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お誕生日のイベント

6月30日。キューブサットの二回目の誕生日。

午前中は、「キューブサット物語」の編集者とともに、小さな集まりへ。オフレコでいろいろとお話させていただいた。編集者は、「人前で話すことはないので」、といいつつも、お話はわかりやすくて、好評だった。

彼の「この本を出したい」という想いを強く後押ししたのは、昨年のキューブサット一周年記念講演会」。このブログにも書いた記憶がある。学生たちの企画・運営で、アマチュア無線の方々や、キューブサットのためにアマチュア無線の資格を取ったという女性の方にもご講演いただいた。最近、こんなページも知った。詳細な情報と写真ですばらしい。他の記事もなかなか。人財はあちこちにいるらしい。

講演会の後で、東大の運用を公開したのだが、それを見て、「これはすごいかもしれない」と思われたとのこと。その時の実感が、たとえば編集会議で企画を通すときや、その後の「なかなか書かない著者」のお尻をたたくときにも、力になったのかもしれない。

彼がいなければ、こういう本にはならなかったと思う。キューブサットと誕生日が同じという編集者に出会えたのも、何かのご縁。ものごとがうまくいくとき、小さな縁があちこちに落ちているように思う。

いらしていただいた方たちに本をお配りするのだが、サインは編集者と私の二人で。こんなことはめったにないので、プレミアム本になるかも(?)

その後、「マリンクラブ」という素敵なレストランで、談笑しながらお食事。マリンクラブなのに、全員がお肉料理を食べてしまった・・・・。というようなささいなことは気にせずに、楽しい時間をすごせたことに感謝しよう。

午後3時から、中須賀研究室で「通常ミーティング」。研究室の向かいの教室に、いつものように集まった。

お誕生日のケーキを、S氏が準備していた。この日のために、銀座三越のケーキ屋さんで注文したという、豪華絢爛のイチゴとラズベリーのケーキは、ほっぺが落ちるほどおいしかった。

「ミーティングの配布資料を希望」している、不在の学生たちのために、切り分けられたケーキはアルミホイルにくるまれて冷蔵庫へ。

そのケーキ屋さんの名前はGIOTTO。S氏は、その名前が気に入ってそこにしたらしいのだが、残念ながら、彼よりほんの少し若い学生さんたちは、GIOTTOを知らない様子。

Wikipediaの説明によると、

「ジョット(giotto)またはジオットは、欧州宇宙機関(ESA)によって1985年7月2日に打ち上げられ、ハレー彗星に最接近した探査機。1301年に出現したハレー彗星をパドヴァのスクロヴェンニ礼拝堂の壁画のモチーフに描いたイタリアの画家ジョット・ディ・ボンドーネにちなみ命名された」

ということなので、この名前の由来は、700年前にさかのぼるらしい。

GIOTTOは、ハレー彗星の核に近づいて画像撮影してから、通信が途絶えてしまうのだが、4年後に再起動して復活し、別の彗星のデータを観測したという、不屈の衛星だ。

衛星のミッションは、人が与えている。しかし、そのミッションを超えたことを、成し遂げてしまう衛星がいる。たとえば、キューブサットは、本になることで、多くの人たちに「何か」を伝えているわけだが、それは与えられたミッションの範囲を超えている。ミッションを達成しようとがんばることで、何か考えもしていなかったことが起こる。

自分のミッションは何なのか。真剣に取り組むべきことは何なのか。それがわかったとき、人は何度でも生まれ変わることができるように思う。

Happy Birthday!!


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キューブサット2歳の誕生日

6月30日は、東大と東工大のキューブサットの2歳の誕生日だ。サイちゃんもキュートちゃんも、2年たっても、まだまだ元気。「学生と民生品、恐るべし」、を証明した形になっている。

その誕生日に、小さなお祝いの会を企画してくださる方があり、「キューブサット物語裏話」をすることになった。お昼を食べながら、ざっくばらんなお話の会。日ごろ、表に出ることはめったにない編集者にもご参加いただき、小さなトークセッションをする。なんと、この方も誕生日が6月30日。こういう偶然は楽しい。キューブサット物語の言及リンク集も作ってくださっている。

書いているときは、楽しくもあり、つらくもあった。明け方にとぼとぼ帰って、仮眠をとって、また事務所へ、という毎日が懐かしい。出版されるのは、もちろん肩の荷がおりてうれしいのだが、手を離れてしまって、すでに読んでくださる方のものになってしまい、もう書き換えられないのだという一抹の寂しさもある。

