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生かされて。

あまりに衝撃が大きいと、反応が出るのが少し遅れるらしい。
それくらいのインパクトを与える本である。

100日間で100万人。

ルワンダで起こった大量虐殺で犠牲になった人たちの数。
百万都市まるまる一つ分の人たちが3ヶ月でいなくなった。

1994年の春から初夏にかけてのことだ。

ちょっと重い話なので、続きは読みたい方のみどうぞ。

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清澄庭園へ

小春日和の土曜日。

清澄庭園にて、邦楽の集まりがあって、出かけた。なんと、民族楽器の部でゲスト出演させていただけるとのありがたいお誘い。大きなシタールを抱えて、地下鉄に乗る。いつもはあまり気にしていないのだが、こうしてみると、シタールは大きい。しかも繊細。ちょっとの温度や湿度の違いで音は簡単に狂ってしまう。

気持ちのいいお天気に感謝。雨が降っていたら、タクシーで行こうと思っていた。半蔵門線の新しい駅なので、エレベーターがある。よかった。文明の利器はやはりありがたい。

清澄庭園の中に大正記念館という建物があって、そこが会場。
気持ちのいい庭園をバックに、謡や横笛や鼓など、日ごろの鍛錬の発表会。日本の芸術はやはりなかなかいいもの。たっぷりと堪能させていただいた。

民族楽器は、アボリジニのデジュリデュとシタール。有機野菜のお仕事をしている方が吹くデジュリデュはなかなかの迫力。私のシタールは。。。練習意欲をかきたてていただけて、よい経験をさせていただいた、というしかない感じだったのだが、そのあとの狂言があまりにもおもしろくて大笑いして、そのようなことはすっとんでしまった。言葉もよくわかって、内容も楽しかった。こういうのはいい。

最後の特別ゲストに白拍子という舞。桜井真樹子さんが歌いながら舞う。白拍子は平安時代の舞だそうだが、この方が仏像やら書物を参考にして復元を試みておられるそうだ。つまり、この方が「家元」というわけだ。

その場で懇親会。せっかくなので参加させていただく。横笛がすばらしくお上手だった方の隣にすわる。聞けば、なんとその横笛は自作なのだという。吹いておられるその姿は、まさしく笛と一体だった。ふだんは多忙のサラリーマンをしておられるそうだが、腕前は趣味の域を超えている。

見習わねばと思う人たちがたくさんいてくださるのは嬉しいことだ。日々の激務をこなしながら、これだけの芸を身につけることは可能だということ。

いつか、そんな風に思ってもらえる人になりたいものである。

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祝!XI-V打ち上げ一周年

キューブサットXI-Vが一歳のお誕生日を迎えた。おめでとう!!! 
北海道のHITSATも一ヶ月を過ぎて、電力も安定してきた様子。ヨカッタヨカッタ。

中須賀研究室では、ケーキでお祝い。みんなで記念撮影

NHKの教育テレビ「サイエンスゼロ」でもとりあげられたが、いまや、日本の大学衛星は5基も地球のまわりを飛んでいて、来年には日大と東工大の打ち上げが決まっている。

2003年に初めてキューブサットが打ちあがったときと、状況は大きく違ってきている。あちこちからサポートをいただけるようになった。アマチュア無線家の方々の強力なバックアップもあれば、企業や関係省庁のご理解とサポート、一般の方々からのご寄付や励ましの言葉など、嬉しいことがたくさんある。XIサポートなど、一年に3回もご寄付をくださった方もある。中須賀研の次の衛星PRISMに期待しよう。

2006年の今、これから先のことをしっかり考えたい。

コンピューターは大きいものという世界観は、ガレージで若者が作ったアップルのPCによって、根底から覆された。

宇宙開発の固定観念は、誰が、いつ、どんな形で、覆すのだろう。UNISECはその前身から数えると、もう5年。開発は試行錯誤しながら、加速度的に進んでいる。むろん、常に試練にさらされ、どうやってもうまくいかず、ということを多々抱えながらのことだ。

間違っていい。
失敗は成功の糧だ。

優秀であればあるほど、間違いを恐れる。間違ってはいけないという文化で育ってきているから、当然だけれど、間違いは悪くない。悪いのは、間違いを隠すこと。間違いをむやみに批判すること。隠すと、そこから学べるはずのことが学べない。批判されると思えば隠したくなるのが人情。

