アーサー・C・クラーク
アーサー・C・クラーク(Arthur C. Clarke)氏がなくなられた。
「2001年宇宙の旅」シリーズをはじめとして、多くの傑作を書いた方だ。
映画になった「2001年宇宙の旅」を初めて見たときは、子供だったので、たぶんよくわからなかったのだろうし、少し恐ろしかったような記憶がある。あの独特の雰囲気と音楽。大人になって再度見たときには、相当に衝撃を受け、かつ感動した。
氏は、想像力豊かなSF作家であるというだけでなく、静止衛星を使った衛星通信システムの考案者でもあった。
90歳ということなので、大往生されたといってもよいのだろうけれど、残念だ。
一度でもお会いできたら、どんなによかっただろうと思う方の一人だ。
同時代に生きていられたのに、直接お目にかかることはできなかった。
彼の想像力が描き出した世界に、私たちはまだ到達していない。
2001年はもう過ぎ去った過去になってしまったけれど、木星はおろか、かつては行けていた月にさえも行くのがおぼつかない。
お金がかかりすぎるとか、目に見えるリターンがないとか、いろいろなことが言われる。しかし、本当の理由は、そういうところにあるのではないような気がする。
「宇宙時代」というけれど、実は「地球にいたい」と思う人が大半なのではないだろうか。
以前、国際宇宙大学のサマーセッションで学生にアンケートをとったことがある。
そのとき、「火星ミッションに選ばれたら、行きますか」という質問をしたら、半分くらいしかYESをいわなかった。
宇宙に夢中のはずの人たちの中で、こういう結果が出たことに、私は驚きを感じたのだが、一般の人たちと違って、「火星ミッション」の何たるかがわかっているからこそ、そういう結果になったとも言える。一度行けば、何年も帰ってこられないとわかっていれば、恋人の顔がちらついたりもするだろう。
けれど、この結果は、現実をうつしているのではないだろうか。
宇宙旅行を夢見る人たちは、たぶん、地球に帰ってこられる旅行を考えておられるだろう。
たとえば、一生、地球に帰ってこられないような仕事があったら、志願する人は果たしているだろうか。
家族や友人と別れてもそれをやりたいという人は、いったいどれくらいいるだろうか。
それが少数なのであればあるほど、共感する人は少ない。
そういうプロジェクトは、たぶん長続きしない。
けれど、その一方で、共感されることばかり、一般受けすることばかりを追い求めていくのも、いかがなものかと思う。収束していくその先にあるものはいったい何なのか。
クラーク氏の名作「幼年期の終わり」のラストシーンのような地球になってしまっては、ちょっと悲しい。
彼が遺してくれた多くの刺激的なアイディアを、本を通して受け取ることのできる幸せに感謝したい。
ご冥福をお祈りします。
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Comments
コメントありがとうございます。
今日は、もう少しお若い方の突然の訃報に接し、何かを感じているところです。
ここに来るのも、ここから離れるのも、何か意味があるのでしょうね。。。。
Posted by: Rei Kawashima | 2008.03.21 06:22 PM
「2001年宇宙の旅」を初めて見たときの感動は、忘れられません。
ご冥福をお祈りします。
Posted by: 赤塚 洋 | 2008.03.20 08:24 AM