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ひので君のパパ

ひので君のパパこと、小杉健郎先生が、、、。
あまりに突然のことで、信じられない。宇宙作家クラブのメーリングリストで回ってきた悲しい知らせ。

「衛星のパパ」シリーズもなかなか楽しそうだから、皆さんにお話を聞いて、などと思っていた矢先のことだった。

9月のひので君(SOLAR-B)打ち上げのときに初めてお目にかかって、一言二言言葉を交わして、そうして11月に逝ってしまわれるだなんて、あまりに早すぎて言葉もない。

Kosugi

ユーモアたっぷりに松葉杖をついて歩いておられたお姿、打ち上げ成功のあとの嬉しそうな記者会見でのお姿、ひとつひとつが鮮明に思い出される。ほんの数時間しかこの世でごいっしょしてはいないのに、なぜこんなに記憶が鮮明なのだろう。

享年57歳。
脳溢血で倒れ、意識が戻ることはなかったとのこと。(訂正:脳溢血ではなくて、脳梗塞であった由。失礼しました)(再び訂正:意識は一度戻られたそうです。重ねて、失礼しました)

もしかしたら、笑顔の奥で相当に無理を重ねておられたのかもしれない。多忙であられたことは間違いない。ストレスフルなこともたくさんあっただろう。そう思うと胸が痛む。

でも、それでも、ひので君を無事に打ちあげたいという想いが実現できてよかった。
ひので君のパパは、ひので君といっしょに宇宙におられるのだと、そんなふうに思いたい。心ゆくまで、太陽の観測をしておられるのだと思いたい。

ご冥福を祈ります。
そうして、ひので君がすばらしい成果を出せるように、お守りください。

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きらりちゃんの思い出

ナノジャスミンのPDRの後のお茶のみ話第二弾は、きらりちゃんのこと。

<きらりちゃんとの思い出>

きらりちゃんのことは、パパからではなく、一ヶ月だけ週に2回、目に見えない糸電話ならぬ「光電話」で遊んだという方にお話をうかがった。

きらりちゃんは、 2005年8月24日、カザフスタンのバイコヌール生まれ。
光衛星間通信実験衛星(OICETS:オイセッツ)という長い名前を持っている。何万キロも離れたところを高速でブンブン飛んでいる衛星同士の通信を光を使って行うという実験にチャレンジして、見事成功したのだという。(普通は電波を使う)

Crl002
そして、衛星と地上の間での通信にも成功した。
きらりちゃんとの通信ごっこに参加していたのが、NICTの木村さん。地上にある1.5メートルの大きな光アンテナ(実は望遠鏡)から「きらりちゃーん!」と呼びかけると、きらりちゃんがそれに気づいて、声のしたほうに向かって、「なぁに?」と地上に答えてくれるという仕組み。動画を送って、きらりちゃんに見てほしかったけど、東京は天候不順が多くそこまではできなかったとのこと。しかし、通信品質が十分に使えるのもであることを世界で初めて確認できた。

ところで、この通信ごっこがどれくらい難しいかというと、「1キロ離れたところにある五円玉の穴を通る」くらいなのだそうだ。しかも、衛星は高速で飛んでいるし、光は曲がるから、綿密に計算をして、どこにどのように当てればいいかを予測しないといけない。

「夜の10時くらいに集まって、11時半とか1時にきらりちゃんが来るのを待つんです」(注:脚色あり)

そういえば、その実験が行われていたという9月には、木村さんがいないことが多かったような。きらりちゃんからの光が初めて受かったときには、「ウワー!」と深夜に歓声があがったとのこと。深夜に騒ぐなんて、ご近所迷惑もいいところだが、まあ大目に見てあげよう。

きらりちゃんのパパの一人(普通、衛星には、たくさんパパとママがいる)、豊嶋さんなどは、おうちを離れて一人旅をしているきらりちゃんが、パパの呼びかけに、すねないで返事をくれた時、思わず目がウルウルしてしまったとか。でも、素直にウルウルできない豊嶋パパは、その後のスパークリングワインの祝杯でワーワー騒いでごまかし、かげでそっと涙をぬぐったそうな。

きらりちゃんが生まれる前にはいろんなことがあって、とっても難産だった。生まれるかどうかも危ぶまれていた時期があった。きらりちゃんが生まれるために、たくさんの人たちが手を尽くしてくれた。だから、こんなふうに無事に生まれて、活躍しているきらりちゃんと直接やりとりができただなんて、パパたちにとっては、涙なしには語れないお話らしい。

