくるんで一晩置いておいたもの。

お客様が「メインはこれね」ともってきてくださったのが、見たこともないようなケーキ。ちょっと感激した。マロンのタルトだというのだけれど、すごい。大きさといい、形といい、もちろん味といい。あまり甘くないそのクリームは、私の好み。ああ至福。しかも、私の名前を入れてくださっている。お誕生日の気分。

考えているビジョンやビジネスモデルのさわりについて話す。いろいろとヒントを頂いて、次のアクションが見えてきた。

「何も失う物はないのだから、やってみなさいよ」
暖かなエールを頂いた。

そうだ、何も持っていないということは大きな強みだ。この強みを生かさない手はない。


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日本文化と科学

土曜日に銀ブラ。歩行者天国になっているのも忘れていたほど、久しぶり。

銀座で行われた「日本文化と科学が出会う」というシンポジウムに出席。
ぎりぎりに行ったら、かなり満席だったが、運よく前のほうに席を見つけてすわる。

司会者は紋付はかまのいでたち。「日本文化」らしくていい。

「文化資本」「生活の質」といった内容の基調講演。お金はあっても心豊かとは限らない。貧しい国でも、幸福度が高い国もある。資生堂の福原義春名誉会長のご講演。たとえば、ブータンでは、GNPでなく国民の幸福度を高めることに力を注いでいる。子供が観光客のところに寄ってきて、何かをねだるということはなく、逆にお菓子をくれるのだという。

すばらしいことだ。そういう国の人たちは幸せだろう。しかし、ブータンと違って経済力のあるこの国で、お金さえあればできるのに、ということがたくさんあるNPOの運営をしていると、お金がなくて心豊かに過ごすことの難しさに直面する。貧しても鈍しない精神力を保つにはエネルギーがいる。

笙の演奏がプログラムに入っていたので、楽しみにしていた。宮田まゆみさんのすばらしい演奏にうっとり。本当に美しい音色だった。体全体に染み入ってくるような音。ホンモノを生で聴くのは初めて。感激。

そう思っていたら、その後の大橋力氏のビデオ講演で東洋音楽と西洋音楽の違いを解明。人の耳は、20キロヘルツ以下の音しか拾えない。西洋の楽器は、拾える音を中心に音が出るように作られている。それに対して、東洋の楽器は、もっと高周波の音を出しているそうだ。笙などは、100キロヘルツくらいまで出ている。そして、脳科学の研究の結果、おもしろいことがわかっている。

聞こえない音を聞いていると、脳が活性化して、いい状態になる。聞こえる音だけを聞いていても、あまり脳は活性化しない。CDでは、聞こえる音だけを拾っているそうだ。ライブがいいのは、きっとそういった「聞こえない音、つまり振動」を体で感じ、受け止めることができるからだろう。

竜安寺の石庭のなぞに挑むハルト・バン・トンダーさん。なぜ、石庭を見ると心が落ち着くのかを、科学的に解明した。科学的説明などなくても、いいものはいい、ということでよいのではないかと思ったりもするが、世の中には科学的にこうだといわれると、簡単に納得する人が多いのも事実。応用範囲を広げられるのも確か。

からくり人形のデザイナーの夢童由里子さん。愛知万博にもこの方の作品が多数出演。コンピュータ制御のからくり人形の製作者は、ご自身もお人形のように美しい方だった。彼女が作る人形のほっぺには、「日本人であることを忘れないように」、すべて桜の花がついている。

納豆研究で砂漠の緑化を夢見る原敏夫さんもユニーク。納豆は余り好きではないが、25年前にオーストリアの留学生に納豆研究をやりたいといわれてから、この道25年。今は、薬だと思って、ビールで流し込んでいるとのこと。納豆のネバネバ成分が保湿剤となって、化粧品として製品化されている。もっと安いものを開発して、砂漠に緑を作りたいという。

携帯電話に使われている日本の伝統技術を紹介した小澤淳さんによれば、携帯電話には和紙の技術や金箔の技術が生きているのだという。

時間がなくてパネルディスカッションはほとんどなし。
観客席に毛利衛夫妻がすわっておられ、コメントを求められた毛利氏が一言。

「先端科学技術をやっていると、文化的なところが鈍くなります。ヒューストンのクリアレイクというところ(NASAがある)には、おいしいレストランは一軒もありません。宇宙食も食べられれば何でもいいんです。限界ぎりぎりのところに挑戦し続けていると、感性のようなところは鈍くなって、潤いのない人生といえばいえます」

