枕草子とキューブサット
携帯電話に、母から電話。留守電にメッセージがはいっていた。まずめったにないことなので、一大事かと思ったら、キューブサットのことだった。
「キューブサットの記事が朝日新聞に出ているって、枕草子の先生から電話があった」とのこと。
枕草子の先生とは、彼女が通っているカルチャーセンターの日本古典文学講座の先生で、とても素敵な女性。その方が母に送ってこられるお葉書は、まさに「文(ふみ)」と呼ぶべきもので、季節ごとの心配りがなんともいいのである。もちろん、達筆。
その、たおやかな先生は、かつて、
「キューブサットのサットってどういう意味ですの?」
と母に聞いたらしい。私の答えをそのまま受け売りした母に、
「サットお返事をいただき、ありがとうございます」と返すのも、心のこもったお葉書で、なのである。
(これは掛詞であって、駄洒落ではなさそう)
電子メールでも電話でもないコミュニケーション。こういうときの流れ方、間合いの取り方。粋。
そのようなゆったりした方が、朝日新聞に出ていたXI-Vの記事を食い入るように読んでくださって、電話をくださったというのだから、ありがたい。
もしも、いま、清少納言が生きていたら、キューブサットのことをなんと形容するだろう。
やはり、「うつくしきもの」だろうか。
そんなことを考えるのも楽しい。
キューブサットがつむいでくれる小さな縁は、静かに、しかし確かな手ごたえとともに広がっている。


Recent Comments