「だって、絶対最初は無理だろうって言ってたんです」

そんなことを話すとき、木村さんの顔はふにゃふにゃと嬉しそうに崩れる。
きらりちゃんは、ほんの一ヶ月の間に、たくさんの思い出を残してくれたらしい。

きらりちゃんは、まだまだ元気盛りなのだが、お守りは大変だったらしく(お金がかかるのかな?)、運用は11月で終了してしまった。もっともっといろんなことをしてきらりちゃんと遊びたかった木村さんは、残念そう。

こういうのがスイスイうまくいくようになると、周波数取得の苦労はいらなくなるのだろうか。衛星ビジネスの一番のネックといってもいいのが周波数取得。光通信ができれば、その心配はなくなる。ただ、光通信の弱みは、曇っていると通りにくいこと。でも、いつも通信しなくてもいいお仕事もあるだろうから、そういうときには大手を振って使ってもらえるかもしれない。

きらりちゃんが残してくれたものは、きっと大切に使われて、パパたちや遊んでくれた人たちが、ウルウルを隠しきれないようなことにつながっていくに違いない。

(注:写真は、NICTのGOLEMプロジェクトフォトライブラリページから、許可を得て転載したものです。この写真のときは、アルゴンレーザ(波長0.5μm)というのを出していて、はっきり目で緑に見えたそうですが、きらりちゃんとの時は、目には見えず、カメラでのみ撮影できるものだったそうです。ビデオ画像あり。)

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あかりちゃん誕生秘話

ナノジャスミンのPDRのあと、審査員数名とコーヒーを飲みながらおしゃべり。

あかりちゃんときらりちゃんの裏話を聞く。まずはあかりちゃんから。

<あかりちゃん誕生秘話>

あかりちゃんは、今年の2月22日に内之浦で生まれた。生まれる前には「ASTRO-F」あるいは IRIS(Infrared Imaging Surveyor)という難しい名前で呼ばれていた。700キロメートルの高さの軌道をぐるぐるまわりながら、望遠鏡で遠くの銀河を観測する。星の一生が追えるそうで、活躍が期待されている。

「(自称)あかりちゃんのパパ」こと松原英雄先生によれば、今年2月にあかりちゃんが生まれてから、心臓がきゅんとなるような心配事がたくさんあったのだという。

「あかりの目が見えないのがわかったときは、ショックでした」
(注:脚色あり)

あかりちゃんは、なぜか生まれたときから目が不自由だった。望遠鏡をどっちに向けるかを決めるのに、太陽がどっちにあるかがわからないといけないのだが、あかりちゃんにはわからない。太陽センサを積んでいるのだが、これがなぜか動かなかったのだそうだ。間違って太陽のほうに向けて望遠鏡の蓋をあけてしまったら、中を冷やすのに使っている液体ヘリウムがみんな飛んでいってしまうから、どうしても正しい方向を向かないといけない。

あかりちゃんには、万一に備えて、別の目もついていた。でも、本当は太陽センサは丈夫で長持ちのはずで、それがあればもっと楽にすぐに進めることができたはずだった。別の目は、星を見て位置がわかるスタートラッカー。これは、優秀だが繊細で、宇宙線にめっぽう弱い。しかし、なんとかそれを使って方向を決めることに成功。

今年の2月に生まれて、望遠鏡の蓋を開けたのが4月中旬。その間はずっと初期運用。初期運用というのは緊急運用と同じくらい大変。

蓋をとったら、その反動で衛星の姿勢が狂うから、狂わないように同時に噴射も行う。あかりちゃんは、その難しいパフォーマンスに見事に成功。蓋がとれて、900キロ以上あった体重はちょっと減って800キロ台に。

「蓋ですか?40キロくらいあってね。パーンと飛ばして、デブリ(宇宙ゴミ)作っちゃったんです。つけといて、また閉じたりしたら困るから」

あかりちゃんのパパは、粗大ゴミを宇宙に捨ててしまったことを、申し訳なさそうに言う。

なぜそんなごっつい蓋をつけていたのかといえば、観測装置を冷やすための巨大な魔法瓶に「あかり」の望遠鏡は入っているので、いわば「魔法瓶の蓋」が必要だったのである。

目が少し不自由というハンディを乗り越えて、あかりちゃんは、遠くの銀河の写真を撮ったりして、少しずつ成果をあげている。あかりちゃんのパパは、そんなあかりちゃんの能力をこれから存分に引き出していくつもりらしい。

ゴルフの世界では、さくらちゃんのパパはさくらちゃんのおかげでいい目を見ている。
宇宙の世界でも、娘のおかげでいい目を見せてもらうパパがたくさん出てくることを祈ろう。

がんばれ、あかりちゃん!

