« November 2005 | Main | January 2006 »

SATELLITE

12月26日は、某研究室の忘年会。

学生さんたちは鍋を持ち込み、食材を購入して、寄せ鍋を準備。なんでも手作りのこの研究室は、忘年会も手作りなのである。OBやOGの方々も参加されて、にぎやか。

例年、幹事役の4年生の皆さんが趣向を凝らす。今年は、いろいろな賞が用意され、研究室の先輩たちに「授与」。それぞれの特徴をとらえ、爆笑を誘うような賞がほとんど。「HG賞」を授与されたNさんは、「サイ・フォ~!」とパフォーマンスを披露。日ごろ優秀でまじめな学生さんのこういう姿を見るのも楽しい。

そんな楽しい宴の席で、私はある方からのお手紙を読ませていただいた。先日放映された『夢の扉』をごらんになった方だ。美しい筆跡で書かれたそのお手紙は、息子さんを亡くされた女性からのもの。

息子さんのお名前はHugeさん。本名を漆畑玄周(うるしばた・はるちか)さんとおっしゃる。
サウンドクリエーターとして、将来を嘱望されながら、2年半前に他界された。浜崎あゆみさんなど、人気アーティストの楽曲のリミックス(再編集)を数多く手掛け、その才能がみとめられてきて、これからというときだった。

以下、お手紙から一部引用させていただく。

2003年6月25日、私共の息子玄周(はるちか)は不整脈の為、21歳で急逝いたしました。音楽が好きで、14歳で作曲家になる事を志してから、亡くなるまでの7年間、夢にむかって、まっしぐらにひたむきにかけておりました。番組内の皆様のプロジェクトにかける熱い想いとまなざしに、彼の作曲中の真剣なまなざしを思い出してしまいました。あれから、二年半が過ぎようとしておりますが、2003年6月30日に打ち上げられたCubeSatが今なお地球の周りを元気に回りつづけ、私達を見守ってくれているということに、彼の夢や想いを重ねて、とても嬉しく感動しております。真に勝手にご縁を感じてしまい、申し訳ありません。

宇宙が好きで、「ヘッドホンの中の宇宙」という言葉をよく使っておられたそうだ。亡くなってから、友人がパソコン内のデータを整理したところ、未発表のオリジナル曲が数百曲出てきたという。

夭折した才能はいくら惜しんでも惜しみすぎることはない。自分の作品を世に問うことのないままに旅立ってしまった彼の想い。親御さんたちが、なんとか伝えようとしておられる。HUGE STUDIOというサイトで、彼の想いの片鱗をうかがいしることができる。

この方が、キューブサットにご縁を感じてくださったのには、理由があった。
Hugeさんが創った何百もの曲の中に、宇宙に関係するような曲はたくさんあって、南極での皆既日食の中継やプラネタリウム投影で、BGMにも使われている。そのたくさんの曲の中に、SATELLITEというタイトルの曲があった。

「僕が最後にHugeからもらった曲は、SATELLITEです」と、彼の親友が教えてくれたという。

キューブサットは、彼が亡くなって5日後に宇宙で生を授かった。ただの偶然といえばそれまでかもしれない。けれど、そんなふうにご縁を感じてくださる方が存在してくださったために、想いを実現するために努力できることがどれほどありがたいことなのかを学ぶことができる。この世で自分の手を動かして何かをしていけることが、どれほど幸せなことなのかを、ほんの少しだけ理解することができる。

私は、このお手紙を、何一つ説明せずに、ただ読んだ。学生さんたちは、ただ聞いた。言うべき言葉はないのだ。それでいい。ただ、そのままを聞けばいい。

そして、送っていただいた「SATELLITE」をいっしょに聞く。Hugeさんからのクリスマスプレゼント。

一瞬の沈黙の後、楽しい宴が再開。

いつ消えるかわからない世界に、私達は生きている。今日生きていても、明日生きているかどうかはわからない。
明日消えてしまうとしても、今日はこれをやりたいと思えることができるなら、幸せである。

Hugeさんは、うんと若いときに、明日消えてしまっても今日やりたいと思えることに出会えた幸せな方だったのではないだろうか。明日消えてしまうとしても、私はこの記事を今日書きたかった。私も幸せだ。

先行き不透明な時代といわれるけれど、幸せな人たちは確実に増えていくと思う。明日消えてしまうなら、今日これをやりたいと思うことを、実は誰でもたくさん持っているのだから。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

光の教会

数日前に行きたいと願った「光の教会」こと日本キリスト教団茨木春日丘教会に、行ってきた。しかも、クリスマス礼拝に参加。

この週末は不思議なことが次々と起こって、数日間とは思えない旅をしてきたように思う。先週と今週では、見かけは同じかもしれないが、中身はきっと大きく違っていると思う。