間違いは、そこでどう動くかを考えさせてくれる貴重な機会。「間」がちょっと違っていただけのこともよくある。

たくさん間違って、たくさん成功に結びつく学びをして、そして、自分たちが誇りに思えるような花を咲かせることができたらいい。


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シンジラレナーイ

日本ハム優勝。
44年ぶり。地元北海道での優勝。札幌に移ってから3年だという。

少し前に、北海道にいる友人から手紙をもらっていた。

いろいろなことがあって、北海道に戻った彼女は、しばらくちょっとウツ気味で、元気がなかったのだという。それが今はテレビやラジオの前で、元気に(熱狂的に?)日本ハムを応援しているという。

元気になったから、そういうことができるようになったのか、そういうことがきっかけになって元気になったのか。因果関係はわからないけれど、彼女が元気になったのは嬉しい。

ヒルマン監督のインタビュー。

いつもの決まり文句が今日も出る。
「シンジラレナーイ」
「ホッカイドーノミナサンハ、セカイデイチバンデス」

なんという心憎いせりふを口にする人だろう。
「ホッカイドーノミナサン」は、いまごろ舞い上がっているに違いない。地域を大事にする球団は愛される。愛は伝染する。
「ホッカイドーニイタコトノアルヒト」も仲間に入れてもらおうという気になる。

4万人の観衆が、自分の家族を応援するかのような思い入れで応援していたという札幌ドーム。野球場のあの一体感、うねるようなエネルギーをそこにいたすべての人が感じたことだろう。札幌ドームは「物理的に」揺れていたのだという。

「こんなこと、北海道ではありえませんでした。もう、感動です。夢をもらいました、活力をもらいました」
マイクを向けられた人が嬉しそうに語る。

北海道でプロ野球がこんなに盛り上がるなんて、「シンジラレナーイ」。
パ・リーグ球団にこんなに注目が集まるなんて、「シンジラレナーイ」。

「誰一人必要でない人はいなかった」とヒルマン監督。

勝つチームは、きっとこうなのだろう。すべての人が持てる力を一つの目的のために惜しみなく出すチームは強い。その牽引となったのは、新庄選手。これで引退というのはもったいないけれど、花のある人は花道も自分で作ってしまうらしい。

北海道ではロケット開発、衛星開発も進んでいる。
「シンジラレナーイ」ことが、宇宙の分野でもたくさん出てくるといい。

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Future Search

本日、レイランド開店。メニューはトリ鍋。

Future Search の手法を少しとりいれたワークをしたあとに、レイランドにて反省会。

Future Search は、アメリカで開発された合意形成の手法。本当は二泊三日くらいでやるそうだが、2時間くらいに凝縮して試験的にやってみた。12月のUNISECのワークショップでやれるかどうかを見極めるため、一度やってみることにしていた。

参加者は、学生理事2名とOB・OG、現役学生。私を入れて8名が参加。進めかた自体にもコメントできそうな、慣れていそうな方にお願いした。

やり方はふつう、4つのステップを踏む。模造紙を用意して、どんどん書き入れていく。最終的に実行可能な行動計画を作るのが目標であるが、そのプロセスにおいて、ともに抱えている問題やおかれている状況など、共通基盤が参加者の中で共有されていく。だから、プロセスもとても大切。

1)過去の共有 
スプートニクから50年間の世界、日本、個人の宇宙開発について年表に書き入れていく。「個人」というのは、いつなぜ宇宙開発に興味を持つようになったか、というような個人的イベントを書いてもらう。参加者同士が個人的な過去を共有することで、ディスカッションはぐっとやりやすくなる。Future Searchは、本来利害関係が対立するような人たちが参加して行うものなので、気持ちをほどくためにも、こういうところは実はとても重要。

2)現状の認識
今回は、二つの手法を使ってみた。ひとつは、マインドマッピング。UNISECがテーマなので、UNISECに影響を与えたこと、与えるであろうことをそれぞれ書いていく。政治的・経済的なことから、モチベーションに関わることなど、さまざまなことが書かれる。もうひとつは、SWOT分析。強み、弱み、機会、脅威を考えていく。いろいろでてきておもしろかった。

3)望ましい未来
そして、いよいよ望ましい未来を考える。こうだったらいいのに、ということを遠慮なく出しあっていく。皆さん、結構控えめ。現実的というか、地に足がついているというか、最近の若い方はたいそうしっかりしているのを再認識。もうちょっとドンキホーテ的な夢を見てもいいかなあと思いつつ、これくらいのほうが前進しやすいかもしれないと思い直す。

4)行動計画つくり
そして、行動計画。このまとめがけっこう難しくて、何の行動計画かを絞らないと、作りにくい。今回はOB・OGが多かったので、OB会についての行動計画を作ってみた。意外なところで悩んでいるみたいで、事務局でほんのちょっとお手伝いすれば、かなり楽にできそうにも見えた。