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ナノ・ジャスミンのPDR

ナノ・ジャスミンのPDR(基本設計審査)。
午後2時から6時過ぎまでびっちり。審査する側と審査される側の机は分けられ、別々にすわっている。その他大勢は、まわりにすわって見学。私もその他大勢に入れていただいて、見学。

関係者の皆さんは、ここ数日というもの、目の下に隈を作って、資料の作成に追われていた。卒論の締め切りを1週間後に控えた4年生の稲守さんは、卒論そっちのけで準備にあたっていた。今日から泊り込みで卒論にとりかかるらしい。

審査のために呼ばれた方々は、この世界ではよく知られた方ばかり。ついこのあいだまで学生だった方もまじっていて、懐かしい雰囲気。筑波JAXAからはN田さんとT木さん、NICTからはK村さんとM下さん、ISAS・JAXAからはM原さんとT田さん。

審査される側は、天文台の郷田先生をはじめとするジャスミンチームの皆さんと、中須賀研究室のナノジャスミンプロジェクトチームの皆さん。D2の初鳥さん、M1の田中さん、4年生の稲守さん。ミッションや設計について、次々と発表していく。

酒匂プロマネが仕切っているので、進行はきわめてスムーズ。本日は紺のスーツにネクタイでびしっと決めている。ヒゲはいつもどおり。進行を仕切りながら、お茶やコーヒーの気配りも忘れないのが酒匂流。スターバックスのコーヒーまでちゃんと用意されているあたりがすごい。

どんな厳しいことを言われるかと思っていたが、PDRは、Positive Design Review の略だったのかな、というくらいに前向きなコメントが多く、ちょっと拍子抜け。

2008年に打ち上げの希望。H2A打ち上げ公募でも、Aランクの評価をいただいているそうだ。

PDRの後に、ピザとビールで簡単な懇親会。

素人の私がコメントすることはないので、懇親会でうかがったコメントをいくつか載せておこう。

「ついに、ここまできたかという感じです。今まで、(大学衛星は)動けばいいというレベルだったのが、これは完全にオトナになって、このままではうかうかできないな、と思いました」(審査員)

「はしにも棒にもひっかからなかったら、誰も何も言わない。できそうだから、みんな言うんです」(審査員)

「難しいけれど、物理的に不可能とは思わない。2008年?うーん」(審査員)

「2個作るというのがいい。1個あげて、不具合を直してまたあげればいいからね」(審査員)

「大成功まちがいなしです」(天文台)

「Yくんがなんと言おうと、精度を下げてでもやる。やってみるということが大事」(天文台)
(注:Yさんは、この精度が出なければやる意味がないとずっと主張しておられる)

「PDRまで到達したのがすごい」(どなただったか記憶が不明)

懇親会のあと、ナノジャスミンの検討会が引き続き行われ、審査で指摘されたことについて、議論されたらしい。

PDRが終わって、これからがプロジェクトの本番。実際に衛星を作っていくフェイズに入る。

もし、これが成功したら、実はすごいことなのだそうだ。
天文台ミッションとしては、もちろん世界初の成果となるが、工学的技術的な成果としても大きいものになる。

なぜなら、このミッション要求にこたえるためには、超小型衛星での3軸姿勢決定・制御、温度制御が必要で、それを2年で実用化しなければならない。これは、普通なら、チャレンジすることも思いつかないような高い壁である。

「工」という字は、「天と地を結びつける人の営み」を意味するそうだ。天と地を結びつけるのは「人」。
(引用:「宇宙樹」p63、竹村真一著)

天と地を結びつけるには、そびえたつ高い壁があったほうが結びつけやすいのかもしれない。高い壁は、きっとそのために与えられるのだろう。

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大阪のカレーうどん

週末は関西へ。

土曜日は大阪でシタールのレッスン、日曜日は神戸で法事。秋の土曜日は、神戸は観光シーズンらしく、ホテルがなかなかとれず、しかたなく大阪に泊まる。

しかし、おかげで、たいそうおいしいカレーうどんに出会った。大阪という街は、なぜこうも食べ物がおいしいのだろう。目に入るすべての店に入りたいという欲求がムラムラとわいてくるのをおさえて、ホテルへ。

そのカレーうどん屋さんは、西中島のあたりにある小さなお店。チェーン店のようだ。
私の中で、カレーうどんのランクはそれほど高くなかった。しかし、一日にしてランクは急上昇。まず、カレーうどんの定義を変えねばなるまい。うどんにカレーがかかっているのが、カレーうどんと思っていたが、ここの店のは違う。カレーの中にうどんがある。

うどんは手打ちでしこしこ。うどんがおいしいのは当然として、カレーがまたおいしい。とろとろのカレーには、これまたとろけんばかりのビーフの塊。そしてなにやら不思議なトッピング。玉ねぎをカリカリに炒めたものだろうか。うーむ、おかわりがしたいと思うくらいのおいしさ。680円也。