23日の金曜日。シタールのレッスンのため、大阪へ。途中、岐阜のあたりの大雪のため、新幹線は徐行運転。1時間半くらいの遅れ。この分では帰りも相当に遅れそうだったので、ホテルを取って泊まることにした。思いついて、しばらく会っていない従妹に電話。

「じゃあ、ウチに泊まる?」
思いがけない言葉。某有名デパートの花形バイヤーとして活躍中の彼女はいつも超多忙。しかも、そのお宅には、ご夫君とそのお母様がいらっしゃる。私はまだお会いしたことがないのである。しかし、あまりに彼女があっけらかんと言うので、図々しいとは思いつつ、お言葉に甘えることにした。

シタールの師匠からクリスマスプレゼントに頂いた「サラスバティ」の像を大事に持って、梅田で待ち合わせ。サラスバティはインドの女神様の一人で、学問と芸術の神様。今練習中の曲が「サラスバティ」。

従妹と無事に会えて、京都へ。おみやげも何も用意していないので、花束を買う。

そのお宅。京都の中心部にあり、交通の便は最高。そして、京都の寒さとは裏腹に、ここのお宅はなにやらあったかくて居心地のよいことこのうえない。用意してくださっていたお鍋をつつき、ビールで乾杯。夜中に従妹と2人で銭湯へいき、ゆっくりとつかる。家のお風呂とは違って、広々としていてあったまる。

涙の数だけ、人はやさしくなるというけれど、このお母様はその言葉をそのまま体現しているような方。ご好意に甘えまくり、もう一泊させていただくことにした。そして、その翌日、従妹といっしょに茨木の教会へ。

美しい教会だった。コンクリート打ちっぱなしの概観は、ヨーロッパで見かける教会とはかなり違う。安藤忠雄さんの代表作でもあるらしく、建築関係者らしき方のブログにも写真がたくさん載っている。

生まれて初めてのクリスマス礼拝。
48人もの「新参加者」が参加していたそうで、初心者は私たちだけではなかったらしい。賛美歌を歌ったり、牧師さんのお話をうかがったり、洗礼式に立ち会ったり、初体験を次々にする。

その間中、壁一面に十字架の形にガラスをはめこんだ「光の十字架」から、太陽の光がさしこんでくる。最初は従妹の顔にあたっていて、時間の経過とともに隣にすわっている私の顔にうつってきた。冬なのにまぶしい光。太陽の恵みという言葉をただ実感する瞬間。

素敵なクリスマスを過ごせたことに感謝。美しいものをたくさんいただいた気がする。
東京に戻り、帰宅したら、女子スケートのフリー。どの選手もすばらしくて、うっとり。安心してみていられる。こちらも美しいことこのうえない。最近の日本女性は本当に美しくてしなやかで、そして自然体の強さを持っている。

光はきっと自分の中にある。それを発揮できるとき、人は輝くのかもしれない。輝いていた光の教会。輝いていたスケーターたち。呼び水ならぬ「呼び光」はいたるところにあって、内なる光が出てくるのを助けてくれているように思う。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

時間の終わり

六本木ヒルズ。青いイルミネーションが新鮮。
高速エレベーターで53階まで上がると、22時まで開いている美術館があった。

杉本博司氏の「時間の終わり」というタイトルの写真展。ニューヨーク在住の杉本氏のお名前も、お仕事もまったく知らずに、ふらりと立ち寄った場所で、私の「時間」の観念はかなり変わったような気がする。それくらい衝撃的であった。アートというのは、こんなふうに人のものの見方が変わるような衝撃を与えるものなのだろうか。

入ると天井から床まで薄い柱がたくさん立っているのが見える。これだから現代アートはわからないと思って進んでふと振り返ると、しかけがあった。白壁の後ろ側に写真が展示されていて、写真展になっているのだ。このユーモアのセンスは、「二度楽しんでもらいたい」というところからきているらしい。

すべてモノクロの写真。
動物の剥製を写真にとると生きているように見えることからヒントを得た彼は、「写真にとると真実になる」ような写真作品を発表。写真の世界がジオラマ。そこではネアンデルタール人が、地球上のどこかに少数民族のように残っていて撮影されたかのように見える。

映画を一枚の写真でとるとどうなるか。彼の中で、答えは「真っ白なスクリーンになるだろう」
旅行者を装って、屋外の映画館で撮影。2時間かけて撮影した作品たちが並ぶ。予想どおり、光り輝く真っ白なスクリーンになった。一度光があたると、もとには戻らない。何かが写ったはずだけれど、写し続けると真っ白になるらしい。

