« March 2006 | Main | May 2006 »

初めての道産子衛星

初めての道産子衛星がそのうち誕生しそうな気配。

宇宙研で振動試験を終えたばかりというEMを見せていただいた。HITSAT(Hokkaido Institute of Technology Satellite)という名前。
キューブサットの仲間なので、小さくてかわいらしい。けっこう丈夫そうなアンテナが二つ。

Hitsat_2

見せてくださったのは、北大の戸谷先生。
白い手袋をはめて、何重にもくるまれた中から、大事そうに取り出す顔が嬉しそう。

道工大のO野さんは、学部の四年生だが、もう一ヶ月も相模原に宿泊して、各種試験の準備にあたってきた。大変だったのだと思うけれど、本人は屈託がない。

「好きでやっていることですから」とあっさり。

「やりなさい」と言われてやることと、「やりたい」と思ってやることは、なぜこうも違う結果を生み出すのだろう。人の心のダイナミズムと、それがまわりに与える影響を考えると、本当に不思議。

お二人とキューブサットの写真を撮らせていただいた。

Hitsat_1

「いやー、僕たちだけが写っていいんでしょうか」と、ちょっと照れ気味の戸谷先生。

みんなで作っている衛星なので、そういう言葉が出てくるのだろう。気持ちはわかるが、ほかにHITSAT関係者はいなかったのでしかたない。それに、主役は真ん中にいるキューブサットだ。二人と比べると、本当に小さいのがよくわかる。

TEAMという言葉に、「I」はない、とよく言われる。
一人ひとりが「私」を捨てることによって、「TEAM」は生きてくる。皆が我をはっていては、TEAMはうまく機能しない。本当に大切なことのために、自分ができることを「我を忘れて」真剣にすれば、TEAMは一つの生命体のようにしなやかに動き出す。

しかし、「私」を捨てるのは、実はとても勇気がいることである。封建時代のように滅私奉公が当然という時代ならともかく、現代の日本のように、中途半端な個人主義礼賛の風潮があるところで、「私」を捨てて、何かにのめりこむのはなかなか難しい。

「好きでやっていることですから」といえる人は、「私」を捨てる価値のあることに出会えた人であって、それはある意味で、本当に幸運な人なのである。

幸運な人がこれからどんどん増えていくような予感がする。
そのとき世界はどうなるだろう。楽しみだ。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

後追いエイプリルフール

今年はバタバタしているうちに、一年に一度のすばらしい日、エイプリルフールに遊びそこねてしまった。一年待つしかないかと思っていたら、九州のほうで、楽しい企画がされていた。

たいへん光栄なことに、その企画のトップに、キューブサット物語のパロディを載せていただいた。まあ、本当に上手に創ってあって感心。

「キューブサット残酷物語」というタイトルで、帯は「大学生、衛星をこわす」(ホンモノは「大学生、宇宙をめざす)。作者は鶴デイさん。「衛星と私どっちを選ぶの」という一文はご本人の体験だろうか。

デブリの研究をしているところだから、衛星をこわしてデータをとって論文を書いているらしいが、衛星を作るのは大変なので、研究のためとはいえ、わざわざ破壊するのは胸が痛む。尊い犠牲として、御霊(?)を祭らねばなるまい。

そのあとの「サカモトトラベル」移転の記事も傑作。
九州大学で地上局をずっとやってこられた「サカモト」氏は、この春から仙台に移り、東北地方の衛星作りに情熱を燃やしておられる。「サカモトトラベル」はなかなか繁盛していたようであるが、今度は仙台で開業されるのだろうか。

UNISECでは、地上局ネットワークがいよいよ本格的に始動する。サカモト氏は、そのトラベルエージェントの腕を買われて(これはウソ)、世話役に就任。ついこの間まで学生だった方たちが、一人前になって、大きな仕事をどんどんこなしていくようになるのを見るのは楽しい。