それから、トリ鍋を囲んでの反省会。
まず、トリのモモ肉を使って、水だき風。その後、トリミンチのダンゴをいれる。そしてお野菜ときのこにお豆腐をトリのだしで楽しみ、最後の締めにおうどん。

お忙しい方が多いと見えて、2人がトリミンチが練られているのを横目で見ながら、別件があるとのことでリタイヤー。お鍋は時間の経過とともにだしが出ておいしくなるというのに、お気の毒に。

残った5人で、トリミンチのダンゴがいっぱいのおなべをつつく。
ポン酢に「ゆずこしょう」か「かんずり」(寒造里、唐辛子とゆず、塩で作られた香辛料)をお好みで入れていただく。地方にいったときに、見たことのない香辛料を買って帰るのは楽しみの一つ。かんずりは初めての味。美味。
いつもどおり、おなべはなかなか好評。だしの昆布も食べてくださった方がいらして、食材たちは嬉しかったに違いない。

Future Searchも、おなべのようなもの、と思う。

それぞれ違う個性のものをいれていくなかで、とてもおいしいものができる。12月のワークショップでFuture Searchをすれば、100人以上の個性が入ることになる。今年は東北大でワークショップの予定。12月の仙台も楽しみだ。


○ 本日の献立

もやしのナムル風
ひややっこ
きゅうり、にんじん、ダイコンのディップ添え
チョリソーのマスタード添え
厚揚げのニンニク醤油
トリ鍋
デザートにりんご

(作りそこなったもの:ちぢみ、焼きそば:この原因は、O氏の不参加によるところが大きい。また来てくださいませ)

実は、昨日もレイランドではディナー・ミーティングがあって、小さな台所は大活躍してくれたのであった。
台所くんの健闘をたたえて、昨日のメニューも念のため書いておこう。

ソーセージ
きゅうりとにんじんの味噌ディップ添え
水菜の中華風サラダ
紅茶ブタ
厚揚げときのことピーマンのオイスターソースいため
栗ごはん
釜揚げうどん


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渡る世間はホトケばかり

渡る世間はホトケばかり。

ちょっとしたあったかいことがたくさんある。そういうことはニュースにならないし、気にもとめない。いやなニュースは、何度も繰り返して、衝撃的な映像とともに目にとびこんでくるので記憶に残りやすい。けれど、総量で比べたら、小さな何気ないあったかいことのほうが、そうでないことよりも圧倒的に多いのではなかろうか。

冷たさには人は敏感なのだが、あたたかさに気づくのは難しいことらしい。

太陽と同じ。
あたりまえのようにあるので、あたたかさがわからない。

空気と同じ。
それなしには生きていけないのに、いつもは気づかない。

水と同じ。
地球のたくさんのところで、それが枯渇してきているのに、水に恵まれている地域に住んでいると、ほかの多くの地域で地球の同胞たちが水がなくて困っていることを忘れてしまう。

あたたかさに気づく、とてもよい方法がある。
自分が、あたたかさの源になってみることだ。

電車で席を譲ってみる、道端のゴミを拾ってみる、道行く赤ちゃんに笑いかけてみる、重いものを持っている人に手助けを申し出る、などなど、一瞬でできてそんなに大変ではないことで、あたたかさを生み出す機会は無限にある。

人生にはいろいろなことがあって、そのたびに心は殻をかぶっていく。硬くて厚い殻で守られた心は、傷つかないけれど、あたたかさに気づくこともない。

あたたかさと甘さは当然違う。甘さは人を蝕む。甘さを許してはいけない。ホトケの道は甘くない。けれど、ホトケは常にあたたかなまなざしで人を見るに違いない。

渡る世間はホトケばかり。
そんな世の中になりますように。そうして、自分がそんな世の中の一部になりますように。

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変化のプロセス

帰国して、変化に気づく。

変化したものは、二度と戻らない。変化のプロセスを通って、別のものになる。よき方向へいくのだと念じよう。

観葉植物が見るも無残にしおれていた。あれだけ青々としていたのに、黄色くなって、しなびている。
水をやってみたら、一部復活。枯れた葉をとりのぞき、様子を見る。元の形には戻らないだろうが、それなりに生きていけそうな気配。小さな葉も出始めた。

北朝鮮で核実験が行われてしまった。不穏な空気。大義名分を得た「怒りのエネルギー」が広がっている気配。こういうときに気をつけたいのは、自分が「怒りのエネルギー」の温床や発信元や拡声器にならないこと。北朝鮮の子供たちや一般の人たちが幸せになるよう祈ろう。何も知らされていない人たちに罪はない。かつての日本が突き進んだ狂気の世界へどうぞ彼らが追い込まれませんように。

