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祝!キューブサット5周年

2003年6月30日。
日本の大学生が作った小さな衛星、キューブサットがロシアのプレセツクから宇宙へ打ち上げられた。

あれから5年。
いまでも、そのときに打ち上げられたキューブサットXI-IV(東大)とCute-I(東工大)は、元気に地球を回っている。

1歳の誕生日を迎えることだって夢のような話だったのに、5歳の誕生日をお祝いすることができるなんて、素晴らしすぎて、何も言えない。。。

しかし、キューブサット開発の初代メンバーの一人で、今は中須賀研究室の助教(少し前まで助手といっていたが、今は、助手→助教、助教授→準教授と呼び名が変わっている)として活躍中の酒匂氏によると、

「2003年6月30日に打ち上げたから、2008年6月30日に5周年があるのではない。2008年6月30日のこの日があるから、2003年6月30日の打ち上げがあったのだ」そうだ。

Star
本日、東大中須賀研究室では、巨大なケーキでお祝い。
果物たっぷりで、とてもおいしくいただいた。

毎年、ケーキを用意するのは、酒匂さん。
星型のプレートには、東工大のCute-I の名もいっしょに書いてもらった。
大切なライバルであり、仲間でもある。
彼らがいたからこそ、前へ進むことができた。

Cake
大きなケーキの横に10センチ角(まさしくキューブサットサイズ)のチョコレートケーキ。
これは、やはり初代開発メンバーの一人で、衛星メーカーで数年仕事をした後に退職して大学に戻り、博士号を取得し、明日から東大岩崎研究室で助教となる宮村典秀さんのために用意されたもの。リボンが結んであるように見えるのは、実は全部チョコレートで作ってある。

宮村さんは、お子さんも生まれて、ハッピーづくし。
人生には、いろんなときがあるけれど、幸せなときは、素直に幸せを感じるといい。

梅雨時とは思えない青空が広がった午後だった。
天からの祝福をいただいた、と勝手に解釈しよう。

5年前の今頃、ドキドキしながら、たくさんの方たちといっしょに研究室にいたことを思い出す。

あれから5年。
この5年の間に、研究室の顔ぶれは大きく変わった。
(現在のメンバーはこちら
UNISECの学生さんは、ほとんど全員変わった。

これからの5年はどうなるのだろう。
本当に楽しみだ。

何はともあれ、キューブサット5歳の誕生日、おめでとうございます!

Cake1
ちなみに、これは、一人当たりのケーキの量です。
ちょっと食べすぎ。。。この研究室にそういう語彙はありませんが、、、、

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酵素玄米VS焼肉

本日、酵素玄米ランチを事務所で楽しむ。
ミーティングを兼ねて、集まっていただいた方々に、特製「長岡式酵素玄米オニギリ」をふるまう。
このオニギリは、普通のオニギリと違って、かなりおなかにずっしりときて、なかなかおなかがすかない。
おかずは、9対1という教えにはあまり従わず、いろいろと作ってしまった。
切り干し大根の煮物、かつおぶしとねぎをたっぷりと散らした冷奴、ポテトサラダにおつけもの。

ほぼ完璧な「玄米菜食」。
(ポテトサラダにツナ缶を入れてしまったので、完璧ではない)

皆さんの健康管理に少しは貢献したかしらと思いつつ、その後移動して、某社とミーティング。
とても有意義で生産的で前向きなミーティングだった。
こういうのは、本当に精神的に元気になる。
もう少しでプレスリリースが出るので、出たら公表したい。

そして、、、夜になり、いっしょに食事でもということで、ミーティングに出ていた方々全員で焼肉屋さんへ。
某先生といっしょだと、必ず焼肉屋さんになる。

焼肉を食べるのは、何ヶ月かぶり。
5月に酵素玄米食を始めてから、ほぼ三食、これを食べ続けている。

人の細胞は120日で全部入れ替わるのだそうだ。とすると、4ヵ月後には酵素玄米が功を奏した体になっているに違いない。

講習会で、先生が「続けるためには、1週間に一度、食べたいものを食べなさい」とおっしゃっておられた。
確かに、このご飯はおいしいし、体はこれで十分なのだということはわかっているのだが、かつていろいろなものを食べていた記憶を消せない頭は、いろいろほしがる。

