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100年後の未来

レイランドにて、未来を考えるサンデーブランチ・ミーティングを開催。11時に集まって、散会したのは夜9時半。こういうのは、ブランチとは呼ばないだろうが、小さなことは気にしない。

本職はシンクタンクで未来研究をしているシェフが包丁持参できてくださったので、私は食べて洗うだけ。彼の料理には毎回驚嘆。

独活(うど)料理にはうなった。この独活は、地産地消を神奈川で実践している方が持ってきてくださった。神奈川の洞窟で栽培されているそうだ。きれいな独活だった。

皮のキンピラは、想定内の味。普通においしい。しかし、皮をむいた独活が、こんなにおいしい料理になるとは思いもしなかった。まことに美味。酒とダシで煮て塩と黒こしょうをかけただけ、だというのだけれど、貧しいボキャブラリーでは表現できないおいしさであった。急いで白ワインをあけたくなる味、といえば少しは伝わるだろうか。

たぶん、この独活は心をこめて育てられていて、喜んでもらおうと思って運んでこられて、料理されて、おいしく頂こうと思って食べているから、これほどおいしいのかもしれない。

途中、腹ごなしに根津神社のつつじ祭りに繰り出す。腹ごなしなのに、ホカホカの饅頭を買い、ねぎミソせんべいを買う輩がいて、また食べる。なぜか境内ではフラダンスの音楽がかかり、フラダンスサークルの女性たちが踊っていた。さすが、日本の神社は懐が深い。

100年後の未来について話す。
100年後、どうなっているのか。3世代先だ。たぶん、ここにいる誰も生きていないだろう。参加者の中に、クライオニクス(人体冷凍保存)に賛同して登録している人がいるから、もしかしたらその人は、そのころ生き返っているかもしれない。

2100年から、今を見ると、どんな風に見えるんだろう。

「1900年への旅」という本がある。「道に迷わば年輪を見よ」というサブタイトルがついている。寺島実郎さんが書かれた本だ。そんなふうに、「2000年への旅」という本が100年後に書かれたとしたら、サブタイトルは何になるのだろう。

「道に迷わば、○○を見よ」
それがわかれば、苦労はしない。何を見て、方向を決めればいいのか。羅針盤が狂っていないという保証はない。熱帯など、樹木の年輪ができない地域だってあるだろう。Faithだと思っていることが、実はそうではないことだってあるかもしれないし、根拠とすべきFactは見方によって、違ってくることもある。

そのころ、まだ残っている企業はどれくらいあるだろう。それはいったいどこだろう。

「自動車メーカーというものはなくなっているだろう」
「A社は残っているかも」
「企業自体がなくなっているかも」

100年後の未来。
たまには、そういうところに身をおくのも悪くない。

願わくば、100年後に、「錠剤一つで食事終わり」というような世界になっていませんように。


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Comments

シェフさま
いつもありがとうございます。
次なる新メニューを楽しみにしております。

Posted by: Rei | 2005.05.28 at 05:46 PM

そのシェフです。
たしかに独活の酒炒りは、「想定外」のうまさでした。

ところで、独活って字は、独(ひと)りでも活きいき、みたいな字ですが、お料理は気のあった仲間と食べるとさらにおいしくなるみたい。

ウドの大木ってのも見たことないけど。

Posted by: シェフ | 2005.05.28 at 09:39 AM

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