そして、叔父の急死。父の兄弟の世代の中で一番若くて元気はつらつで、まめまめしくて、誰にでもやさしい人だった。集まりがあると、ニコニコと写真をとってくださっていた。

出張先で仕事中に事故。あまりに突然のことで、その人がもういないのだということが信じられない。

その年代の男性には珍しく、結婚したときから家事をまめまめしく手伝い、子育てもいっしょ、後片付けもいっしょにしていたという叔父。最近は、孫の世話をかいがいしくしていた。「じいじ、じいじ」と幼い孫たちから大人気だった。

「死ぬのに順番はない」

誰しも、死に向かって歩いているのだ。それが早いか遅いか、ほんの少しの違いだけ。そして、それはいつやってくるか、誰にもわからない。そんなあたりまえのことを、どうして人はいつも忘れていられるのだろう。不思議だ。

いつ死ぬかわからない。
こういう状況の中で、最高の人生を送るには、一日一日、一瞬一瞬を精一杯、大切に、いとおしんで生きることだ。

言うは易く、行うは難しとはわかっているけれど、少しでもそうできるよう、リラックスして、心身ともに一瞬をいとおしめるようなゆとりを作っておこう。

ゆっくりお風呂にはいって、お茶でも飲んで、好きな音楽でも聴いて、心安らかに眠ろう。


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湖のほとり

スペインの後に、ドイツへ。
フリードリヒスハーフェンへ向かう。ここに来た目的は、ある会社を訪れるため。大企業からスピンアウトしてエンジニアたちが作ったベンチャー会社だ。

二回乗り換えで、ほぼ一日がかりの移動。バレンシアを出たのはお昼くらいの飛行機で、着いたのは夜9時半くらい。バルセロナでちょっとドジをふみ、簡単な乗り換えをたいそう面倒なものにしてしまったが、ちゃんと次の飛行機に乗れたので問題なし。

翌日、その会社でミーティング。
10時から食事をはさんで6時まで。早く終わったら観光しようなどという甘い考えはふっとび、ドイツ流のやり方を学びつつ、意見交換をする。といっても、とても意見交換をするレベルではないので、一方的に吸収させていただく。もちろん、宿題のリサーチにもご協力いただく。

ここのオフィスは、普通の一軒家。二階建てのその家は、言われてみなければ会社だとは気づかない。広々としたガラスのテーブルがおかれたところが会議室。

窓の外はりんご畑。なんとものどかなここが、最先端の宇宙技術ベンチャーだというのが、なんともいい。この雰囲気といい、環境といい、とっても気に入った。手狭になってきたのと、やっぱりクリーンルームがほしいとのことで、近々、新社屋を作る予定だそうだ。

ランチは、湖のほとりのかわいらしいホテルで。
このあたりは、この季節、霧が出ることが多いらしい。午前中は霧だったのが、だんだん晴れてきて、ランチどきには快晴。戸外で太陽の光を浴びながら食事。

食後、湖のほとりを散歩しながら、スピンアウトしたエンジニアに聞いてみる。大企業に勤めていて、名もないベンチャー企業で仕事をするのはどんな気分なんだろう。本当にやりたいことはできているんだろうか。

「後悔したことはないですか?」

「一度もない。今のほうがずっといい」

「何がいいんですか?」

「責任の重さ。たとえば、契約がとれなかったとしたら、大企業だったら、上司のところへいって、次の仕事をくださいというだけだけれど、ここでは、そんなわけにいかない。それから、技術だけでなく、いろいろなことを自分でできることも気に入っている」

技術者として20年以上のキャリアを持つ方だからこそ言えるセリフかもしれない。また、いろいろなことをこなせる優秀な方だからこそ、それを楽しいと思えるのかもしれない。

企業統合の嵐が吹き荒れて、ドイツの会社でなくなってしまった元の会社は、エンジニアにとってあまり快適ではない環境になってしまったらしい。いろいろな国の損得勘定と駆け引きの中で、エンジニアの良心を殺して生きるよりは、新しい環境を自らつくることを選んだ人たちは、まったくの少数派。

3年前に設立したころ、ドイツ国内の仕事が多いと見込んでいたのが、ふたをあけたら、海外受注が8割。特にアジアのマーケットがよい感触なのだそうだ。確かな技術力を持っていればこそ、であろう。