冷麺が食べたいなーなどと思っていた矢先のことだった。
おいしいものが食べたいなーとちょうど思っていた。

そういうわけで、焼肉もしっかりいただき、冷麺もいただいた。
その焼肉屋さんは、たいそうよいお肉を使っておられるようで、とてもおいしかった。

。。。しかし、なぜか映画「マトリックス」の一場面を思い出してしまった。

裏切り者の男が、むしゃむしゃと肉を食べている場面。
すべてはただのインプットされた情報だということを知りつつも、肉を貪り、ワインを飲む彼の姿は、なぜかとても印象に残っている。

牛肉を作るために、どれだけの資源が使われているのかを考えると、食糧危機が叫ばれている昨今、少しでも環境に対する意識があれば、「お肉、大好き」などと言うのは、ばかられる。

洞爺湖サミットで、各国のエライ方が集まったときのお食事はどんなものが供されるのだろう。
玄米菜食だったりしたら、ほめてあげたいと思うけれど、豪華食事で、しかもほとんど残されて廃棄、などということだったら、ちょっとがっかり。

環境問題を論じるなら、まずは自分の生活の見直しをしたい。
ごみ問題を論じるなら、まずは自分の家の掃除をしたい。
食糧危機とか食料自給率を憂えるなら、まずは自分の食生活を考えたい。

高所から論じてくださる方は、けっこうたくさんいらっしゃるようなので、私は自分の足元から考えたい。

酵素玄米は、健康的にも、環境的にも、食料自給の観点からも、焼肉よりいいと思う。
けれど、焼肉はおいしいので食べたい。

この小さな葛藤をどう解決するかが、大きな問題の解決のヒントになるかもしれない、などと思う。

いつもヒントは身の回りにありそうだ。


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山梨の星

山梨県立科学館でお会いした、素敵な方のご紹介をしたい。

高橋真理子さん。
なんともパワフルな方である。
(写真は、お仕事中のところを無断で撮影したものです)

Marikosan
まず、そのプライベート生活がすごい。
結婚生活11年の間、研究者のご夫君と一緒に暮らしたのは1年3ヶ月しかないのだそうだ。
お子さんが2人いらっしゃる。産休と育休のときだけ一緒に暮らせたそうだが、「仕事をやめる」とか「仕事を変わる」という選択肢はどうやらありえなかった模様。

名古屋大でオーロラの研究をしておられて、博士課程の3年生のときに、科学館の就職を探して、たまたま創立準備中だった山梨にご縁があった。創立から関わって、現在にいたる。

研究職と今の仕事を比べると、「出会える人種が違う」ので、今の仕事が気に入っているそうだ。
この仕事に出会えてよかったという笑顔はホンモノ、に見えた。

プラネタリウムという場があるからこそ、できるいろいろなことがあるのだそうだ。
そこではコミュニケーションのやり方が違ってくる。

暗闇が作れて、丸い場所で、星を映せて、音楽も映像も自在に使える。

「星の元では、思考の位相が違ってくるように思います」

誰もが、心の中に「星」を持っている。
天文の知識があろうがなかろうが、星を語らせれば、誰もがすばらしい語り部になる。
ということで、4年前から「星の語り部」という市民グループが科学館で活動している。

彼らの存在が、彼女の行う企画に大きな影響を与えているという。
戦場に輝くベガ~約束の星を見上げて」という作品も、大きなきっかけの一つに、星の語り部の作品があったそうだ。山梨の上映後、徳島、東京都中央区と続
き、今夏には福島で上映されるそうだ。

「星の語り部」のメンバーには、視覚障害者の方もいらっしゃるのだそうだ。
プラネタリウムで見えない人には、何を伝えられるのか。

それで、星の話をする。
「いままで、こんなふうに自分に星の話をしてくれたことはなかった」というその方の人生観は、星を知ることで、宇宙の存在を知ることで、変わったかもしれない。

高橋さんからは、山梨ならでは、山梨だからこそ、という気迫が伝わってくる。
山梨出身ではないけれど、今自分がいるところをとても大切に想っておられる様子。その気迫が、仕事ぶりにはっきりと表れている。

山梨県立科学館のプラネタリウム番組はオリジナル作品が多い。
この少ないスタッフでどうやって作っているのかと思ったけれど、こういう人がいるからできるのだと思った。

平原綾香さんが歌う「星つむぎの歌」は、JAXAの宇宙連詩プロジェクトにヒントをもらって、山梨独自で展開した結果、生まれたと聞いていたが、その陰には、やっぱりこういう敏腕プロデューサーがいた。