能の舞台がしつらえてある。実際に上演もされたらしい。残念ながら、見逃してしまったけれど、きっとすばらしかったに違いない。壁中にかけられているのは、水平線の写真。世界中で撮り続けているのだという。海の風景はアーティストのレンズを通すと何か切り取られるものが違うのだろうか。

肖像画が並んでいると思ったら、実は写真。しかも、マダム・タッソーの蝋人形師に肖像画を見せて作ってもらったという蝋人形を撮影したのだという。手の感じといい、表情といい、どう見ても、普通に人物を撮影したように見えるのである。説明がなければ、ふつうの肖像写真だと思って通り過ぎていただろう。

無限大の二倍の焦点距離をとって、建物を撮影する。優秀な建築物は残るが、そうでないものは溶けてしまうそうだ。二十世紀の代表的建築物が並ぶ中で、一番すばらしかったのは、光の教会の写真。目に飛び込んでくる光の十字架は、焦点距離をどのようにとろうとも、美しいのだろうか。安藤忠雄さんの作品。氏を存じ上げているわけではないけれど、なぜか嬉しい。大阪の茨木市にあるそうだから、一度行ってみたい。

帰宅して何気なくテレビをつけたら、大好きな小田和正さんのライブ。なんという幸運。
ちょっと早いクリスマスプレゼントをもらった気分。

幸せはいつでもどこにでも。
一人でも二人でもたくさんでも。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

東海大から望む富士

週末は東海大へ。UNISECのワークショップ。遠いと聞いていたのだが、東京から1時間半程度。それほど遠い感じはしない。

美しいキャンパスだった。緑豊かな広大な敷地に建物が点在している。ディズニーランドに匹敵するという広さのキャンパスには構内循環バスなどというものまである。アメリカの大学に来たような錯覚を覚えながら、会場へ向かう。

東海大の学生ロケットプロジェクトチーム(TSRP)が仕切るプロジェクトは、安心感がある。まず間違いなく成功するだろうという気持ちを抱かせる何かを、彼らは持っている。UNISEC加盟団体の中でもっとも人数の多い団体なのだが、学部1年生から全員が責任感を持って、自分の役割を果たすべく動いているように見える。しかも、そうするのが嬉しくてしかたない、というように見えるのである。礼儀正しいのは言うまでもない。先生たちの指導もよいのだろうけれど、たぶん、先輩から後輩への指導が行き届いているのだろう。

そんな彼らが事務局になって行ったワークショップは、準備周到で抜けがなく、温かな気配りとおもてなし精神のあふれるものになった。駅から会場まで歩いて20分程度なのだが、バスの手配をしていただいていたり、お茶の用意があったり、プラカードを持った案内係が必要に応じて現れたり、きめ細かな配慮がなされていて感心した。

そして、肝心の発表のときは、同時にパソコンを7台接続できるシステムが構築されていて、接続を待つ気まずい時間はほとんどなく、実にスムーズに進んだ。このシステム構築者は、ひどい風邪をひいていて、マスク姿でのサポート。この方は、ネット関係に強く、ウイルス対策は万全なのだが、風邪ウイルスの対策にまでは手が回らなかったらしい。

自分たちが実際にやっていることを発表するのは、普通の学会発表とは何かが違う。1年間の不眠不休の活動内容をわずか20分に凝縮して発表するので、力がこもる。発表は、参加者が全員で採点して、ベスト団体を選ぶという仕掛けなので、聞くほうも真剣。どの発表も、秋田大の秋山先生に「こんなに力のこもった発表ばかりだと、肩がこる」と言わせしむるほどに、密度の濃い内容。秋山先生のブログで中継をしていたらしく、臨場感あふれるレポートが、一日目二日目ともアップされている。

その夜は大懇親会の後、学内の施設に宿泊。部屋の名前が不思議にその人にあっていて驚く。

北大の永田先生は、「北斗」。九大の八坂先生は、「阿蘇」。
私は「富士見」。
東海大の西の方角に富士山はくっきりと姿を見せる。しかし、晴天だった土曜日(10日)にみそこなったために、結局、富士山は見られずじまい。

それでも、富士はそこにあるのだ。
雲でさえぎられて見えないだけで、そこにあるのは変わらない。見えないからといって、消えたわけではない。富士があるのを知っていれば、見えなくてもそこにあることを信じられる。