場所は有楽町。某社の会議室で10時半から1時までとのことで、15人くらいが定員だそうだ。

まだ少し余裕があるそうなので、もしご参加されたい方がいらしたら、ご連絡ください。

キューブサット二歳の誕生日。

小さなお祝いの会が、あちこちで開かれることを祈りつつ。
キューブサットの弟や妹やいとこやはとこや子や孫やひ孫が、どんどん宇宙で生まれる日を夢見つつ。

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レイゾウコ記念日

レイランドの新祝日。6月20日は、レイゾウコ記念日。
小さなレイゾウコを、大きなのに買い換えた。120センチが急に180センチ近くになった。急激な成長。氷も勝手にできるようになった。飛躍的な進歩。

小さなレイゾウコは、これまでレイゾウコがなかった事務所へ。レイゾウコを渇望していた学生さんたちが来て、運んでくれる。いまは、レイゾウコは捨てるにもお金がかかる。運ぶにも業者さんに頼むとお金がかかる。その経費はなしで、小さなレイゾウコは、新しいところでかわいがってもらえることになった。

で、その浮いた経費で、運んでくれた皆さんのおもてなし。レイゾウコを運んでくれた3人をお招きしてお食事。暑くなりかけの今は、ピリリと辛いタイ料理風。食欲がなくても出てくるし、ビールによくあう、不思議な料理。

まずは、鶏ひき肉のレモンサラダ。一味唐辛子を大量にふりかけてつくる。春雨のサラダもたっぷり。エビやしその葉、水菜をたっぷりおいて、ライスペーパーに水をつけては、くるくる巻いて、好きなように食べる。

冷蔵庫到着が遅れたせいで、食事は9時近くになってから。スペイン風のこのまったりしたときの流れも悪くない。ビールでカンパイ。女性のお客様と違うのは、料理が減っていくそのスピード。あっというまにお皿が空になっていく。

それから、牛タタキのお醤油味のマリネ。ちょっとニンニクを切っていれると、風味が増す。本当は、一昼夜くらいつけこみたいところだが、急なことなのでしかたない。それなりにおいしくなった。

続いて、さつま揚げを表面が少しパリッとするくらいまで焼く。好みでマスタード。

さらに、なすとチキンのグリーンカレー。ココナッツミルクの缶詰を買ってあったので、あっというまにできる。さすがにこれくらいまでくると、みなさんのスピードは落ちる。しかし、おかわりをしてくれる猛者もいる。

オモチを油で焼いて出そうと思っていたが、そこまでは到達せず。

その後、コーヒーにクッキー。
そして、なぜかぴったりあってしまった組み合わせ。日本茶にインドの豆。

3人は、彼女と結婚している、彼女と結婚したい、結婚を考えるような彼女がほしい、という三段階にいて、「進化」の先にいる人が、後にいる人にアドバイスをする形に自然になる。「電車男」のような会話がはずむ。

誰もがきっと、励ましを必要としているのだろう。そうして、ほんの少しの励ましがあれば、ぐんと前へ進むことができるのかもしれない。励ましあって生きていくのは、依存しあって生きていくのとは違う。後者が悪いわけでは決してないけれど、広がって大きくなっていけるのは、前者だろう。

レイゾウコ記念日の夜はゆっくりと過ぎて、2時過ぎにお開き。
こんな夜も悪くない。


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未来の三原則

はっと気づくと、先入観と偏見が頭を占領していることがある。そうすると、たいていの場合、ネガティブな未来が描けてしまう。だから、そういうのはさっさと捨てるに限る。

と、日ごろ思っているので、注意しているつもりなのだが、先日、はっとすることがあった。

学生たちの行動力はすごくて、「代議士に会う」といったら、本当にわたりをつけて、会ってきてしまう。しかも、次のアポイントつきである。普通の陳情などではありえない展開を、彼らはやってのける。

さて、ここで、私がまず感じたこと。
「感受性の強い彼らが、いい影響だけを受けてくれればよいが・・・」

次に考えたこと。
「政治家は票や金のためにしか動かないだろうなあ・・・」

その政治家の方々を、私はまったく存じ上げていないのに、そう考えてしまう自分がいた。いったいどうして、そんなふうに決めつけてしまえるのか。

未来の三原則。

1)未来は、いま、ここから始まる。
2)未来は、無数にある。
3)未来に境目はない。

この原則にのっとれば、こういうことになる。

1)学生が代議士に会う
2)その先のシナリオは無数
3)誰が何をインプットしても、未来に影響を与えることができる。

ならば、私がよき未来をインプットしよう。

宇宙を目指す学生たちの純粋な情熱にほだされて、政治家は、もともと持っていた純粋で高潔な志を思い出し、そのように行動するようになった。

先入観を捨てよう。すべてのことは、かつてそうだったとしても、今これからは違うかもしれないではないか。そして、少しでもよき未来を創っていくには、自分の中で、まずはいい未来を描いてみることだ。

学生たちの活動は、津波のごときエネルギーを秘めている。その中心に、愛と思いやりがあったら、そのエネルギーは破壊に向かうのでなく、建設に向かう。そのときに何が作られるのか。何が変わるのか。

きっとすばらしいことが起きるに違いない。


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UNISECな人材

UNISECの学生団体であるUNISONの2005年度代表二名が決まった。初めてのミーティングを土曜午後に行った。この二人は、全く違っているが、それぞれに熱い。所信表明を読むと、彼らが日ごろ、いかに物事を真剣に考えているのかが、伝わってくる。

尾曲邦之さん(東工大)の所信表明から引用。

私は,そもそも人は宇宙開発そのものにロマンを感じるのではない,とすら思っています.宇宙開発が魅力的であるのは,宇宙開発に携わる人が魅力的だからなのです.