この夏休みには、開館10周年記念として、「プラネタリウム・セレクション~山梨の宝石箱」を企画している。これまでの作品から選りすぐったものを週代わりで投影するそうだ。

お勧め作品を聞くと、「オーロラストーリー」(7月26日から8月1日まで)と「戦場に輝くベガ」(8月9日から15日まで)かなあと言いながら、こんなふうに語ってくれた。

「オーロラは、自身の当時の最大の渾身作であることには変わりはないし、今でも見るとほんとに青春時代(笑)を思い出すのですが、今になってみると、やはり番組としての完成度はまだまだだったなあ、と思います。
他の、『星と話す人々』、『最強宇宙線のなぞ』、『星月夜』、『光がはじまる』を振り返ってみると、それなりの自身の進化過程が見えます。特にお勧めというと、うーむ、どれを選びますかねえ。相手によって勧めるものが違う、というのが本音です」

これまでの彼女の作品は、こちらで見られる。

山梨では、「星が住める空」を目指して、ライトダウン甲府バレープロジェクトも1999年から行っている。お店やホテルや会社など、とても協力的なのだそうだ。山梨にきらりと輝く星は、どうやらけっこうたくさんありそうだ。

高橋真理子さんをはじめとする、科学館の素敵なスタッフの皆さんの、これからのますますのご活躍を祈念したい。

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プラネタリウムという場

山梨県立科学館へ行ってきた。
結論からいうと、「行ってよかったー!」である。

歩いて行くという無謀なことはせず、甲府駅からバスに乗ることにしたのはよいけれど、乗客は私一人。。。。
なんだか申し訳ないような気持ちがしつつ、急斜面をバスで登る。(確かに急な斜面であった。。。徒歩で登るのはメタボ対策にはよさそうなので、今度余裕があって天気がよいときにやってみよう)

キューブサット物語のプラネタリウム版は、すばらしかった。
みなさんに見てほしいと、心から思った。

少なくとも、キューブサット関係者の皆さんは絶対に見るべき、と思った。
7月13日までの投影だそうなので、ぜひぜひいらしてください。

今回は、アマチュア無線家の岩下さん(わざわざ山梨までいらしてくださったそうだ)にお会いしたり、静岡から来たというグループの皆さんや、甲府工業高校の先生、キューブサットを作りたいという山梨大学の女子学生など、楽しい出会いがたくさんあった。

科学館のスタッフがまたすばらしい。
山梨の科学館には何か不思議な力があると思っていたが、たぶんスタッフに恵まれているのだろう。
このあたりは、いろいろお話をうかがったので、後ほど、ご本人の了承を得てからご紹介したい。

プラネタリウム番組の話に戻るが、最後の場面がとてもいい。

東工大の研究室(にしつらえた地上局)で、ファーストボイスを受信したときの喜びの様子。
松永先生が飛び上がらんばかり。
全員がこれ以上はないだろうというような嬉しそうな顔をしている。

そして、その場面の後に、地球を背景に二つの小さなキューブサットが、飛んでいる場面がくる。

それを見ていると、この5年間、休みなく飛んで、ずっと電波を送ってきている小さな衛星くんたちの働きに拍手を送りたくなる。

あのとき、Cute-Iにカメラは載っていなかったから、写真はとれなかった。
5年たった今、Cute1.7はこんなにすばらしい写真をとっている。

プラネタリウムという「媒体」は、実はすばらしい場のように思う。
映画よりももっと向こうから近寄ってくるように思う臨場感がある。
そして、丸い天井、丸い会場がかもし出すなんともいえない安心感がある。
そのすばらしい場に、キューブサットがつないでくれたご縁で、私もうかがうことができた。

世の中のご縁の不思議さ、出会いのすばらしさに、あらためて感謝。
みなさん、ありがとう!