人は自分がどれほど恵まれているか、失うまでわからない。
大阪人は、たぶん、自分たちがどれほど食の面で恵まれているか、きっと気づいていない。

しかし、この食文化もレベルの高い飲食店も、魔法のようにできたのでなく、大阪人がこれまで培ってきたものの上にある。

大阪では、「まずい店、遅い店、(質に比べて)高い店」はすぐに消える、らしい。

裏表のない大阪人は、そういう目にあうと、二度と行かないばかりか、知り合いのすべてにその情報を伝える。そうすると、その店に行く人はすぐにいなくなる。そのサイクルを何代にもわたってやってきていると、まずい店は存在を許されないし、おいしい店もますますの努力をするようになる。

厳しい目、肥えた舌、伝達能力の高い口、そして、シンプルな行動が、あの食い倒れ文化を創ってきたのだろうか。おいしいものが食べたいという欲求の強さが、このような文化を創ったのだろうか。

つまらぬ「思い込み」が壊れていくのはなんと気持ちがいいことだろう。

11月11日は、カレーうどんのmy常識が打ち破られた記念すべき日。大阪の食文化とその担い手の方々に感謝。これからもいっそうおいしいものを生み出して育てていっていただきたいものだ。

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ベルギー王立美術館展

11月3日は文化の日。
やはり、これは文化に親しまねばと思い、国立西洋美術館へ。

心に痛みがあるときは、美しいものや自然に親しむのが何よりのクスリ。あの重い本を読んだ痛みは胸の中にずっとある。痛みは胸でなく腹で受け止めるべしと聞いたことがあるが、どうやれば可能なのだろう。

それはともかく、ベルギー王立美術館展へ。
久々に自転車に乗る。快適。
いつも、心は自由だ。悲しみに出会っても、痛みを抱えていても、楽しくなろうと思えばなれる。

6月に「ベルギー近代の美」という美術展を千葉県の佐倉市立美術館で見たときに、予告があったのを思い出した。あのとき、まだまだ先だと思っていたが、あっというまに数ヶ月がたったらしい。

お天気もよくて、上野はたいそうな人出。

展覧会は、400年にわたるベルギーの絵画を順序良く見られる構成になっている。説明用イヤホンも借りたので、歴史もいっしょにお勉強ができる。

イタリアも絵画は盛んだったが、ほとんどがフレスコ画だったという。フランドル地方で初めて「可動性のある絵」が生まれたのだそうだ。油絵もここが発祥の地だという。

イカロスの墜落」(ブリューゲル父の作品といわれているが、不明)という作品。

一見すると、のどかな海岸の村の何気ない描写のように見える。海には船が、陸では人が普通に歩いていたり、作業をしたりしている。
しかし、よく見ると、イカロスが海で溺れている。

イカロスは、父ダイダロスとともに幽閉されていた塔から、父が鳥の羽を集めて作った翼で逃げ出す。「翼をくっつけてある蝋がとけてしまうから、あまり高く飛んではいけないよ」という父の忠告を忘れたために、海にまっさかさまに落ちてしまう。

そして、この絵では、じたばたしている足だけが小さく描かれている。一人の悲劇は、全体の中ではちっぽけなものだということなのだろうか。あるいは、イカロス神話のメッセージを伝えようとしているのだろうか。解釈はいかようにでもできるが、解釈など忘れて、ぼんやりとこの絵とともにいると、不思議な感じがしてくる。芸術作品は解釈するものでなく、ともにいるもの、と思う。お金持ちが芸術作品を収集したくなる気持ちがほんの少しだけわかる気がする。

今回、心に残ったのは、貧しいバイオリンひきの青年の肖像画。ルイ・ガレの「芸術と自由」という作品。ガレ自身が貧しさの中から才能を開花させたそうだ。
「ボロは着ていても心は錦」という言葉があるが、その目の強い光は、見る者に力を与えてくれる。200年近く前に描かれた絵が発するエネルギーに驚嘆。

ルネ・マグリットの「光の帝国」は、建物は夜なのに空は昼という不可思議な情景を描いている。
けれど、美術館の外に出たら、それに近い情景があった。

夕暮れ時。美術館は影になって暗く、空はまだ青い。
シュールレアレスムは、現実を超越するのかもしれないが、ナノ秒の単位でみると、現実もけっこうすごいことを行っているのかもしれない。

マグリットカレンダーを購入。1800円也。
しかし、日本の祭日の記入はなし。2007年は「祭日など超越して」暮らせ、ということかもしれない。


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