「これまでは、過去の伝統から、使えるものを探して、科学技術に生かそうという姿勢だったと思うが、これからは、逆で、新しい文化を創るために科学技術は何ができるか、と考えていくべきではないかと思います」

科学技術はすでに一つの文化になっているのだという主張。
日本文化から科学技術に使えそうなものを使うのでなく、科学技術が新しい日本文化を創るのに何ができるか、という問い。

科学技術を宇宙開発に置き換えてみると、ひらめくものがある。感性を高めて、自由な発想ができるようにしておこう。

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オランダのサイちゃん

XI-Vは無事にオランダに到着して、ESTECで順調に作業中。まずは、ヨカッタヨカッタ。
小さな一歩を大切に喜びたい。小さな一歩の積み重ねをしていって、あるとき振り返ったら、自分は山頂にいてふもとがはるか下のほうにみえた、ということもある。それに、小さな一歩といっても、ほんの少しのアクシデントで歩めなくなることだってある。そう考えると、一歩進めたというのは喜ばしいことだ。

中須賀研究室WEBの最新ニュースに、XI-Vの保護者たち(?)の写真が載っている。本人(本星?)の写真もある。

ずっと日陰の身だったXI-Vは、最近、にわかに脚光を浴び、日経新聞(夕刊)の一面にまで登場した。それに、某民放局のドキュメンタリー番組では、XI-Vの開発がメインでとりあげられ、打ち上げ後に放映の予定と聞いている。

今回、学生たちはロシアへ行かず、ESA側が搭載作業を担当する。だから、この衛星に関しては、何をどうすればいいのかを、しっかりと伝えなければならない。こんなドキドキするミッションを、こんなに若いうちに経験する彼らは、これからどんなふうに成長していくのだろう。

オランダのサイちゃんが宇宙へ行く日は近い。今度は軌道の関係で、もっと鮮明な写真が撮れそうだという。携帯に無料で地球画像を配信してくれるさいめーるサービスも、ますます楽しみになってきた。


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朗読サービス

大田区の図書館から荷物が届いた。
なんだろうと思ったら、「上がれ!空き缶衛星」のテープ版。そういえば、昨年、目が不自由な方のために、テープに吹き込んでもよいかどうか、問い合わせがあった。できあがったらしい。5本でワンセット。

さっそく聞いてみる。
やわらかな女性の声。プロではなさそうだけれど、聞きやすい。ボランティアで吹き込んでくださっているのかもしれない。頭が下がる。英語はわざわざスペルを読み上げてくださっている。写真の説明も言葉できちんとしてくださっている。すごい。

書いているとき、朗読サービスのことは念頭になかった。読んでいただけるなど、夢のまた夢だったからだ。しかし、こんなことなら、英語にもルビをちゃんとふっておくのだった。会議の名称など、参考のためにだけ入れてある英語まで、丁寧にスペルを読んでくださっている。ああ、そんなところはすっとばして読んでくださいませ。

そして、もっとリズムよく書ければよかったのにと、朗読を聞くと思う。まったく手遅れと知りつつ、いろいろと考える。

Better late than never.

こんなとき、とても元気になる言葉だ。

お送りいただいたこのテープ、忘れかけていた、とても大事なことを思い出させてくれた。

言葉を丁寧に紡ぐことはやはり大切なのだ。もともと、物語は、耳で聞くものだった。耳から聞いた言葉を自分の中で膨らませて、ドキドキワクワクする。それが物語。

語りだけで、聞いている人がワクワクできるような言葉を紡ぎたい。ホンモノの言葉ならきっと、目で読んでも耳で聞いても楽しめるのだと思う。

ホンモノの言葉。
道は遠い。けれど、どんなに遠い道でも、先に光がある、と思う。

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XI-Vとの記念撮影

本日、XI-Vとの最後の記念撮影の日。
今、宇宙へ行っているのはXI-IV。いっしょに作られたのだけれど、二年遅れで、宇宙へ行く。
今週末には出立の予定。オランダへ行って、そこからロシアに運んでもらう手はずになっている。