Unisectshirts
科学館では、なんと、キューブサットTシャツを、こんなふうに展示してくださっていた。
嬉し恥ずかし、、、。

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山梨県立科学館へ

明日(6月21日)、甲府へ行く予定。

山梨県立科学館で行われる「星空トークショー」とキューブサット物語のプラネタリウムを見に行くことにした。

トークショーは、「キューブサット物語」の登場人物、というよりは、キューブサットの初代開発者の一人、永島隆さんがお話をしてくださるそうだ。

夜なので、東京に戻れるかと思ったが、9時過ぎのスーパーあずさに乗れば、新宿に22時37分に着くようなので、問題なさそう。


早めの午後に行って、科学館の展示などいろいろ楽しませていただいて、などと考えている。。。が、余計なストレスはかけずにのんびりいくことにしよう。

お時間とご興味のある方がいらっしゃいましたら、ぜひ、山梨県立科学館にいらしてください。
現地でお会いしましょう。

※プラネタリウムの詳細は山梨県立科学館のHPをご覧ください。
http://www.kagakukan.pref.yamanashi.jp/cms/event.php?id=250

また、キューブサット物語の編集者、今村さんのブログで、とてもよくわかる内容紹介があるので、こちらもご参照ください。
(見ると聞くとはたぶん違うので、ぜひ、自分の目で見たいところです)


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ラストボイス

Ajisai
HITSAT のラストボイス。

本日13時13分に、北海道工業大学の地上管制局でCW受信。
HITSATの声はこちらで聞ける。やや弱々しいような気もするけれど、なかなかいい声。

14時40分のパスでは、本家の管制局では受信できなかった模様だが、アマチュア無線家の方は一部を受信したらしい。いつもながら、アマチュア無線家の皆様の実力と根性には脱帽。

好きでやる人たち、意気に感じてやってやろうという人たちの力を結集できると、相当にすごいことができると思う。

UNISECの学生さんたちは、誰に強制されているのでもなく、手伝う大人たちも誰に命令されているのでもなく、喜んでやっている(ように見える)。

喜びがなくなるほどに疲れたときは、休むといい。
喜びを感じられなくなったら、やめてみるといい。
やめてみると、自分にとっての意味がおぼろげにわかってくる。

日本初の大学衛星(東大XI-IV、東工大Cute-1)が打ちあがったのが2003年6月30日。
もうじき5年。投入軌道がよかったせいもあって、いまだに元気。

当時の関係者たちは、すでに、あちこちでプロとして活躍中。
みなさん、会うたびに立派になって、いつも嬉しい驚きをくださる。
卒業生の活躍のおかげで、大学の宇宙プロジェクトはけっこういいかもしれないという評判ができつつある。

5年の間に、7基の大学衛星が軌道投入に成功している。
そして、これから、もっといろいろなプロジェクトが立ち上がろうとしている。

宇宙基本法が制定されて、新しい宇宙大臣(正式名ではないが)も誕生した。
日本の宇宙開発もこれから大きく変わっていくのかもしれない。

本質的な価値を持つものは、語らずとも価値がある。
言葉でデコレーションしなくても、価値があるものは、それ自体で光る。

そして、何事でも、誰でも、何でも、「ラストボイス」のときはやってくる。

衛星は、物理的存在としては、なくなったら新しいのを打ち上げればいいと思われるかもしれないが、自分が全身全霊をかけて関わった衛星は特別な存在。その人にとっては、ずっととっておきたい永久欠番として記憶に残るのではないだろうか。それは、中途半端に関わった人や、外から見ていた人には、たぶん決してわからない気持ちだろうと思う。

HITSATのラストボイス
最後の声を聞くと、何かを感じ取れるかもしれない。
ぜひ、聞いてみてほしい。

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HITSAT、大気圏へ

HITSATは、明日、大気圏に突入して、その命を終えるらしい。北海道工業大学の佐鳥先生からメールを頂いた。

2006年9月23日にM-V型ロケット7号機のサブペイロードとして打ち上げました北海道 初の超小型人工衛星HIT-SATは、明日18日(水)夜に大気圏に突入することがほぼ確 実となりましたのでお知らせします。

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SpaceTrack予測: 2008-06-18 09:32:00 GMT +/- 24 Hours
         = 2008-06-18 18:32:00 JST
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HITSAT関係者の皆さんは、どんなお気持ちなのだろう。
日本の大学衛星では、初めてのこと。
大気圏突入ということは、この小ささであれば、ほぼ燃え尽きてなくなるということを意味する。
デブリにならない模範的な衛星とも言えるけれど、いつもいたものがなくなってしまうのは、やはり「喪失感」を伴うのだろうか。

