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基板から生まれる未来

UNISECのTシャツのサンプルができあがってきた。
今年のデザインは、カラフルでかわいい。
「基板からいろんなものが出てくるイメージで作りました」というデザイナーの言葉のとおり、黄色い基板から、ロケットやら衛星やら、ポコポコと出てきて、本当にかわいい。

できあがりもいい感じ。今年はXSも作ってみた。UNISECのTシャツは、いつも人気があって、子供に着せたいというご要望が多い。これなら、お子さんにも着ていただけそう。

Head2

デザイナーは、MITに留学中の新井達也さん。東大在学中からずっとUNISECのWEBデザイナーとして活躍していただいている。このセンスとひらめきは、天性のものだろう。努力して得られるものとは、たぶん何かが違う。

一時帰国中の彼が、先日たずねてきてくれた。
弥生美術館にある「港や」という、カレーが素晴らしくおいしいお店でランチ。

彼の夢は、宇宙服を作ること。
そのために、心臓血管関連の研究室に入って、ブタの解剖などもしながら、がんばって勉強を続けておられる。解剖の後、しばらくポークは食べられなかったとのこと。ここでも彼はWEBデザイナーとしても活躍しているらしい。

生物系の出身ではないので、単位をとるのが大変で、卒業まで何年かかるかわからないといいながら、その顔は明るい。

彼と仕事をしていて思うのは、「捨てる潔さ」の大切さ。
UNISECのWEBも、これまでに何度か「大改革」が行われ、そのたびに、苦労して作っただろうにと思うものが惜しげもなく捨てられて、新しい装いになった。過去を大切に想い、そこから学ぶのはよいけれど、執着してそこで発想がとまってしまうのは、もったいない。

基板から生まれる未来。自由闊達に広がっていくといい。

Tシャツはオンラインバザーで予約受付中。よろしかったら、ぜひどうぞ。


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コスモトーレ、お披露目

HASTICの無重力落下実験設備のお披露目会。
ここは、北海道の赤平市。植松電機の敷地に50メートルくらいの高さの塔がたっていて、それが、日本で二つしかない無重力実験設備の一つ。お値段は一回3万円とのこと。3秒間の無重力状態が保てる。破格の安値という。

1年前に見たときは、塔だけができていて、すごいスピードで落ちてくるカプセルをどうやって受け止めるのか、衝撃をどうやって吸収するのか、模索中だったような記憶がある。

それが実際に使えるようになった。カプセルの直径720ミリよりほんの少し(5ミリくらい)大きい筒にすっぽり入って止まる。白い筒は地面を少し掘った中からまっすぐ天に向かって立っている。筒の中の空気が圧縮されてクッションになって、無事に受け止めることができる。簡単そうだが、実はこれはけっこう難しいらしい。時速100キロの衝撃を吸収するのだから、半端ではない。

無重力実験塔の設立に最初からかかわり、技術指導をしてきた北大の藤田先生によれば、
「実現したのは、植松電機さんの技術力」だそうだ。

当日は、植松社長(植松専務のお父様)が背広姿で、ネジを締める姿も見えた。若手社員の方は、衆人環視の中で作業をされていて、緊張されたことと思う。テレビ局も来ていたし、お祝いに駆けつけたのはたぶん80人くらい。

この塔を作ってから、会社の敷地内にある植松さんのお宅では、テレビの映りが悪いらしい。ちょうど電波の通り道に建ててしまったからだそうだ。

「おかしい、どうしてテレビの映りが悪いんだろう。アンテナの向きが悪いのかな」
「あれ?電波の通り道に高い塔がある。誰だ、あんなところに、あんな塔を建てたやつは!」
「あ、オレだった・・・ゴメン」

冗談のような独り言が、植松家では聞かれるらしい。

主導権を持つということは、こういうことだ。自分で決めて自分で実現したら、その結果は自分で受けとめる。
結果を受け止めきれるかどうかわからないとき、それでも前へ進むかどうかの決め手になるものは何だろう。

勇気なのか、信念なのか、「夢」なのか、挑戦者魂なのか、使命感なのか、あるいはまったく違う何かなのか。

ロケット開発は衛星開発とは少し違っていて、常に主導権を持てる。衛星は作ってから宇宙へ行くのにロケットの助けが必要だが、ロケットは作ればいける。

主導権を持つロケット「カムイ」の開発も順調という。

たくさん打ち上げて実験ができる環境を作れるといい。ハイブリッドロケットは安いそうなので、ポンポンあげて信頼性を高める方法を取れるといい。せっかくトライアンドエラーという方法が取れる値段なのだから、そうできるといい。

