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プライシー

PRICI 
プライシーと読む。

先日、お目にかかった方の造語。
相当に豪華なご自宅におうかがいして、お話をうかがう。
この方は、とてもユニークで、たいへん愉快で前向きで建設的なミーティングだった。 

PRICIは何の略かというと

"Perfectly Right, Completely Irrelevant" 

なのだそうだ。

部分的には最適な解であっても、全体的にみると最適ではないことがよくある。
そして、どこまでを「全体」とみるかによって、解は変わってくる。

人は、たいていの場合、「正しい」と思うことをする。
「正しくない」と感じる場合には、「正しい」と思えるように、いろいろと理由づけをする。

飲みすぎの人が、「酒造会社に貢献している、経済の活性化に貢献している」と言い張るようなもので、理由というのはいくらでもどこからでもひっぱってくることはできる。

自分が「正しい」と思っているのは、どこの「全体」にとってなのか。
「全体の利益」というとき、その「全体」は、「会社全体」だったり「国全体」だったり、「一部署全体」だったりする。

また、その「正しいこと」は、自分の良心にひとすじの恥じるところもないかどうか。

見極めるのは難しいようにみえて、意外に簡単だ。

「世界中に向かって、それを言えるかどうか」

まわりを変えるのは難しくても、自分は変えられる。
自分を変えるのは一瞬でできる。

元に戻ってしまったとしても、気づけばまた一瞬で変えられる。
古い考えるパターンや習慣は変えにくいけれど、気づいていれば、変えられる。
意識が変われば、行動も変わる。
ノーという勇気も出てくるし、自分に必要でないものは自然に遠ざかっていく。

「世界中に向かって言えるようなこと」をしていきたいものだ。

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Comments

コメント、ありがとうございます。
何がどこまで全体なのかということはさておいて、「人類全体を愛する」ことと、「隣人を愛する」ことのいずれが本当に難しいかを考えると、たぶん後者のほうですよね。それが意味することが何なのか、ゆっくり考えてみたいと思う今日このごろです。

Posted by: Rei Kawashima | 2008.05.17 at 09:45 PM

何を全体と見るかによって、解を大きく変わります。
今、世界中で起こっている紛争も、結局はこの問題に起因すると思います。
キリスト教徒やイスラム教徒は、
それぞれの神を絶対的なすべてだとみるので、
互いに相手に激しく対立します。
私自身は、宇宙全体を、全体だと思いたいです。

Posted by: Hiroshi Akatsuka | 2008.05.16 at 08:11 PM

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