機会があれば、うかがってみたい。

私はといえば、今は、父のこともあって、センチメンタルな気持ちがいっぱいなので、やはりそういうふうに思えてしまう。「命には限りがあるのだなあ」というような。

想いをこめて作ったものには、命が宿るような気がする。
そういう意味では、衛星には確かに命が宿っているように思えてならない。

運用の手間がなくなって、楽になるという考え方もできるけれど、「入院患者の家族」から「遺族」になった経験からすれば、単純にそういうものでもなさそうだ。

手をかけた人ほど、想いが強かった人ほど、寂しさは大きいと思う。
けれど、なくしたものを嘆くよりは、そこにできた大きな空っぽのところに、もっといいものが入ってくるのを楽しみに待ったほうがいい。

各地で、どんどん衛星ができつつあって、今年の末か来年には、香川や仙台生まれの衛星が打ちあがる予定。

北海道の次の衛星は、どんな衛星になるのだろう。
楽しみに待ちたいと思う。

最後のCW受信。。。。うんと楽しめますように、お祈りしています。


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UNISECスタッフ募集

UNISECのスタッフをまたまた募集することになった。
初代の方は、結婚・転居、次の方は卒業・就職、その次の方はオメデタで、今の方はご主人の転勤。
いずれも、前向きな理由なので、おめでとうと言ってあげられるのは嬉しい。

UNISECで仕事をするのは、密度の濃い、楽しい時間になると思う。
学生さんも先生たちも、サポートしてくださる会員の方も、不思議なほどに素敵な方が多い。
人に恵まれた幸せな組織をさらに盛り上げてくださる「縁の下の力持ち」的な方が来てくれるといい。

続きに、募集要項を載せておくので、もし、どなたかお心当たりの方がいらっしゃいましたら、転送してさしあげてください。(もちろん、自薦も歓迎いたします)

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足るを知る

後になって疲れが出るとは聞いていたけれど、確かにそのとおり。
気を張っていたので何とかもっていたけれど、一段落すると、どっと疲れが出るらしい。

1ヶ月間の看病生活と、容態が急変してからの1週間。
ずっと心に重いものがのしかかっていた。
今は、それが鈍い痛みに変わっている。
時間がたてば、この痛みは癒えていくのだろうか。

少しずつノーマルな生活に戻りつつ、こればかりは自分がその立場になってみないとわからないことだなあと実感。これまで、本当にはわかっていなかったことが、少しはわかったような気がする。

たくさん弔電を頂いた。
会社の同期入社(昭和29年入社)の方からの弔電を読むと、泣けてくる。
父は多くの方に支えられ、愛されて、生きてきたのだなあと思う。

突然の訃報に接し、北海道の赤平から始まる五十年余に亘る数々の思い出が、一挙に噴き出して、胸が張り裂けるような思いがする。今年もまた、住友会館で会えることを楽しみにしていたのに、残念で堪らない。旧石炭の仲間では、もっとも真面目であった君が、我々を措いて天国に旅立ってしまうとはなあ。運命とはいえ、泣けてしょうがないよ。

お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

この方は、入社してすぐに、「自分は社長になる」とのたまったのだそうだ。
それを聞いて、父は「そうか、じゃあ、僕は重役になる」と言ったらしい。
その方は、別会社に移り、父はそのまま残ったが、言葉のとおりになった。

父は、意思が強くて、決めたことはきっちりとやっていく人だったが、人を押しのけたり競争したりすることのない人だった。すぐに人に譲ってしまうし、困っている人がいると助けてしまう。サービス精神にあふれていて、誰でも家に連れてきて、もてなした。

「足るを知る」という言葉がある。

環境問題の根底にあるのが、人間の「もっともっと」という価値観だとすれば、この価値観は相当にインパクトのあるものだと思っていた。「足るを知る」のは大切なことに違いないと常々思っていた。

今、その言葉が悲しみや痛みに落ち込んでいきそうなところから救ってくれる。

ああすればよかった、こうすればよかったという悔いも、あと一日でも一週間でも、もっといっしょにいたかったという気持ちも、すべては「足るを知ろう」と決意すれば、消えていく。

