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保全と和全

日本橋の三井記念美術館
高級感をかもし出す新しいビルの7階。元は三井文庫といっていたのを、移転して美術館にしたらしい。その存在も知らなかったが、偶然通りかかったので、入ってみた。

エレベーターに行くまでの通路からして優雅。ワクワクしながら、美しいエレベーターに乗る。受付にはにこやかな女性がすわっている。800円也のチケットを購入。

展示されているものは焼きものらしいが、どこのどなたのどのような作品なのかはまったく知らなかった。しかし、大切に作られて、大事に使われたのがにじみ出て、なんとも美しい。

見ているうちに、ほんの少しだけ理解。
これは、千家の茶道具を製作していた永楽家の焼き物。三井家が援助をしていた関係もあって、多数の焼き物が三井家に残っていた。すばらしい芸術が生まれるには理解あるスポンサーの存在が大きい。

永楽家10代が了全。その養子になったのが保全。その息子が和全。三代の当主は、同じような焼き物を作りながら、少しずつ違っている。芸術品はすべて人工物。人が作ったものである。だから、その人となりが出るのかもしれない。

解説によると、保全は若いときから研究熱心で野心的だった。和全は、もっと鷹揚だったが、動乱の時代(江戸から明治にかけて生きている)に生き、経済的にも困窮して苦労しているせいか、茶人の評価では、和全の作品のほうが「わび」の味が出ているそうだ。

お持ち帰りをしたかった作品は、和全作の小皿。かわいらしい野の花が伸びやかに描かれた小さなお皿がたくさん並んでいるさまは、ため息が出るほどの美しさ。もちろん、赤絵のものやら、もっと重厚なもの、凝ったものなどすばらしい作品はたくさんあるのだが、この小皿は、すっと心に入ってきて、出ていかない何かを持っている。

なかなか素敵だったので、帰宅してから、ネットで永楽和全のことを調べていると、おもしろい記事。アサザ基金はなかなかの組織だと思っていたけれど、代表の方も深いお考えをお持ちのようだ。一部引用させていただく。

里山の「保全」や「管理」についての議論が盛んである。しかし、以前から私は「保全」や「管理」という言葉にある違和感を持っている。これらの言葉には、動きが無く里山と人々や社会との一体感が感じられない。 <中略> 「保」には「たもつ」「世話をする」「やとわれ人」などの意味が記されている。「和」には、「おだやかなこと」「仲良くすること」「うまくまざること」などと記されている。わたしは里山に合うのは、「保」より「和」つまり「和全」ではないかと思う。

「自然保護」とか「環境保全」という言葉がよく使われるけれど、そういう言い方をするとき、自然や環境と人間の間には壁がある感じがする。「環境和全」という言葉がもしあったら、人間は環境の一部としておだやかに存在するようになるのだろうか。

まったりとした「和」の中で、静々と進んでいこう。
方向さえ正しければ、どんなに歩みが遅いように見えたとしても、いつか目的地には着くのだから。

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Comments

頭がまっしろになったら、たくさんのことが入ってきますね。楽しみです!
H2Aの件は、長い間の多くの方々の働きかけが実ったのでしょうか。こちらも楽しみですね。

Posted by: Rei Kawashima | 2006.05.11 at 11:43 PM

まっしろです。新鮮です。
何かあったのでしょうか?(笑

こんなの↓とかで、あたままっしろ?^^;
http://www.jaxa.jp/press/2006/05/20060510_smallsat_j.html

急に、「50機」打ち上げ可、ですもの

Posted by: take | 2006.05.11 at 09:33 AM

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