一人ひとりがつむぐ物語は、いつかパッチワークのように大きな一枚の美しい織物になるだろうか。私もささやかながら、幸せな物語を一生懸命つむごう。

通り過ぎてしまっても、思い出させてくれるものがあれば、そこに戻るのは簡単らしい。ときの流れは自在なもの。今日は私とこれを読んでくださっている方にとっては、確かに楽しいエイプリルフール。

ユーモアと笑いは、いつもどこでもとても大事。
九大の皆さん、どうもありがとう!

| | Comments (8) | TrackBack (0)

森林火災と永久凍土

六本木にあるリモートセンシング技術センター(RESTEC)へ。
UNISECの広報活動をしてくださっている方が、アサザ基金を訪問した際にRESTECの主任研究員、上林徳久氏をご紹介いただいたご縁。

アサザプロジェクトは、霞ヶ浦の植生を再生する事業とのことだが、その取り組みが、市民や子供たちといっしょにしているもので、実際にすばらしい成果も出しているし、のべ11万人が参加しているというからすごい。世の中には素晴らしい人たちがいらして、素晴らしいプロジェクトを興して続けていらっしゃることを知るのは、本当にうれしく、励みになる。

RESTECには、会員になってくださいというお願いにうかがったのだけれど、もっとすばらしいお話をうかがって、やや興奮気味に帰ってきた。

シベリアやアラスカ、カナダなど北方林地帯では森林火災がよく起こっているそうだ。大陸サイズなので、その規模は数十キロ四方くらいになることもあり、半端な焼失ではない。森林火災が起こると、二酸化炭素がたくさん出る。地球温暖化に悪影響を与えるであろうことは明白である。しかしながら、北半球の高緯度地帯の場合は、それだけでなく、永久凍土がとけることで、メタンの半永久的な放出が起こる。メタンは二酸化炭素の20倍から25倍程度の温室効果を持つそうなので、どういうことが起こりそうかは見当がつく。シベリアの永久凍土は大体、北緯60度以北に分布しているらしい。

そういった研究をしておられる先生が北大の低温研にいらして、衛星のデータを利用していらっしゃるという。これを超小型衛星でできないだろうか。

地球温暖化によって、もうかなり植生もかわってきていて、「Northern Movement」がひたひたと起こり、森林の南限がじわじわと北上しているそうだ。植生といっしょに、生物やウイルスもいっしょに上がってきているので、南方特有の伝染病が日本で起こることもありえるかもしれない。

何事も、もちろんやりたいからやるのがよいけれど、継続的に力が湧き出てくるのは、広く人々のためになることだという確信があるときではないだろうか。自分たちの研究や開発が、人の役に立つのだと心から信じられるとき、思わぬ力が内側からは湧き出し、外側からは与えられる。

そんなミッションができたら、どんなにいいだろう。

そんな「妄想」を抱く。「妄想」が、実現に向けての「構想」になるかどうかの検討と見極めはきわめて重要だ。プロジェクトの場合は、たくさんの人を巻き込んでしまうからなおさらだ。

私の頭の中には、「構想」になる前の妄想が実はたくさん渦巻いており、どれが「構想」として飛び立てるか、競争をしている。頭の中の「妄想くんたち」のがんばりは、まわりからのアドバイスやサポートによって大きく変わってくる。妄想が構想に変わる瞬間は、自分の中で「これはいける」とストンと腑に落ちるときだ。

妄想が構想に変わる日が楽しみだ。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

120個の餃子

本日、レイランドにお客様。
レイランドは、小さなところなので、最大でも8名くらいまで。いつも集まりはこじんまりとしていて、一つの話題をみんなで共有できる。小さいことはいいことかもしれない。

この春から社会に出た新社会人が二人。ビジネスマナーや職場の気配りの話を聞くのが新鮮。
「一週間が始まる」という感覚が、私はずいぶん前になくなってしまったけれど、そうだったなあと思いながら話を楽しく聞く。日曜日も月曜日も生きている日に変わりはないのだけれど、そういうふうには生きにくい現実がある。満員電車に乗る日と乗らない日には、やはり違いがあるだろうし、早起きをしなければならない日とそうでない日は、同じようには思えないかもしれない。