父からは、もう十分すぎるほどのものを頂いた。
彼がいなければ私は存在しなかった。
これ以上、何を望むことがあるだろうか。

「吾唯知足(われただたるをしる」は、意外なところで、効力を発揮する魔法の言葉なのかもしれない。

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誠道

お通夜と告別式は無事に終了。
葬儀会社の仕切りは本当に上手で、死化粧(おかげさまで、いい男になっていた)から親族記念撮影から、もちろん当日の式の司会から、ほぼ完璧にこなしてくださる。

二日間とも、兄の会社の方々に、受付などのお手伝いをいただいた。
非の打ち所のない対応で、感謝。

お通夜はたくさんの方にいらしていただいて、にぎやかだった。
当初、椅子が多すぎるのではないかと思ったけれど、あっという間にうまり、追加で椅子を出していただき、それでも入りきれずにロビーでお待ちいただいたりしてしまった。数を読むのは難しい。

お清めは、しんみりとしたり、大笑いしたりで、父も喜んでくれただろうと思うような、いい会になった

なかなか素敵な戒名をつけていただいた。
見た瞬間に、「あ、これ、好き」と直感的に思うような名前。
父にぴったりだと思うような名前。事前に、電話でどんな人だったかを聞かれて、名前を選んでくださる。

  「叡岳院光勇誠道居士」

光勇の部分が、「一休」さんの「一休」にあたる部分で、現世での姿を表し、誠道の部分が、本来の戒名を表す部分で、「空海」とか「最澄」にあたるのだそうだ。「叡岳院」というのは、心のお寺の名前なのだそうだ。

一日にして、ずいぶんと物知りになったような気分。

父の大学時代の山岳部のお友達が、いい戒名だといってくださった。

これからは、「誠道」さんとして生きる(?)父の、新しい旅立ちがうまくいくように、サポートしたい。
それには、後顧の憂いがないように、こっちは大丈夫、といえるようになることが一番。

悲しみは悲しみとしてあってよい。
けれど、その中にも喜びがあってもいいし、その外にあってもいい。

誠の道を歩む父に恥じない生き方をしたい、と思う。


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仮通夜

父と最後の「一つ屋根の下」の夜。

世の中の動きとは全く無関係に、個人的激動の日々。
でも、おかげで「わかりあえるかもしれない人たち」が急激に増加した。
どんな悲しいことがあっても、その裏にはきっと何かしら、いいことがある。

親の最期を看取れなかった人の悲しさも、最期を共に過ごせた人の悲しさも、悲しさの根っこにあるところは同じ。

遺影の写真を決めたり、訃報を送ったり、父の友人知人へ連絡したり、お花や料理を決めたり、することは山のようにある。1ヶ月も入院していて、容態の急変はありうるとは聞いていても、実際になってみると、何をどうしていいかわからない。というより、そういう事態が起こること、そのとき何をどうするかということを考えたくなかったのだと思う。

それでいい、と思う。
てきぱきとこなすのは、葬儀社の方々だけでいい。
家族は、ばたばたしながら、時を過ごすのがいい。

父の友人に電話すると、電話を通して、先方の悲しみが伝わってくる。
初めて声を交わす方と、こんな悲しい話をしなければならないのはつらいけれど、同じ気持ちを共有できる方がいてくださるのは心強い。

今晩はお通夜。
もう一晩だけ、父といっしょに過ごせる。

父は陽気で楽しい人だった。
最後の夜は、うんと楽しく過ごせるといい。

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Precious Time

昨日、容態が急変して、危篤状態になった父は、今朝、息をひきとった。
ぎりぎりのところで間に合わなかったのだけれど、昨日はずっといっしょにいられたのでよかった。

こういうときは、悲しいときではあるけれど、神様が下さるPrecious Timeだと思う。
こんなにいろいろな感情が出てくることはめったにないことだから。。。
こういうときのコミュニケーションはすばらしい。
亡くなった人が取り持ってくれる縁とでもいったらよいだろうか。

今は自宅に戻ってきて、安らかな顔で眠っている。
会員制の葬儀サービスに入っていたので、ご担当者の方がかけつけてくださって、いろいろな段取りはささっと決まっていく。親戚縁者はみんな遠方に住んでいる核家族ゆえの葬儀の常識のなさを補って、いろいろな決まりごとを教えてくださる。明日の朝はご飯をたいて、お茶碗にこんもりと盛って、お箸をつきたて、上新粉でお団子を6個作るのだそうだ。こういうサービスはありがたい。


訃報を続きに載せておきます。必要な方だけ、ごらんください。

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