見たものは、その瞬間の真実を映し出しているかもしれないが、次の瞬間には違う真実が見えるということもある。とすれば、真実とはいったい何なのだろう。

目には見えないものを見る「心の眼」。心静かにしていると、すっと見えてくるものがある。表面的に見えることにこだわらず、心の眼で見えるものを大切にしたい。


| | Comments (0) | TrackBack (1)

ジャスミン忘年会

ナノジャスミンプロジェクトの、少しはやめの忘年会。(ここでは「反省会」という名前を使う)
某研究室御用達の「ピグ」にて盛大に行われた。お刺身が出て、お鍋が出る。けっこうおなかがふくれてくるのだが、
「これは前菜です」という声。
そして、その後、ステーキにエビフライにおそばが出る。さらに、巨大なイチゴとメロンが。これで最後かと思うと、コーヒーゼリーが。某研究室の胃袋をも満足させるピグの底力はさすがである。

忘れたころにやってくる、天文台ジャスミンチームの皆さん。2003年4月から検討を始めたプロジェクトは、まだ衛星の形にはなっていない。望遠鏡は何度も試作し、今度「振動試験」をするそうだ。「ハンマーでたたいても壊れないように」は作られてはいないようなので、どうなることだろう。気の毒な望遠鏡さん。

個性豊かなジャスミンチームには、やはり個性豊かな人々が集まるらしい。

学生のNさんと郷田さんの出会いが愉快。
出身は阪大だというNさんは、大学院入試で阪大に落ちて、京大に「拾って」もらったのだという。その京大の指導教官が、天文台の郷田さんの隣の部屋の先生のところに学生を送りこもうとしたところ、たまたま海外出張で不在だったために、郷田さんのところに行くことになったらしい。

しかし、その「隣の部屋の先生」も、実は重力波観測ですごいことを考えていて、宇宙で実験しようと計画中。いずれにしても、Nさんはそういうことに関わるようになっていたのかもしれない。運命の赤い糸は幾重にも用意されているらしい。

ジャスミンチームは、お酒がからきしダメな矢野さんと、いくらでも飲める郷田さんが平和共存できる自由な雰囲気。矢野さんは水分をとらなくても生きていけるという不思議な方。山田さんは、あわてず騒がず、静かにたくさん飲んでおられる。札幌出身の山田さんの写真には、ちょっと古いけれど、「男は黙って、サッポロビール」のキャプションをいれたい。

宴の半ばくらいから意識を失い始めた小林さんは、最初は何度か体制を立て直そうと試みていたが、最終着地体制に入ったあとは、宴とは無関係の横たわる存在になった。なぜかポケットに手を入れて壁のほうを向いて熟睡。
「寝てないよ」
どこででも寝られる特技を持つ小林さんは、いつも決まってそうおっしゃるのだそうだが、今回も例外ではなかった。

今回は、たいそうまともな好青年の印象を与える若手スタッフの菅沼さんが、ブレイク近しという兆候を見せた。個性豊かなジャスミンメンバーの面目躍如。これでプロジェクトもぐんと進むに違いない。この方の奥様にぜひお会いしたいと思った。ガンダムを全巻そろえているとはただものではない。

「ガンダムは、ロシア宇宙主義にのっとっている」とは、某研究室の先生のお言葉。
かのツォルフコフスキー氏の「人間は宇宙に出たら、宇宙用に進化していく」という考え方を下敷きにしているというのであるが、真偽のほどは不明。

天文台特製のカレンダーをいただいた。すばるのカレンダーというので、星の写真満載かと思いきや、めくってもめくっても、星の写真は出てこない。四季折々のすばる望遠鏡の建物の外形を写した写真だけで構成された、ややマニアックなカレンダー。このこだわりは悪くない。ハワイのマウナケア。一度、行ってみたいところの一つだ。

来年がジャスミンチームの皆さんにとっても、素敵な年になりますように。
飛躍的にプロジェクトが進みますように。
皆さんの個性がますます美しく花開きますように。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

夢の扉を開けて

テレビの影響力はすごい。
さすが、全国放送だけあって、反響の大きさが半端ではない。

TBSの「夢の扉」で放映されてから、さいめーる の登録が急増し、サポーターの申し込みもいつになく多い。

そして、楽しいお便りもたくさんいただいた。テレビを見てもらい泣きした、というメールが多い。あの場にいて、何が起こったかをすべて知っている私でも、目頭が熱くなってしまうのだから、初めて見たら泣けるだろう。

XI-Vは好調で、12月5日には、初めての画像が配信された。過去の配信チェックはこちらでできる。学生さんが交代で書いている「サイのキモチ」を読むだけでも楽しい。ちなみに、この日のサイのキモチは、以下のとおり。