アメリカの砂漠で、何百ものロケットがポンポンと打上げられている様子と比べると、たった一発を打上げるためにしなければならない根回しと調整が、開発者にはやや気の毒に思える。そして、その一発を何が何でも成功させないといけないという、「いつもの宇宙の」期待もちょっと重い感じがする。

技術開発に携わる人たちが、まわりの思惑や調整仕事から自由になって、技術開発に集中できるような環境を作るだけで、開発の速度は倍になるような気がする。身軽にならないと飛び立てないと思うのは、素人の余計な心配か。

塔の愛称は「コスモトーレ」、ロゴも公募して決まった。HASTICの伊藤専務理事が、懇親会でそのシールを大切そうに配ってくださった。真っ赤なシール。私も一枚頂いた。

見学や実験に行かれる方に、ランチのオススメ。
相当においしいおそばやさんが近くにある。そば10割というおそばを出してくれる。おみやげに買って帰ろうかと思ったが、そういうことはしていないとのこと。
「お持ち帰りいただいても、たぶん、うまくゆでられないですよ」とお店の方。

お店の名前を失念。
「小川デェス」という不思議な看板が、お店の看板の上にかかっていたのは覚えているのだが。今度行ったら、チェックしよう。

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カムイロケット、実機燃焼試験成功!

カムイロケット打ち上げ延期の記事を3月に書いてから、まったく更新していなかった。しかし、カムイロケット物語は人気があって、更新がないのに、アクセスが多い。

明日は、1年ぶりの北海道。
赤平にできた「無重力実験塔」のお披露目式に出席の予定。

最近、HASTIC宇宙工学研究所赤平実験場にはいろいろな方がお見えになるらしい。

6月19日には、テレビ局が3クルー(TBS、NHK、STV)と、JAXAの方が4人、お見えになったそうだ。カムイロケットは、米ベンチャーとの提携のこともあって、注目が集まっている。

なぜ、その日にそんなにたくさんの方が集まったかというと、今年度初のカムイロケット実機燃焼試験のため。3月の打ち上げ延期のときは、異常燃焼の原因が特定できず、再現できなかった。それから何度も「エンジンだけが空高く、飛翔してます」という状況をくぐりぬけ、やっと実機燃焼実験ができるようになったのだという。

今回の燃焼実験の結果は、「無事に安定燃焼を確認しました」とのことで、ヨカッタヨカッタ。
JAXAご一行様も、テレビ局様も、満足してお帰りになった由。

燃焼実験の動画がアップされている。
画面は小さいのだが、けっこうな迫力。
宇宙へ行くのは大変なことだなあと、これを見てしみじみ思う。10キロあがるために、こんなに激しく燃える必要があるのだから。

重力に逆らわず、静かに生きる生き方もあっただろうに、どうしてこの人たちは、こういう生き方を選んでしまったのだろうと思うことがしばしばある。けれど、そういう人たちの目は、ほぼ例外なく、キラキラと輝いている。

でも私は知っている。
キラキラ輝いて見える人たちは、ほぼ例外なく、底なし沼のこわさと、深い闇の暗さを、身をもって体験したことがあるということを。

明日の今頃は、札幌。
雨模様のようだが、それも一興。
緑がうんと濃く見えるのは、雨の日。
樹木がシャワーを浴びて喜んでいるのが伝わってくるのは、雨の日。

7月末に予定されている、カムイロケット高度10キロの打ち上げに向けて、こちらも更新をマメにすることにしよう。


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響きあう世界

中野孝次先生の「ガン日記」。食道がんの宣告を受けてから、家族にも内緒でつけていた日記が発見され、文芸春秋で発表された。

・・・ということはまったく知らなかったのであるが、新大阪の駅でふと、文芸春秋の背表紙が目に留まり、手にとって読んだ。こんなことはめったにないのであるが。

本日、シタールのレッスンで大阪へ。5年くらい通っているけれど、雨だったことは、まずない。でも今日は雨だった。いつものように指ならしをして師匠が来られるまで、練習をする。

1時間後くらいに師匠は姿を見せた。
そして、今日はシタールはほとんどさわらずに終わった。

音は人なり。

私の出す「音」に師匠は何かを感じられたのだろう。
こういうとき、たぶんどう教えても、何を弾かせても、音楽にはならないと思われたのか、インド音楽とは何かという話から、「最近、どうしておられるの?」という話に。