でも、自分がはまって仕事をしているときや、仕事をすること自体に喜びがあるときには、その違いはなくなってしまう。早起きをしたい日、満員電車に乗って(あるいはもっと早くおきて空いた電車に乗って)会社に行きたい日、というのが毎日になるのだ。

そんなのは理想だ、ありえないという人がいるけれど、そういう理想を持っていれば、そういう方向へ行くだろうし、社会は(会社は)こんなものだと思ってしまえば、そこに居続けるしかないだろう。

本日のメインは水餃子。皮から作るのは省略して、できあいのものを購入。日曜の夕方に集まって、みんなで餃子を包むのは悪くない。初体験の方もすぐに覚えて、器用に包む。

120個制作。
みんなで作ってみんなで食べる。これはたぶん、最高の調味料。中身はシンプルレシピで、ニラとひき肉とほんの少しのお醤油だけ。練るときに「おいしくなーれ」と呪文をかけながら練るのがコツ。そして、それぞれ好みの味のタレを調合してもらう。黒酢と醤油とラー油の調合割合の好みは人によって違うから、自分で試しながら作ってもらう。試行錯誤が大事なのは、ここでも同じ。

すべてがまたたくまに消化されていった。
恐るべき胃袋。恐竜並みの食欲。さすがである。

水餃子の後、焼きそばをスキップしてご飯にいくかどうか皆さんに聞いたら、一人以外はスキップするという。
「おなかいっぱいです」

しかし、その一人の意見を聞いて作ったら、全員が食べる食べる。やはり、マイノリティの言うことに耳を貸すことは大事らしい。一人しか賛成しなくても、やってみたらみんながついてくるということは、たぶんよくあることだ。大事なのは、「確かにおいしいものを作る」、つまり「価値のあることをやる」ということだろうか。

焼きそばもすぐに消えてなくなり、さらにごはんを二杯も召し上がる底なし沼のような方もいらっしゃって、楽しい夕べはゆっくりと過ぎていった。こういう時間は本当に貴重だ。

本日の献立

ゆで卵の前菜とちくわチーズ
春雨のサラダ
蒸し鶏のサラダ
ニラ豆腐
牛肉の酢漬けガーリック風味
ジャガイモとザーサイと豚肉の炒め物
水餃子
焼きそば(牛肉ともやしとピーマンをいれて)
ごはんとお漬物(お漬物は、おみやげにいただいた大安のもの。おいしかった。。。)
カリカリ梅(根津神社つつじ祭りに出ているお店で購入)
玄米茶
果物
コーヒー・紅茶

楽しい夜をいっしょに創ってくださった方々に感謝をこめて。
「栄養補給」は、身体にも心にも必要らしい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

都ぞ弥生

神保町の学士会館へ。

北大工学部の化学系東京同窓会の集まりが開かれることになっていて、そこでお話させていただく機会をいただいた。幹事さんが読売新聞の記事を読んでくださったのがご縁。北大つながりの縁はこれまであまりなかったので、うれしい。新聞の力の大きさにいまさらながら感心するとともに、取材してくださった方に改めて感謝。

総会のあとの講演会。私の講演は、大学生の宇宙開発について。もう一人の講演者は、東京医科歯科大の先生で、材料を専門に研究しておられる。歯や骨や関節など、人工物で代用できるようになってきたのは、こういう方たちの地道な努力によるところが大きいのだろう。

同窓会なので、年齢層が高い、のだそうだ。この論理は少し不思議。卒業したら同窓生なのだから、若い人が増えていくのが道理ではないだろうか。東京同窓会ならなおさらのこと、若い人が東京で会社以外のネットワークを持てるように支援するという軸を打ち出せば、みんな寄ってくるような気がする。

それはともかく、とても気持ちよく楽しくお話をさせていただいた。幹事さんたちの心配りがとてもあったかくて、行き届いていて、楽しい時間だった。お借りしていった空き缶衛星の実機やキューブサットのEMは、もちろん大人気。その小ささに驚かれる皆さんの顔を見るのがいつも楽しい。