まだ宇宙に来たばっかりで目が慣れてないんだけど、最初に見た地球の絵を送るね(^^)v 地上にいた時は気づかなかったけど地球ってこんなにキレイだったんだね!早く目を慣らして、もっとキレイな地球を見たいな♪

いつも応援してくださっている方からのメールを、ご許可を得て転載。XI-Vの画像を心待ちにしながら、XI-IVにも気配りをいただいているあたり、人柄がにじみ出る。こういう方たちが、宇宙開発を支える力になっていくのだと思う。Jリーグが成立して維持していけているのは、サポーターがいてこそ、である。なぜ、彼らがサポートしているのかを考えれば、宇宙開発に携わる人々が何をすべきか見えてくるような気がする。

XI-V初画像の配信おめでとうございます! ありがとうございます! ここのところ、さいめーるが届くたび、 「どっちかな~? どっちだろ~?」と わくわくどきどきしていました。

(XI-IV、「はずれ」扱いでごめんよ~。/笑)

今日は、メールを開けて、思わず、
「いよォ~、待ってましたぁー」
と、拍手してしまいました。
(XI-IVの時も、拍手したよー。)

初画像は、やはり印象的ですね!
(XI-IVの初画像もしっかり覚えてるよ。)
アクアブルーが目にしみます。
「地球は青かった」って、こういうこと?
今後の画像に、期待が高まります!

兄弟の写真を見比べるのも楽しいですね。
ほんと、楽しみが倍増、いや、もっとです。
(XI-IVの写真も、待ってるからね~。)

昨日は、「夢の扉」見ました!
厳しい試験に耐えたあのXI-Vが、今、宇宙を飛んでいるんだと思うと感慨ひとしおでした。

1回目の可視時間が無音で経過していく重苦しさ。
それでも明るく振舞う皆さん。
2回目で聞こえてきたときの笑顔。喜び。安堵。・・・伝わってきました。

開発時の試行錯誤も、試験を繰り返すのも、打ち上げを待つのも、10月27日の1回目と2回目のパスの間も、そのときは「長い時間」だったのでしょうが、番組にすると「短い」ですね。

過ぎた時間は全て「短い」。
だから、その瞬間瞬間を大事にしなくちゃいけないんだなぁ~、なんてことを番組を見ながら(がんばっているみなさんを見ながら)思いました。

それにしても、テレビってすごいですね。知ってるはずのことでも、テレビを通すと、感動が膨らみます。
構成もよかった。
演出(?)も。
(夜、7号館を外から撮って、中須賀研究室の部屋だけ皓々と明かりがついている映像にジーン。定番といえば定番の手法なんでしょうが、ジーン。)

これからも、どんどんテレビに出て下さい。

「はやぶさ」も成功で、日本の宇宙が元気になっていくのがうれしいです。
がんばって下さい!

「夢の扉」が開いたら、何が待っているだろう。一年がかりで撮影されたこの番組が開いてくれる未来が、たくさんの人たちの幸せを育みますように。

| | Comments (11) | TrackBack (0)

11年目の邂逅

光陰矢の如し。

1994年の夏。私はバルセロナで暑い夏をすごしていた。国際宇宙大学(ISU)のサマーセッション。世界中から集まった100人以上の学生たちといっしょに学んだ10週間。

そこでいっしょだった方が、今はSSTL(英国サレー大学が作った会社で、小型衛星では世界一を誇る)でエンジニアをしている。シンポジウム参加のために来日。

11年ぶりという感じはしない。11年間、ほとんど音信不通であったため、その間のことはすっぽりとぬけているのである。

ナカスカラボとマツナガラボを見たいというので、それぞれご紹介。ナカスカラボ見学の後、子供の頃、韓国に住んでいたというので、韓国家庭料理の店へ。学生さんもたくさんきてくださって、楽しいひととき。韓国の留学生がメニューを選んでくれる。

韓国の辛くておいしい鍋をつつきながら、おしゃべり。
「韓国と日本の関係は、人気俳優のおかげで、とてもよくなった」といったら、
「イギリスとフランスにも、そういう俳優が必要だね」と、イギリス人らしいジョーク。

11年目の邂逅は、思わぬ「めぐり合わせ」を別の方に与えたらしい。First Noelさんにとって、彼との出会いはとてもよきものとなったらしい。

よきめぐりあわせが、もっとよきめぐりあわせにつながっていきますように。
小さなご縁が温かく広がっていきますように。

そうして、温かさが地球全体をつつみこみますように。
(でも、これ以上の地球温暖化には影響しませんように。)


| | Comments (0) | TrackBack (0)

« November 2005 | Main | January 2006 »