シタールは共鳴弦があるのが特徴で、弾き手も予想しない音が響きあう世界が広がる・・・はずの楽器。

最近は・・・実は、芸術のスピリットを切り捨てたような生活なのである。
文字通り、「事務ロボット」化して、とにかく仕事をこなしている。企画をすれば、事務仕事は出てくる。豊富なスタッフがいるわけではないから、結局は自分でやることになる。しかも、6月は決算月ときている。7月には総会があり、海外からも参加者のある地上局のワークショップもある。

アジアの国から会議参加者を受け入れるには、ビザの問題があるのは知っていた。インビテーションレターを出せばよいのだけれど、国によっては、保証人を立てなければならなかったりする。そのうえ、現地の日本大使館でいろいろ言われるのか、何度も修正が入る。忍耐力を養うチャンスと考えるには、ややエネルギーを要する。淡々と、あるいは粛々とやっているうちに、「インド音楽のセンス」は消えていくのだろうか。どんな状況でも闊達さ、自在さを失わないしなやかさを養おう。

「地球はひとつ」という言葉とは裏腹に、国境は厳然としてある。メールのやり取りをしているときには何も感じなかったものが、物理的な行動にうつそうとすると、見えてくる。

その人がどんな人かということよりも、どの国のパスポートを持っているかで、移動の自由度は大きく違うのだ。たとえば、日本のパスポートを持っていれば、親のすねかじりであっても苦もなくできてしまうことが、そういった国の国家機関で働く人でもできない不条理。

そして帰宅して聞いた留守番電話。
C型肝炎を患っている父が、もう何度目かの肝がんの処置をするために何度目かの入院をするという。彼がC型肝炎ウイルスのキャリアになったのは、たぶん20代の後半。胃潰瘍で、輸血をしたのが原因らしい。もう何十年も、C型肝炎ウイルスをかかえながら、ケアをしていただきながら、ここまで元気にやってきているわけなので、ありがたいと思わねばなるまい。

中野孝次先生の遺稿と父の入院の知らせ。
悲しいシンクロととるか、励ましのシンクロととるか。
もちろん後者ととろう。選択肢があるときは、うっすらとでも光が見えるなら、そちらの方向に歩こう。

響きあう世界。
どうせなら、善きこと、嬉しきことが響きあって広がっていくといい。

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SEEDS、打ち上げ延期

なんと、SEEDSの打ち上げが延期になった。

以下は、プロマネの木下さんからのメール。
UNISECのメーリングリストに流れたものを無断転載。

こんにちは。 日本大学地上管制局の木下延昭です。

2006年6月29日4時39分11秒(日本時間)に予定しておりましたSEEDSを含む14機のCubeSatの打ち上げが延期されたと、今朝、コーディネータのCal Polyから連絡が入りました。理由は、打ち上げロケットの準備段階でのトラブルとしか伝えられておりません。

現在、7月26日未明(世界時)の打ち上げを予定しておりますが、詳しい情報はまだわかっておりません。

打ち上げまで2週間を切ったこの時点での延期は、非常につらいですが、「気合を入れなおして、7月の打ち上げに向けて準備を進めていこう!」と思っております。

新しい打ち上げ情報等は、私どものホームページにてアップしてまいりますので、ぜひ、ご覧ください。


最近の学生さんは、なんとしっかりしているのだろう。落胆の気持ちもあるだろうに、見せないところがいい。それに、事務的なアナウンスではないのがいい。「非常につらい」という率直な言葉づかいもいい。


何度もこういう目にはあっているので、あまり驚かなくなってしまったが、しかし、よいほうに考えよう。

どんなことにも、よいところがあるはず。

1)7月26日の打ち上げであれば、7月17日・18日の地上局ネットワークのワークショップの後だから、「共同受信」の実地練習ができるかもしれない。
2)大学院入試が終わっているので、落ち着いて、しかも旅程も余裕をもって組める。
3)7月17日の総会でSEEDSの発表をしていただくので、応援団が増える。
4)7月26日の誕生日の人がいれば、うれしいに違いない(?)。

7月には、無事にあがりますように。
日大の皆さんの大学院入試も成功しますように。

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SEEDS、バイコヌールへ!

