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時間の終わり

六本木ヒルズ。青いイルミネーションが新鮮。
高速エレベーターで53階まで上がると、22時まで開いている美術館があった。

杉本博司氏の「時間の終わり」というタイトルの写真展。ニューヨーク在住の杉本氏のお名前も、お仕事もまったく知らずに、ふらりと立ち寄った場所で、私の「時間」の観念はかなり変わったような気がする。それくらい衝撃的であった。アートというのは、こんなふうに人のものの見方が変わるような衝撃を与えるものなのだろうか。

入ると天井から床まで薄い柱がたくさん立っているのが見える。これだから現代アートはわからないと思って進んでふと振り返ると、しかけがあった。白壁の後ろ側に写真が展示されていて、写真展になっているのだ。このユーモアのセンスは、「二度楽しんでもらいたい」というところからきているらしい。

すべてモノクロの写真。
動物の剥製を写真にとると生きているように見えることからヒントを得た彼は、「写真にとると真実になる」ような写真作品を発表。写真の世界がジオラマ。そこではネアンデルタール人が、地球上のどこかに少数民族のように残っていて撮影されたかのように見える。

映画を一枚の写真でとるとどうなるか。彼の中で、答えは「真っ白なスクリーンになるだろう」
旅行者を装って、屋外の映画館で撮影。2時間かけて撮影した作品たちが並ぶ。予想どおり、光り輝く真っ白なスクリーンになった。一度光があたると、もとには戻らない。何かが写ったはずだけれど、写し続けると真っ白になるらしい。

能の舞台がしつらえてある。実際に上演もされたらしい。残念ながら、見逃してしまったけれど、きっとすばらしかったに違いない。壁中にかけられているのは、水平線の写真。世界中で撮り続けているのだという。海の風景はアーティストのレンズを通すと何か切り取られるものが違うのだろうか。

肖像画が並んでいると思ったら、実は写真。しかも、マダム・タッソーの蝋人形師に肖像画を見せて作ってもらったという蝋人形を撮影したのだという。手の感じといい、表情といい、どう見ても、普通に人物を撮影したように見えるのである。説明がなければ、ふつうの肖像写真だと思って通り過ぎていただろう。

無限大の二倍の焦点距離をとって、建物を撮影する。優秀な建築物は残るが、そうでないものは溶けてしまうそうだ。二十世紀の代表的建築物が並ぶ中で、一番すばらしかったのは、光の教会の写真。目に飛び込んでくる光の十字架は、焦点距離をどのようにとろうとも、美しいのだろうか。安藤忠雄さんの作品。氏を存じ上げているわけではないけれど、なぜか嬉しい。大阪の茨木市にあるそうだから、一度行ってみたい。

帰宅して何気なくテレビをつけたら、大好きな小田和正さんのライブ。なんという幸運。
ちょっと早いクリスマスプレゼントをもらった気分。

幸せはいつでもどこにでも。
一人でも二人でもたくさんでも。


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