ケニアその9
1月25日
朝日をあびたキリマンジャロを見ながら、朝食。
10分で食べるようにと言われ、ささっと終える。そして、ゲームドライブへ出発。

この日は、「鳥」に命をかけたドライブとなった。鳥がいるととまってためつすがめつ観察。専門家がいっしょにいてくださるのは、実にありがたく、楽しいものだということを実感。なんと贅沢なツアーだろう。私はこんなふうに誰かのお役に立てることがあるかしらと我が身をふりかえる。もっとしっかり「好きなことに身を入れよう」と心に誓う。
ヒバリもいた。珍しくもないけれど、鳥ツアーなので、ちゃんと車はとまって、しっかり写真もとる。ヒバリのホバリングをこんなに間近でじっと見たことはないので、楽しい。
水辺でフラミンゴを発見。何羽いるのかわからないくらいにたくさんいる。
薄いピンク色がエレガント。

ゲームドライブでは、基本的に外を歩くのは禁止。なんといっても、ここは弱肉強食の掟に沿って動いている自然の中。こんなに足が遅く、牙もない動物はほかにはいないのだから、食べられても文句は言えない。
けれど、一箇所だけ、小高い丘を徒歩で登っていけるところがあって、気持ちよい散歩を楽しんだ。
素敵な景色を心行くまで楽しむ。世界に、こんなところがあるなんて。ここに来ることができたことに感謝。生きていることに感謝。そんな気持ちにさせてくれるこの場所に感謝。

昼食後、「マサイ族とウォーキング」ツアーに参加。
ゲームドライブは楽しいのだが、ずっと車に乗っているので、運動不足気味。大地を歩けるのが嬉しい。
マサイ族のガイドさんは、英語が上手。「何でも聞いてください」という。ケニアは小学校から英語教育をするので、学校に行きさえすれば英語ができるようになる。しかし、学費がかかるので、学校に行けない子供も多いそうだ。
「父が牛を持っていたので、学校にいけた。兄弟のうち、いけたのは二人だけ」と彼は言う。

おしゃべりしながら、草原を歩く。トゲトゲの草が痛かったりするのだが、ガイドさんは素足にサンダルなのに、スイスイと歩く。蟻塚でたちどまったり、薬になる木を教えてくれたり、楽しい散歩。
急に少し緊張感が走る。見える距離にゾウを発見したのだ。
「風上にいかないといけない」というので、みんな音をたてないように移動。なかなかエキサイティング。
このガイドさんは正直者。
「いつも、そんな服を着ているんですか?」
「いえ、仕事が終わったら、楽な服に着替えます」
この衣装は、お仕事用らしい。
結婚して一年という彼に、聞いてみた。
「こちらでは、何人も妻を持てると聞いたけど?」
「そうです」
「あなたも、何人も妻がほしい?」
「ええ、一人では足りないですね」
(こういうところに生まれたかったと思う方は多いのではないかと想像)
「でも、男と女の数を考えると、一人の男がたくさんの女性を妻にすると、あぶれる男が出てくるんじゃない?」
「いえ、別の村から妻はもらいますから、問題ありません」
(数はやっぱり合わないような気もしつつ・・・)
「ああ、そうなんですか」
昔、狩や戦争で戦う男は、死ぬ確率も高かっただろうから、一夫多妻制は合理的だったのかもしれない。現代はそういうこともなさそうなので、もしかするとあぶれている男も多いのかもしれない。と考えて、「弱いオスは、弱いオスだけで群れを作る」動物がいることを思い出し、ヒトもそうなったら、そんなふうに生きるのも智恵かもしれない、などと思い至る。
「キクユ族とマサイ族は結婚できるの?」という質問には
「ありえません」と断言。
「でも、ここではいっしょに働いているんでしょう?」
「これは仕事だからで、いっしょに住むということはありえません」
どうやら、地域によってはっきりと「住み分け」ができているらしい。そして、彼の常識では、たとえば国際結婚というのはありえないもの、のようであった。
動物たちは、共生しているのではない。助け合って暮らしているわけでもない。単に「住み分け」ているのではないだろうか。
ゾウはゾウ、キリンはキリン、ガゼルはガゼル、シマウマはシマウマ、インパラはインパラ。
ゾウの群れがいるところに、ガゼルはいないし、シマウマの群れがいるところにキリンはいない。
そういう世界観を持っていたら、マサイ族とキクユ族は、決して交わることはなく、住み分けるほうが自然だろう。
もしかすると、「異文化交流」というのは、自然の法則に逆らっているのではないだろうか。
平和に住み分けるのが、自然なのではないのだろうか。
いや、住み分けを超えて、さらに高い智恵に到達するためには、やはり交流が必要なのではないか。
人間だからこそできることがあるのではないだろうか。
いやしかし、それは人間の傲慢さなのではないだろうか。
いやいや、やはり、己を見るためには、群れの外に出なければならないのではないか。
でも、何のために?
行きつ戻りつ、そんなことをぼんやりと考える。
夜、食事の後で、ホテルの敷地内にあるヘミングウェイズバーへ。
「キリマンジャロの雪」を書いたアーネスト・ヘミングウェイにちなんだバーらしい。
バーテンもおらず、鍵もかかっているので、おしゃべりしながら、しばらく待つ。ややしばらくしてから、バーテンがやってくる。アンボセリなんとかというカクテルを頼む。オレンジジュースベースの味。
もう旅も終盤。明日はナイロビに行く予定なので、今日で、サファリとはお別れだ。広々とした景色ともお別れ。キリマンジャロともお別れ。
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Comments
気さくなガイドさんでよかったですね。
Posted by: Hiroshi Akatsuka | 2007.02.15 06:48 AM