日大のキューブサット、SEEDSが、とうとうロシアの地を踏んだ。あと2週間で打ち上げだ。もうフライトピンもぬかれている。

2年以上待って、やっとあこがれの(?)ロシアに着いたSEEDSくんの気持ちはどんなだろう。卒業してしまった製作者たちは、どんな想いだろう。1年8ヶ月もの間、Calpolyのクリーンルームで鎮座していたSEEDSが、もうすぐ宇宙へ行くのだ。

先輩のキューブサット(東大、東工大)は、同じロシアでもプレセツクという別のところで打上げられたので、バイコヌールでの打ち上げは、日本の大学衛星としては初めてのこと。打ち上げロケットはDnepr-1。

SEEDSのブログも開始。英語で書いてあるのがすごい。今回は、海外のキューブサット13個といっしょに打ち上げなので、英語でないとわかってもらえないのでまあ当然だが。やはり、ここはロシアからもブログ配信があると期待したいところ。ネット環境次第だそうだが、お金をいくら積むかというところとも密接に関わってくるはず。2003年の東大・東工大の打ち上げのときは、チャットで連絡していたのを懐かしく思い出す。

SEEDSブログによると、キューブサット3個入りの分離機構が5つ。単純計算すると15個のはずだが、ひとつが二個分の大きさのため、個数としては合計14個。SEEDSはその中のひとつ。みんな元気にいけるといい。

現地入りするのは、日大の宮崎先生と4年生の山口さん。プロマネの木下さんは、日本で受信する責任者として、日大でスタンバイする。打ち上げ予定は、6月29日午前4時39分11秒。最初に日本上空を通るのは、何時だろう。何時に待機(といってもWEBの更新ボタンを押すだけだが)すればよいのか、今から気になってしかたない。

ロシア行きの旅程を聞いてびっくり。

26日:成田を出発してモスクワへ.そのままモスクワ泊
27日:モスクワを出てチャーター機でバイコヌールへ.
    そのままバイコヌール泊.
28日:見学など.
29日:未明に打上げ.午後にはバイコヌールからチャーター機
    でモスクワへ.そのままモスクワ泊.
30日:夜にモスクワを出発して成田へ.
 1日:午前に成田着.

つまり、打上げたその日の午後に現地を発つということで、一日でも延びたらアウトというすごいスケジュールなのである。山口さんは大学院入試を控えていて、宮崎先生も入試のときには大学にいなければならないので、これ以外の日程は組めなかったそうだ。

チャーター便のお値段が気になったので、うかがってみた。

モスクワとバイコヌールの往復で1人$500ですね.その他,バイコヌールのホテルが1部屋$80~100ですとか,オプションで,モスクワとバイコヌールでのホテルと空港の間の車代がトータルで$80とかいった感じですね.うちは,学生君がこのオプションも頼んだみたいです.あと,live の webcastも頼んでいるんですが,値段がまだ出てきてない,ってところです. その他,バスを借りたいなら1台1時間につき$70とか,まあ,どうでもいいようなオプションも可能な“ツアー”って感じですね.なんか,不思議な感じです..

宮崎先生は、「家康が行く」という想いをこめてつけられたという名前の持ち主。
ここまで我慢してがんばってきたのだから、なんとか予定通り打ちあがって、そしてSEEDSくんが宇宙で元気に産声をあげられるように、祈ろう。

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それでも人生にイエスと言おう

「それでも人生にイエスと言う」
ナチの強制収容所で奇跡的に生き残った、ヴィクトール・フランクル先生の著書。収容所を出た翌年に講演をされたものを元にしているので、読みやすく、しかも内容の重さと深さはそのまま伝わってくる。

今世紀になってから、フランクル先生の代表作である「夜と霧」の新版の翻訳が出た。「世界がもし百人の村だったら」で有名な池田香世子さんが翻訳をされている。

「夜と霧」は、心理学を学んだ医師として、収容所暮らしを振り返る手記。
ごく普通の暮らしをしていた良識ある市民が、地獄のような収容所に送られてからの話を、記憶を頼りに再現している。ひどい扱いを受けているところや、餓死寸前の身体で強制労働をさせられているところなど、胸を突かれるシーンはたくさんあるのだけれど、乏しい想像力では追いつかないような世界だ。

筆者の絶望の中で見出す喜びが表現されているところが随所にある。つらかった、苦しかったという何倍もの哀切をもって、読む者に届く。

収容所に入れられ、真っ裸にされて、体中の毛を剃られ、人間としての尊厳をすべて奪い取られたときに、シャワーから水が出たときのこと。ガスでなく、本物の水が出たときにあがった歓声。