魅力的だった人が輝きを失っていくのは、なぜなのか。最近、この人はなかなかいいと思っていた人が、宇宙以外の業界へと転職していくのを見るにつけ、何かが違っているのかもしれないと思う。しかし、それだけ広がりが出るということかもしれないし、きっとよき方向に向かっているのだろう。

再び、引用。

現在までのUNISECの活動を振り返ると,「理想はあるのだけれど,なんとなく前に進まない」現状が見えてきます. つまり,得られるメリットが,「何のためのメリットであるのか」という点です.確かに,規模が大きいほど,また研究室間での協力が大きいほど,メリットはあるでしょう.しかし,誰かが一方的に恩恵を受けるだけのメリットであれば,それは真の意味での協力ではないと言えます.

「UNISECに入ったら、どんなサービスが受けられるんですか?」と聞かれることが多い。会費を払うんだから、その分のサービスがほしい、というわけだろうか。

お金を出して、モノを買うという消費社会の発想で考えてしまうと、UNISECは成立しない。少なくとも、毎年のワークショップの信じられないほどの盛り上がりと熱気はありえないし、ボランタリーに仕事を買って出る人たちも現れないだろう。

UNISECは、いわゆる学会とも違うし、協同組合とも違う。なにやら新しい場が育っているようにも見える。そして、こんなに世代を超えて真剣な交流ができるところも珍しい。

学生たちの真剣な活動に対して、サービスをすることで得られるものがどんなに心を豊かにしてくれるかは、後になればわかる。今年からは学生会員からも、1000円程度だけれど、会費を徴収することにした。「UNISECは、支援してくれるところ」という甘えを払拭し、金額の多寡ではなく、自分は、その組織を支えている大切な一人なのだという意識を持っていただければと願っている。

何かがほしければ、まず自分が持っているものを出すことだ。自分は何も持っていないと言うのであれば、たぶん、ほしいものもないのだろう。答えがほしければ、質問を出さなければならないし、アドバイスがほしければ、自分の状況を話さなければならない。

歩行ロボットを作るときに、「前につんのめるようにしたら歩けるようになった」という話を聞いたことがある。何かを出すことでバランスをくずすと、前へ進めるのかもしれない。

同じところでジャンプし続ける人生も悪くないが、前へ進む人生では、変わっていく景色を楽しめる。「UNISECな人材」は、どんなふうにして前へ進んでいくのだろう。変わり続ける景色の中で、変わらないものが確かにあるように思う。そんなことがわかってくるのも、楽しい。

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もっと!ドラえもん

ドラえもんの雑誌がある。
もっと!ドラえもん」というタイトル。ドラえもんのフィギュアがついて、1380円。子供向けというわけではなく、ルビもふっていない。ドラえもんファンがこぞって購入するらしく、10万部の発行部数。

そんな雑誌に、学生の衛星開発の話を載せていただけるということになり、先日、ご担当者と打ち合わせ。衛星の話は、1,2ページでまとめることになった。編集企画はこれから。ネタはたくさんあるので、絞り込む作業が必要。

それ以外の話が大いに盛り上がり、そのうち「ドラえもん衛星」を打ち上げたらとか、ドラえもんレシーバーを作って、衛星からの電波を受けとれないかとか、想像の翼が大きく羽ばたいて、思考は一気に大気圏を脱出してしまった。

このキャラクターの力は大きい。ユニクロで作ってもらったドラえもんTシャツは、4月に売り出して、もう売り切れだというし、テレビの視聴率も映画の観客動員数も、常に安定している。ドラえもんは魅力的でかわいいし、登場人物も、悪人というものがいない。善意を基にして成り立つ社会が、そこにはある。意地悪や怠け癖があっても、悪意はない。

2112年生まれのドラえもん。ロボットを友達としてみる日本人ならではの発想。ここには、アシモフのロボット三原則とは全く軸を異にする世界観がある。

ドラえもんは、22世紀のお店で、いろんなものを買ってくる。ちょうど、秋葉原でいろんなものを買ってきて衛星を作るのに良く似ている。

秋葉原の部品は、すべて誰かが考えて作ったものだ。とすると、そのポケットから、人工衛星キットが出てくるようになるとすれば、誰かがそのキットをそれまでに作っていたということだ。