講演中、私が宇宙の世界に足を踏み入れるようになったきっかけである問いを皆さんにおうかがいしてみた。
「第三次世界大戦は起こると思うか?」

ほとんどの方が「起こらない」ほうに手をあげた。
理由を数人の方におうかがいしてみた。

「ぎりぎりのところで踏みとどまる人間の英知があると思う」

人間の英知を信じられる、善意のひとたち。その英知を全地球的に育てていくにはどうしたらよいのだろう。善意を広めていくにはどうしたらよいのだろう。たぶんそこに鍵がありそうだ。

お誘いいただいたので、ありがたく懇親会にも参加させていただいた。
この同窓会は、「幹事企業」が仕切ることになっているそうで、今年はM化学のご担当。懇親会も楽しい仕掛けがいっぱいだった。

M化学の若手が工夫を凝らした「北大クイズ」が秀逸だった。ローカルネタだが、汎用的にも使えそうなネタが満載。

クラーク像は北大構内にいくつあるか?にはびっくり。2つは知っていたが、実は5つもあるそうだ。

北大生協で買い集めてきたという賞品もたくさん。私は、クラーク賞があたって、キーホルダーをいただいた。最近の大学生協は商品開発に熱心なので、なかなかかわいい。

懇親会の締めは、やっぱり「都ぞ弥生」。
三大寮歌のひとつだけれど、自然の美しさを讃える歌詞は、ほかの二つとは趣を異にしている。
これを歌うのは、何年ぶりだろう。

ひとつの輪になって、肩を組んで、という昔ながらのやり方で。この雰囲気も本当に久しぶりだ。かつて応援団副団長をしておられたというK先生の前口上つきだったので、たいそう盛り上がった。

連綿と続いている歴史の中で、一人ひとりは確かにそれをつなぐ大事な存在。そう信じられるような場があちこちにできていくといい。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

かな習字

かな習字を習い始めた。
お料理を習っている根津くらぶの先生が、書道も教えておられるというので、体験入学をさせていただいた。

「根津くらぶの秘密」は、こういうところにもあったらしい。秘密のベールは少しずつはがれていく。

パソコンのせいもあって、すっかり縦書きとはごぶさたで、あまり美しい字も書けず、恥ずかしい思いをすることがよくあった。しかしながら、気になるところがある、というのは実はとても幸せなことだ。何をすればいいかを教えてくれるのだから。

新しいことをするには勇気がいる。
特に、苦手だと思っていることをするには、とても勇気がいる。
けれど、こんなふうに、すっと新しいことに入っていけるときもあるらしい。幸運とご縁に感謝。

ちょっと緊張して行ったのだけれど、書いているうちに、とても楽しくなった。
墨を静かにするのもいいし、一人半紙に向かうのもいい。

墨の香りの中、いつもと違う時間が流れているのを感じながら、筆を握る。

子供のころの書道教室で習った、いわゆる「明朝体」の書き癖がついているらしく、なかなか、かな習字にならない。これはちょっとショックだった。私の書道は、中学校くらいで終わっているようで、それ以降の成長はなかったと見える。

その「呪縛」から、ゆっくりと放たれていく快感。字を書くということは、もっと自由なものだったのだ。

お手本は、やわらかい線、細い線、濃い線が微妙なバランスをとって、一枚の紙の中で、これしかないだろうという位置を占めている。

 「鐘一つ売れぬ日はなし 江戸の春」

これだけの一文が、半紙の中で芸術になる不思議。

4月に入って、たくさんの方が新しい環境で新しいことに挑戦している。そういうときは、ストレスも多いけれど、学びも多い。これまでの環境にいて、新しい人を迎える側は、それほどストレスもないかわりに、たぶんそれほど学びもない。

そして、おおいに学んでいるフレッシュな新人に対して、いろいろと難癖をつけるようになる。自分がそのとき、どんなだったかというのは、忘れてしまうものだ。誰もが子供だったことがあるはずだが、子供の気持ちが本当にわかる大人は、たぶんほとんどいない。「わからない」というところからはじめないと、よけい混乱する。