6時になって、ビールを頂く。冷蔵庫にはちゃんとビールが冷えている。夕陽を見ながら、外で頂くビールの味は格別。

その帰りみちに、今回のミーティングをセットしてくださった方のご自宅にうかがう。この方の奥様が日本人で、3人のお子さんもみんな日本語が上手。かわいい犬がいる。

「何ヶ国語できるの?」と聞くと

「ドイツ語、日本語、英語、フランス語。このあたりでは普通です」との答え。日本語はちょっと特殊だが、スイス国境がすぐそこにあるこの地域では、バイリンガル・トリリンガルは普通なのだろう。ああ、なんといううらやましい環境。

日本で買ってきたという梅酒をいただき、おいしいドイツパンのオープンサンドイッチを頂く。

日本語、英語、ドイツ語が飛び交うなかで、ちゃんとおしゃべりは成立していて、楽しい時間を過ごした後、ホテルまで送っていただく。ありがたいことだ。

この方は、実は空港まで私を迎えにきてくださっていたのだという。私は知らずにタクシーでホテルへ向かってしまって、入れ違いだった。そういうときに限って飛行機は定刻より早く着き、そういうときに限って荷物はさっさと出てきて、そういうときに限ってタクシーにはすぐに乗れるものらしい。本当に申し訳なかった。

その翌朝、飛行機の時間までぶらぶらする。
湖のほとりのその町は、おとぎの国のような美しさ。対岸はスイス。
朝焼けを見ながら、湖に突き出た展望台を登る。上までいくと、急に見晴らしが開ける。

ここまでこなければ見えないものがある。
登らなければ見えないものがやっぱりあるのだなあと思いながら、360度に広がる景色を、ただ眺める。目が喜ぶものを見せてあげられてよかった。

ツェッペリン博物館のすぐ近くのホテルにいながら、行く時間がなかった。指をくわえながら、窓の外からちらりと見る。説明はすべてドイツ語だそうだが、やっぱり行ってみたかった。しかし、これは、また行くチャンスがあるのだと前向きに考えよう。

そう、すべては、次のもっとよきことのために。

湖のほとり・・・いつか住んでみたいところの一つだ。


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バレンシアの空

スペインはバレンシアへ。
IACという宇宙関係の会議があって、参加。教育セッションで論文発表するほか、リサーチの宿題も抱えてのことで、さらには、UNISECの活動がグローバルになりつつあって、なにやらバタバタとしているうちに1週間がたってしまった。

10月1日の夜遅くに到着。奇跡的に荷物が出てきた。奇跡的というのは、ロンドン乗換えだったから。1時間ちょっとしか乗り換え時間がないためか、ほとんどの人は荷物が届かなかったそうだ。たまたまこの日は、ロンドンーバレンシア間の飛行機がシステムダウンで1時間半ほど遅れたため、十分に荷物の乗り換え時間もあったらしい。

バレンシアは、年間日照率が300日という、毎日が晴天の地域。10月とは思えないくらいの暑さ。大雨だったという日本のことを想いながら、太陽の恵みを尻目に、会議場の中で過ごす。

ここの会議場は、会議場として作られたところではなくて、博物館。セッション会場は、運がよければ屋内、運が悪ければ、屋外に作られたプレハブ小屋になる。いずれも、遮音性があまりなくて、小さな会場でもマイクが必要。

このあたりはパエリアで有名。4日の夜には、近くの公園でパエリアがふるまわれた。騒音といってもいいぐらいのボリュームで、歌が歌われ、フラメンコが舞われる。いずれも、まあね、という感じであったが、最後がちょっとすごかった。

花火。日本ならありえないくらいの至近距離で打上げる。相当な迫力。
「下がってください」と何度も言われた意味がやっとわかった。

空一面に星が広がるような花火。ため息がもれる。
一瞬で消えていくものが、価値がないわけではないと想えるものに出会えるのは幸せだ。

Baloon
会議は金曜日に終了。
土曜日に、能代コンペでの優勝チームがヨーロッパでデモをする機会があった。
日本から持ってきた黄色い気球は、バレンシアの青い空にたいそう映えた。風もなくて最高のコンディション。

ローバーのマモルくん(東北大)は、安定した走りを見せ、大人気。パラフォイルのウルブズ(慶応大)は、あまり調子がよくなかったのか、ちょっと飛びすぎて木にひっかかってしまった。いろいろ道具を借りてきて、無事におろせたときには、一同胸をなでおろした。

たくさんの方に出会い、意見交換ができるのが、こういう会議のよいところ。海外の方はもちろんだが、日本の方でも、なかなか会えない方が、こういった場では簡単に会える。いろいろな視点の方からお話をうかがえるのは、貴重。自分はどんな視点を持っているのか、相対化して考えられる機会を多く持つことで、新たな視野が広がっていく。

これから、どんな視点を持てるだろう。楽しみだ。

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