「この"クラシック人工衛星キット”は、100年以上昔に、日本の大学生たちが作ったんだよ」

いつか、ドラえもんがそういってくれる日がくるといい。

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小さな落下塔

北海道の赤平という小さな町に、60メートルくらいの鉄塔が建っている。その鉄塔を見学に、東京から出かけた。高い建物のない北海道の開けた土地で、その鉄塔は遠くからでも目立つ。

その鉄塔は、実は、微小重力実験のために作られたもので、植松電機という一民間企業の敷地内にある。札幌から一時間ちょっとのところ。

3秒級落下実験施設ということで、北大のチームを中心に開発を進めている。塔の横には、別の建物が新築されていて、大学の研究室に使ってもらうのだという。

塔とその建物の建設資金は、事業計画が「いつまでにいくらもうかる」と書くことを求められる銀行融資向きではなかったそうで、会社としては融資を受けられなかった。普通はそこであきらめるだろうが、植松さんはあきらめない。個人で銀行から借りたという。だから、リスクは植松さん個人が負っている。

すぐ近くの上砂川というところに、もっと大掛かりな微小重力実験の施設があった。採算が取れず、閉鎖に追い込まれたのは、つい最近のこと。

一回の実験の値段が高いと、試行錯誤がやりにくい。一度で成功しないといけないとなると、敷居が高い。実験は「試す」ためのものなのに、「試してみる」ことができない。だから、使用頻度が余計に減る。余計に値段設定を高くしないといけなくなる。

安価に容易に何度でも実験できる設備があれば、試行錯誤をして、たとえば宇宙で微小重力実験をするに値するものを絞り込んでいくことができる。実験機器の改良もしやすいから、本当にお金がかかる実験をするときに、成功する確率が高くなる。

理屈ではわかっていても、それを実現するために動く人は少ない。目の前にあるドアを、押してみることもなく、ひいてみることもなく、ただドアがあるだけで、鍵がかかっていると思い込んであきらめる。できない理由は、いくらでも考えつく。

言い訳の天才になるか、やれることをやっていく普通の人になるか、いつも選択枝は自分の手の中にある。

小さな落下塔が作る未来に祝福あれ!

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地上局の神様

東大の学生二人が、札幌を訪れた。キューブサットを来年打上げる予定の北海道工業大学の地上局整備のためだ。地上局というのは、衛星と通信して電波を受信したりコマンドを打ったりする設備のこと。そして、いまUNISON(UNISECの学生団体)のプロジェクトとして、地上局のネットワーク化事業を推進中。これができるようになると、遠隔運用ができるようになる。

それはともかく、二人が案内された教室には、「神、降臨」と書かれていたそうで、「地上局の神様」をお迎えする用意を、道工大の学生たちはしていたらしい。

その研究室のブログを読むと、様子がよくわかる。道工大の指導教官の佐鳥新先生は、そのブログの中で、こんなことを書かれている。

T大から道工大の地上局の整備に来てくれた神様からのプレゼントは予想以上に大きかったようです。関係者にとっては、ある日突然宇宙人がUFOでやってきて、その飛行原理を原住民に教えてくれたような衝撃でもあったようです。

この表現、大げさと思う人もいるだろうけれど、私にはよくわかる。そして、その「原住民」は、いつかまた「神」になって、別の「原住民」の前に「降臨」するようになる。この循環はとても好ましい。正のスパイラルは、関わる人たちに喜びと笑顔をもたらしてくれる。そのスパイラルの中では、失敗もミスも、ちょっとしたスパイスになる。

「神様」も、試行錯誤と失敗を繰り返しながら、地道な努力を重ね、限界に挑戦している。この「限界に挑戦する」精神が、宇宙開発には不可欠である。なんとなれば、最初から宇宙開発は、重力に逆らうところから始まっているからである。パワーが必要である。でも、そのパワーは、たぶん、すでに与えられていて、使われるのを待っているだけのように思う。

「神様」のうち、一人は、北海道の夜を甘くみて、窓を開けて寝たために風邪をひいたそうだ。もう一人は、同じ部屋に寝ていたのに、ピンピンしている。こちらは、夜中にベッドから落ちても起きずにそのまま床で寝続けていたという神経の持ち主なので、そういうこともありそうだ。

個性豊かな人たちが、それぞれの個性を生かして、スクスクと伸びていけるような社会を作るために、何が必要なのだろうか。思い切り能力を発揮できるような場所を作るには、どうすればいいのだろうか。

「神様」の好循環があちこちで生まれそうな中、考えること、するべきことはたくさんありそうだ。それもまた楽しいこと。


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