子供の気持ち、新人の気持ちを理解しようとするのもいいけれど、自分が何か新しいことに挑戦すれば、きっと「共感」できる。

共感できれば、そこから新たな地平がみえはじめる。
すべて、いまここから始めるしかないのだ。戻ることはできない。それは、悲しいことなのではなくて、むしろ大いなる喜びである。

いつ、なんどきでも、「いま」、「ここから」、始められる世界に、私たちは生きている。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

桜三月花吹雪

Sakura
お花見の季節がやってきた。
桜は、出会いと別れが交錯する季節にぴったりの花。咲き誇るピンク色はあっというまに散っていく。けれどまた春がくると、世界は桜色に染められる。この繰り返しを信じられることが嬉しい。

3月の最終週はバタバタと過ぎていった。

月曜日は追いコン。
学生さんはあっというまに育って、巣立っていく。OBも参加して、楽しい時間。
恒例のプレゼントは、それぞれの個性にあったもの。プレゼントは贈る側と贈られる側の個性がにじみ出る。例年になく、かわいらしい花束もいっしょに贈られた。

卒業生から研究室へのプレゼントは、体脂肪計。
某先生の健康を慮ってのようだが、実はこれを贈られるのは三回目だそうだ。贈られる側の個性が強い(?)とこうなるらしい。しかし、これがきっかけとなって、生活を見直した方もいらっしゃるようなので、研究室の皆さんの健康管理にはさっそく効果を発揮したようだ。

火曜日は締め切りの迫った報告書作成。期末なので仕方ないが、仕事が追いかけてくる感じがする。自分が書きたい本やエッセイを書くのは楽しくてたまらないのだが、こういう事務的な報告書を淡々と、己を押し殺して書くのはツライ。すべては修行と言い聞かせながら、「仕様書に沿って」、ひたすら淡々と書く。

水曜日はMITエンタープライズフォーラムの臨時総会とセミナー。
ビジネスプランコンテストでお世話になってから、このNPOの会員になった。会員はMITの卒業生が多いけれど、そうでない人も快く受け入れる懐の深さがいい。

この日のご講演は、TVバンクの川原洋氏による「インターネットにおけるエンターテイメント・サービスの動向」。それから、講演の動画とパワーポイントを同時に録画配信できるシステムを開発したメディアサイト株式会社の南常治氏。こんな便利なものならほしいと思って値段を聞いたら、ざっくりと500万円くらいとのこと。

会場は御茶ノ水のデジタルハリウッド。時代の先端をちらりとかいまみた感じがして、悪くない。

木曜日は「UNISECの今後を考える」インフォーマルな集まり。
学生理事ら、6人の学生さんが参加。もともとは、SDFの元代表、田島博樹氏と話す予定だったのだが、せっかくなので、学生理事等にもお集まりいただき、UNISECの今後を考えると題し、ざっくばらんにお話をした。

そのあとは、皆様をレイランドにご案内して、お鍋をつつく。忙しくてあまり手のこんだことができなかったが、お鍋はこういうときの救世主。それに、楽しいおしゃべりが何よりのごちそう。

参加者の生の声をきちんと聞くことで、よりよい方向性を探ることができるような確かな手ごたえを感じた。本音ベースでの話を聞くことで、視界はぐっと広くなる。きっちり目をあけて、耳をすまして、気持ちを感じてやっていこう。

金曜日は、ISUで国際結婚をしたオーストリア・日本人のカップルの一時帰国にあわせてのこじんまりとした集まり。ESAで働いていた彼は、独立して会社を興すらしい。メールだけでやりとりをしたことのある方にお会いしたり、楽しい時間だった。

土曜日は、上野に花見に行ってみた。すごい人だったが、すごい桜だった。
美しいものを見ると、どうしてこんなに気持ちがよくなるのだろう。

4月からの新しい日々。
たくさんの幸せな顔があちこちで見られますように。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« March 2006 | Main | May 2006 »