一日一食だけ与えられる食事は、薄いスープとパン。パンをひとかけら残しておいて、冷たくぬれた靴にむくんだ足を詰め込む、朝の一番つらいときに「むさぼり食う」幸せ。

病気の時に強制労働に行かずに休んでいることが許されるときの幸せ。地べたに身体を寄せ合ってぎゅうぎゅうの空間にただ転がっているだけ。うつろな目に見えようとも、生ける屍に見えようとも、うつらうつらとしていられるその時間は、幸せだったのだという。

夕陽が沈む美しさを、強制労働の合間に鑑賞する喜びは、普通の人が感じる喜びの何十倍もの喜びになる。

愛する人との空想上での会話を楽しむ喜び。そのとき、愛する人はとっくに死んでいたのだけれど、愛する人は確かに彼と話をしていた。愛は生死を越えるのだろうか。

人生に何を期待するか、ではなくて、人生があなたに何を期待しているかという問いへのコペルニクス的転回。人生に期待しても、答えは得られない。それは誰もが多かれ少なかれ経験していることだろう。

想像を絶するような生活の中で、内面的に成長していけた人間もいたこと、ナチス側にも隠れて助けてくれていた人がいたこと。どんな立場でどちら側にいるかということよりも、結局は「どんな人間なのか」ということが常に問われる。

もし自分だったら、その状況で、いったいどんな態度を持てるだろうか。

「それでも人生にイエスといおう」、というのは、当時の収容所で歌われていた歌の一節だという。

どうしようもない境遇や状態にいると思う時、それでも人生にイエスと言う。それは、たぶん、決意の問題だ。イエスと言って、受け入れる。そして、そこから進む。

この態度はもしかしたら、今の日本や世界や私たちの日常生活にいたるまで、必要なことなのかもしれない。

世界の軍事費が128兆円。多くの人が殺されるために使われるお金だ。

【ロンドン共同】スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が12日発表した2006年版の年鑑によると、」05年の世界の軍事費は、米国の対テロ戦争に絡む軍事支出の伸びが影響し、推計で、前年比実質3.4%増の1兆1180億ドル(約128兆円)に達した。米国だけで全体の半分弱を占め、5%前後で続く英国、フランスを大きく引き離し突出。

[共同通信社:2006年06月12日 19時20分]

日本の借金は771兆円。借金時計を見ると、刻々とその借金が増えているのがわかる。

自然破壊はどんどん進んでいる。アマゾンの熱帯雨林は大豆畑になり、アラスカでは森林火災が頻繁に起こり、お隣の中国では砂漠化がどんどん進行しているという。

・・・それでも、人生にイエスと言おう。
そして、前に進もう。

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プラド美術館展

自転車を購入。
きっかけは、マンションの自転車置き場に新ルールが導入されたこと。これまで自由においてよかったのが、何番は誰の置き場と決められることになり、届出を出さないといけなくなった。しかも、現状で使っているところを申し込むという話になっている。

自転車はいつか買おうと思っていたが、後回しになっていた。けれど、自転車がないのに自転車置き場を申し込むのも変なので、近所の自転車屋さんで、とうとう購入。ボディーは銀色。三段切り替えもついている。ごく普通の自転車だが、乗り心地もよくて、いい感じ。

もうほとんど埋まっていた自転車置き場だったが、このあたりがほしいと思っていたところに、一つだけ空きがあった。ラッキーだった。星の数ほどある中で、一つだけあれば満足できるものは、実は多い。それなのに、どうして人はたくさんほしがるのだろう。一台の自転車には、ラックは一つでいい。

というわけで、本日は自転車で美術館へ。歩いても行けるし、歩くのは大好き。しかし、自転車は自転車の楽しみがあるし、やはり速い。

本日のお目当ては「プラド美術館展」。東京都美術館にて開催中。
ピカソやダリなど多くの芸術家の感性をはぐくんだという、スペインの宝ともいうべきプラド美術館が来日中とあっては、感性をはぐくみに行かねばなるまい。

そう思う人が多かったのか、たいそうな混雑。人が多くてゆっくり鑑賞するという感じではないが、それなりに見て楽しむ。

今回のお気に入りは、ムリーリョ作の「貝殻の子供たち」とゴヤ作の「トビアスと大天使ラファエル」。どちらも宗教画。「貝殻の子供たち」は、かわいい子供が二人いると思っていたら、なんとこれは「イエスとヨハネ」だという。
「失礼いたしました」と小声でつぶやく。

肖像画に人格まで描きこんだベラスケス。王に「あなたは画家の王だ」といわれたくらいのティツィアーノ。そのティツィアーノの影響を受けたエル・グレコにルーベンスにゴヤ。いずれもすばらしい作品ばかり。そしてまた、ボデゴン(静止画)のメレンデスときたら、西瓜やプラムの質感は、写真を超えている。

