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プーシキン美術館

奈良で美しいものに触れたせいか、もっと美しいものに出会いたくなり、上野へ。北斎展を見ようと思っていたが、40分待ちと書いてあり、あっさりあきらめて、東京都美術館へ。

あきらめて、というのはたぶん違っている。
「やっぱり、マティスの金魚を見よう」
さっと心の中で切り替わったのである。一瞬のこと。

東京都美術館で「プーシキン美術館展」をやっている。大好きなマティスの「金魚」に会いたかった。本当にほしいものにめぐりあわせてくれるために、障害というのはあるのだろうかと思えてくるから不思議。こちらも15分待ちとのことだったが、まずはチケット売り場へ。ちょうど日展をやっていて、かなりの混雑。

見知らぬ女性が近寄ってきた。
「すみません、プーシキン美術館展をごらんになるんですか?」
うなずくと、
「連れが来られなくなってしまったので、この券、よかったらさしあげます」
まあ、なんというラッキーなこと。

「たまにはいいことがあると思ってくださいな」

そんな優しい言葉とともに、私の手にチケットを握らせてくださった。こういうことがあると、やはり私はこちらに来ることになっていたのだと妙な確信が出てくるのがまた不思議。「科学的」でない思考回路を持っていることは楽しい。

しかしこちらもかなりの混雑。こういうとき、背が高い人は得だ。しかし、この思考は人生をつまらなくする。「せっかく背が低いのだから」、「前のほうに行かなければ決して見えないのだから」、ちょっと待って絵に接近してゆっくりと鑑賞。最近のイヤホンは、音楽つきで音質もよく、説明もわかりやすくて心地よい。

プーシキン美術館は、モロゾフとシチューキンという二人の実業家が集めたコレクションをもとにして作られたそうだ。モスクワ革命の前だから、リッチな人はとめどなくリッチになれた時代。

シチューキンの自宅には、マティスの部屋とピカソの部屋があったそうだ。ため息が出そうな贅沢な空間だったに違いない。マティスの部屋は、ばら色の天井の豪華絢爛なつくりだったのに比べ、ピカソの部屋は白が基調の簡素なものだった。それぞれの絵画がいちばんひきたつしつらえ。部屋のモノクロ写真が残っている。

展覧会は3階に分かれて展示。象徴主義から印象派、ナビ派とアンティミスト、マティスとフォービズム、そして最後にピカソとキュビズムという構成。いっぱしの美術愛好家を気取れるくらいにわかりやすく並べてある。

お目当ての「金魚」は、真ん中の階にあった。思っていたよりずっと大きな絵だった。なんと明るい色彩だろう。ピンクの色合いがなんともいえず素敵。金魚に表情があるのもいい。こんな絵が自宅にあったらどんなだろう。この世界が美しいことを思い出させてくれる。生きていることがとても幸せに思える。

帰り際に、MAYAMAXXさんの本を買う。絵がふるえるほど好きになる というタイトル。表紙がマティスの「金魚」。画家の彼女の目で見る作品。話し言葉で語りかける説明文はなかなか。「すみません、セザンヌはよくわからない・・・」というような正直なコメントがいい。

いいものを見ると、それからしばらくその幸せ感が続く。しばらくの間、「マティスの金魚」が視界にいる生活を楽しもう。


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