ほとんどの学生にとって、これがもう見納め。最後だから、近づいてじっくり見る。

思えばこの子は、双子の兄のために危険な試験はすべて引き受け、自分は太陽電池パネルも買ってもらえず、むきだしのまま、クリーンルームで長いときを過ごしていた。直前に太陽電池セルがおかしくなって、はりかえ、関係者は冷や汗ものだった。

しかし、今日は主役でハッピー。三種類の太陽電池をはっているので、なかなかおしゃれ。しかも、今日は、テレビ撮影が入っていて、レポーターのきれいな女性がいろいろ話しかけてくれる。XI-Vが生まれてこのかた、こんなに華々しい扱いを受けたのは、初めてではなかろうか。

これからが本番。打ち上げまでにいくつもの関門があって、そこをひとつひとつクリアしていく。まずは、無事にオランダに到着することを祈ろう。それが終わって、打ち上げが成功して、そこから「人間の子供よりも手がかかる」とプロマネの船瀬さんが言う運用が始まる。

写真撮影が終わるとすぐにクリーンルームにお戻りになったサイ様は、今、どんな気持ち(?)で、過ごしているのだろう。シャトルの打ち上げが延びたので、野口宇宙飛行士よりも先に宇宙へ行く公算が高くなった。

小さな宇宙開発があちこちで起こっている。
一つ一つに、きっと大切な役割があるのだと思う。

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カムイロケットのビデオ

少し前に送ってもらっていたカムイロケットのDVDをUNISECのホームページにアップした。

このホームページのトップページデザインは今月は若葉色、先月は桜色だった。デザイナーはいまヨーロッパを旅行中。街角のインターネットカフェで、とても高いコーラ代を払って、メールをくれる。

UNISECのロゴも彼のデザイン。ロケットのフェアリングが開いて、衛星がポコポコと出てくるのをイメージして作ってくださった。それだけではなく、季節によって、衛星が桜になったり、若葉になったりと、楽しいアイディアが次々と出てくる。この感性はすばらしい。

それはともかく、初めてこのDVDを見たとき、泣けてしまった。プロが作ったのかと思うようなすばらしい出来であるが、プロではなく、植松電機の社員の方が「専務を泣かせよう」と、ひそかに作ったらしい。専務だけでなくて、見た人はきっとみんなじわっと来るに違いない。

ロケット打ち上げのシーンはもちろんいいが、私が一番感動したのは、降りてきたパラシュートと機体を拾いに行こうとする学生たちの姿だ。

子犬のように雪の上をころげまわり、腰まで雪に埋もれながら、走っていくシーン。

スノーモービルで取りに行っているので、冷静に考えれば、実は行かなくてもよかったのじゃないかと思うのだが、それでも皆が走っていく。そこに、皆の想いが凝縮して見える。

そして、回収したロケットを大事そうに受け取る学生さんの表情。永田先生の心からの笑顔。見ている人たちの歓喜のしぐさ。そして、ロケット搭載のカメラがとらえた映像。これらがすべて、白銀に映えて美しい。

最後がまたいい。関係した大学や団体の名前がテロップで出た後。これ以上は書かない。

多くの方に見ていただきたい。10分程度だが、ぜひ音声つきでごらんいただきたい。宇宙にも工学にもあまり興味がなくても、きっと何か感じることがあるだろう。

映像はこちらからどうぞ。

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内発的意思の力

朝日新聞の北海道版に、「私の本棚」というコーナーがあって、そこで「上がれ!空き缶衛星」をご紹介いただいた。ご紹介くださったのは、植松努さん。

意外なことが書いてある。

  この本は、東大の学生が空き缶サイズの人工衛星を打ち上げるまでの苦闘のドキュメント。だが植松さんが出会った時は、自らがロケット開発に携わるとは夢にも思わなかった。

植松さんは、もともと三菱重工で飛翔体の設計をしておられた方で、北大が開発しているカムイロケットのサポートをしている。この本は、2004年6月に出版された。ということは、彼がロケット開発に深く関わるようになったのは、それ以降ということになる。この本が、彼の決心の一部に関わったのだとしたら、そんな光栄なことはない。

