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ベルギー王立美術館展

11月3日は文化の日。
やはり、これは文化に親しまねばと思い、国立西洋美術館へ。

心に痛みがあるときは、美しいものや自然に親しむのが何よりのクスリ。あの重い本を読んだ痛みは胸の中にずっとある。痛みは胸でなく腹で受け止めるべしと聞いたことがあるが、どうやれば可能なのだろう。

それはともかく、ベルギー王立美術館展へ。
久々に自転車に乗る。快適。
いつも、心は自由だ。悲しみに出会っても、痛みを抱えていても、楽しくなろうと思えばなれる。

6月に「ベルギー近代の美」という美術展を千葉県の佐倉市立美術館で見たときに、予告があったのを思い出した。あのとき、まだまだ先だと思っていたが、あっというまに数ヶ月がたったらしい。

お天気もよくて、上野はたいそうな人出。

展覧会は、400年にわたるベルギーの絵画を順序良く見られる構成になっている。説明用イヤホンも借りたので、歴史もいっしょにお勉強ができる。

イタリアも絵画は盛んだったが、ほとんどがフレスコ画だったという。フランドル地方で初めて「可動性のある絵」が生まれたのだそうだ。油絵もここが発祥の地だという。

イカロスの墜落」(ブリューゲル父の作品といわれているが、不明)という作品。

一見すると、のどかな海岸の村の何気ない描写のように見える。海には船が、陸では人が普通に歩いていたり、作業をしたりしている。
しかし、よく見ると、イカロスが海で溺れている。

イカロスは、父ダイダロスとともに幽閉されていた塔から、父が鳥の羽を集めて作った翼で逃げ出す。「翼をくっつけてある蝋がとけてしまうから、あまり高く飛んではいけないよ」という父の忠告を忘れたために、海にまっさかさまに落ちてしまう。

そして、この絵では、じたばたしている足だけが小さく描かれている。一人の悲劇は、全体の中ではちっぽけなものだということなのだろうか。あるいは、イカロス神話のメッセージを伝えようとしているのだろうか。解釈はいかようにでもできるが、解釈など忘れて、ぼんやりとこの絵とともにいると、不思議な感じがしてくる。芸術作品は解釈するものでなく、ともにいるもの、と思う。お金持ちが芸術作品を収集したくなる気持ちがほんの少しだけわかる気がする。

今回、心に残ったのは、貧しいバイオリンひきの青年の肖像画。ルイ・ガレの「芸術と自由」という作品。ガレ自身が貧しさの中から才能を開花させたそうだ。
「ボロは着ていても心は錦」という言葉があるが、その目の強い光は、見る者に力を与えてくれる。200年近く前に描かれた絵が発するエネルギーに驚嘆。

ルネ・マグリットの「光の帝国」は、建物は夜なのに空は昼という不可思議な情景を描いている。
けれど、美術館の外に出たら、それに近い情景があった。

夕暮れ時。美術館は影になって暗く、空はまだ青い。
シュールレアレスムは、現実を超越するのかもしれないが、ナノ秒の単位でみると、現実もけっこうすごいことを行っているのかもしれない。

マグリットカレンダーを購入。1800円也。
しかし、日本の祭日の記入はなし。2007年は「祭日など超越して」暮らせ、ということかもしれない。


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