でも、18世紀から19世紀にかけて、スペインは戦乱の中。かつての栄光も影響力も地に落ち、妖術や魔術に傾倒する知識人が多くなったという。そんな狂気の時代が終わったときに、フェルナンド7世が、国民に「光あふれるスペイン」「人間の誇り」を取り戻してほしいという願いをこめて作ったのが、この美術館だという。

プラド美術館は、画家だけでなく、多くの人にインパクトを与えてきたのだそうだ。
「プラドにきて、運命が変わった」といった小説家がいるという。

今日、きっと私の運命は変わったに違いない。


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不思議なこと

歩いていて、昔の知り合いに会うことがある。
最近、なぜかそういうことが連続して起こっている。嬉しい偶然。

先日、道でばったりと会ったアメリカ人は、驚いたことに、ご近所さんだということがわかった。大人になってから学んだとは思えない流暢な日本語を操る彼は、英語のテキストなどの執筆をしながら、英会話学校「AtoZ」の経営もしている。英語のことならAからZまでという命名が彼らしい。

10年ぶり、いや、もっと会っていなかったけれど、お互いに相手を認識できてほっとする。ちっとも変わっていないように見える。お互い、名前も覚えていて、さらにほっとした。

そして、今日は今日とて、ずっと会っていなかった中国語の同時通訳者にばったり出会った。以前の仕事の関係で、通訳者の知り合いは多いのだけれど、お会いする機会はほとんどなくなっていた。この方とは、中国語の通訳コースの立ち上げのころからのお付き合い。たいへん優秀な方だった。今は大学で教鞭をとっておられる。

お会いして嬉しい人がたくさんいるというのは、幸せなことに違いない。

不思議といえば、UNISECの新スタッフのM原さん。彼女の名前が、今年のお正月の書初めで、N先生が「基本に戻ろう」と思いをこめて書いたという「基」という字なのは、単なる偶然だろうと思っていたのだが、誕生日を聞いて、ちょっとぞっとした。これまで事務局のお手伝いをしてくださっていた方と同じ日なのである。ただの偶然なのかもしれないけれど、なんとも不思議なのである。

不思議なことがこれからもっと起こっていくような予感。
楽しみにしていよう。

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二千歳の先生

米原万里さんが亡くなった。
ロシア語の同時通訳者から、作家に転じ、すばらしい作品をたくさん残して、逝ってしまわれた。

一度お目にかかったことがある。アタマの回転の速さといい、歯に衣を着せない物言いといい、なんとカッコイイ女性だろうと思っていた。そして、キツイ言葉の下から、なんとも暖かくてやさしいものがあふれ出てくるのも素敵だった。もうお会いすることは叶わないけれど、作品をとおして、その心に触れることができる。きびきびとしたリズム感のある文章がとても魅力的。

残念だ。命は限りあるものなのだから、しかたのないことだけれど・・・

生きているものは、すべて死ぬ。
善く生きること、善く死ぬことは大事。でもどうやって?何をどうすればいい?

学校では、たくさん知識を学んできたけれど、「善く生きること」など学ばなかったし、ましてや「善く死ぬこと」など、想像もできない。

このところ、「生きる」事に関して、御歳二千歳の先生から、多くを学んでいる。
その先生の名前はセネカ。ローマ時代の皇帝ネロの教育担当だった方。最期はネロに死ぬように命令されるのだが、職を辞してから数年間の間に、多くの優れた作品を残している。

生きること、善く生きること、善く死ぬこと。

そのことに対してのヒントや洞察にあふれたセネカ先生の思惟を、二千年のときを経て、日本語で読めるのは、なんと幸せなことだろう。しかも、もっと幸せなことに、中野孝次先生が、実にわかりやすく解説をしてくださるのである。中野先生は、セネカの本を二冊、世に出してから、セネカの「善く死ぬ」ことを実践された。二冊目の本のあとがきに、淡々とご自分の病気のことが書かれている。それを読むと、人は出会うべきときに、出会うべき人に出会うのだろうかと思わずにいられない。

毎日、今日が最期の日だと思って、今に集中して生きる。
人生は使い方を知れば、長い。

口で言うのはたやすい。実践するのはたやすくはないけれど、それでも、そういう心がけが大切なのだと気づくだけで、生き方がほんの少し違ってくるかもしれない。

善く生きよう。せっかく生まれてきたのだから。


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