  「登場する学生たちは、やったことのないことも『できない』と言わず、失敗してもあきらめない。上司らの命令ではなく、寝食を忘れてのめり込む姿に心打たれた」と言う。

そして、今、そのとおりのことが彼の会社の従業員に起こっているという。今年3月に大樹町で行われたロケット打ち上げ実験の直前に、エンジンが全損し、急遽作り直したときも、彼らは自発的に動き、深夜の作業を黙々とこなした。打ち上げの後で、高校を出たての年若い社員が、感動して涙を流したという。

内発的な意思に突き動かされているとき、人は本当に強く、賢くなる。内からにじみ出てくる熱いエネルギーは、同じエネルギーを持つ人たちを呼び寄せる力となる。口を糊するためだけの「仕事」は8時間で切り上げたいが、好きなことなら何時間でも大丈夫という経験は誰もがもっているだろう。

この内発的な意思を育み、技術開発や経済の活性化に役立てられるような仕組みを作りたい。そして、それが持続可能な宇宙開発への道につながっていくといい。自浄作用を持ち、技術が生かされ、人も生きるような、正のスパイラルができはじめるようになればしめたもの。

持続可能な宇宙開発を目指して、まずはシナリオプランニング。
100年前の日本人は、第一次世界大戦の後のベルサイユ講和会議で、「自国の権益しか視野に入っていなかった」そうである。それが、その後日本がたどった暗い道へとつながったという説もある。その愚を繰り返さぬように気をつけながら、まずは一歩をふみだそう。


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100年後の未来

レイランドにて、未来を考えるサンデーブランチ・ミーティングを開催。11時に集まって、散会したのは夜9時半。こういうのは、ブランチとは呼ばないだろうが、小さなことは気にしない。

本職はシンクタンクで未来研究をしているシェフが包丁持参できてくださったので、私は食べて洗うだけ。彼の料理には毎回驚嘆。

独活(うど)料理にはうなった。この独活は、地産地消を神奈川で実践している方が持ってきてくださった。神奈川の洞窟で栽培されているそうだ。きれいな独活だった。

皮のキンピラは、想定内の味。普通においしい。しかし、皮をむいた独活が、こんなにおいしい料理になるとは思いもしなかった。まことに美味。酒とダシで煮て塩と黒こしょうをかけただけ、だというのだけれど、貧しいボキャブラリーでは表現できないおいしさであった。急いで白ワインをあけたくなる味、といえば少しは伝わるだろうか。

たぶん、この独活は心をこめて育てられていて、喜んでもらおうと思って運んでこられて、料理されて、おいしく頂こうと思って食べているから、これほどおいしいのかもしれない。

途中、腹ごなしに根津神社のつつじ祭りに繰り出す。腹ごなしなのに、ホカホカの饅頭を買い、ねぎミソせんべいを買う輩がいて、また食べる。なぜか境内ではフラダンスの音楽がかかり、フラダンスサークルの女性たちが踊っていた。さすが、日本の神社は懐が深い。

100年後の未来について話す。
100年後、どうなっているのか。3世代先だ。たぶん、ここにいる誰も生きていないだろう。参加者の中に、クライオニクス(人体冷凍保存)に賛同して登録している人がいるから、もしかしたらその人は、そのころ生き返っているかもしれない。

2100年から、今を見ると、どんな風に見えるんだろう。

「1900年への旅」という本がある。「道に迷わば年輪を見よ」というサブタイトルがついている。寺島実郎さんが書かれた本だ。そんなふうに、「2000年への旅」という本が100年後に書かれたとしたら、サブタイトルは何になるのだろう。

「道に迷わば、○○を見よ」
それがわかれば、苦労はしない。何を見て、方向を決めればいいのか。羅針盤が狂っていないという保証はない。熱帯など、樹木の年輪ができない地域だってあるだろう。Faithだと思っていることが、実はそうではないことだってあるかもしれないし、根拠とすべきFactは見方によって、違ってくることもある。

そのころ、まだ残っている企業はどれくらいあるだろう。それはいったいどこだろう。

「自動車メーカーというものはなくなっているだろう」
「A社は残っているかも」
「企業自体がなくなっているかも」

100年後の未来。
たまには、そういうところに身をおくのも悪くない。

願わくば、100年後に、「錠剤一つで食事終わり」というような世界になっていませんように。


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