足るを知る
後になって疲れが出るとは聞いていたけれど、確かにそのとおり。
気を張っていたので何とかもっていたけれど、一段落すると、どっと疲れが出るらしい。
1ヶ月間の看病生活と、容態が急変してからの1週間。
ずっと心に重いものがのしかかっていた。
今は、それが鈍い痛みに変わっている。
時間がたてば、この痛みは癒えていくのだろうか。
少しずつノーマルな生活に戻りつつ、こればかりは自分がその立場になってみないとわからないことだなあと実感。これまで、本当にはわかっていなかったことが、少しはわかったような気がする。
たくさん弔電を頂いた。
会社の同期入社(昭和29年入社)の方からの弔電を読むと、泣けてくる。
父は多くの方に支えられ、愛されて、生きてきたのだなあと思う。
突然の訃報に接し、北海道の赤平から始まる五十年余に亘る数々の思い出が、一挙に噴き出して、胸が張り裂けるような思いがする。今年もまた、住友会館で会えることを楽しみにしていたのに、残念で堪らない。旧石炭の仲間では、もっとも真面目であった君が、我々を措いて天国に旅立ってしまうとはなあ。運命とはいえ、泣けてしょうがないよ。お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
この方は、入社してすぐに、「自分は社長になる」とのたまったのだそうだ。
それを聞いて、父は「そうか、じゃあ、僕は重役になる」と言ったらしい。
その方は、別会社に移り、父はそのまま残ったが、言葉のとおりになった。
父は、意思が強くて、決めたことはきっちりとやっていく人だったが、人を押しのけたり競争したりすることのない人だった。すぐに人に譲ってしまうし、困っている人がいると助けてしまう。サービス精神にあふれていて、誰でも家に連れてきて、もてなした。
「足るを知る」という言葉がある。
環境問題の根底にあるのが、人間の「もっともっと」という価値観だとすれば、この価値観は相当にインパクトのあるものだと思っていた。「足るを知る」のは大切なことに違いないと常々思っていた。
今、その言葉が悲しみや痛みに落ち込んでいきそうなところから救ってくれる。
ああすればよかった、こうすればよかったという悔いも、あと一日でも一週間でも、もっといっしょにいたかったという気持ちも、すべては「足るを知ろう」と決意すれば、消えていく。
父からは、もう十分すぎるほどのものを頂いた。
彼がいなければ私は存在しなかった。
これ以上、何を望むことがあるだろうか。
「吾唯知足(われただたるをしる」は、意外なところで、効力を発揮する魔法の言葉なのかもしれない。
« 誠道 | Main | UNISECスタッフ募集 »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- 母の言葉(2016.01.21)
- いつか、誰かのために(2012.05.21)
The comments to this entry are closed.


Comments
みんな(=自分以外)がどうであるということより、自分がそうできるかどうかのほうが大切なような気がします。何であれ、それを実践したときに、すーっと気持ちが軽くなる「気持ちよい経験」があれば、そうするのはそれほど難しいことではないかもしれません。苦しいのは、自分の中に「もっともっと」(たとえば、もっとほしい、もっとこうであるべき、など)があるからなのかもしれません。
私自身は煩悩のかたまりなので、えらそうなことはまったく言えないのですが、父のことに関しては、「足るを知ろう」と思ったら、とても楽になったので、この経験を他のことにも生かせるかな、と思い始めています。
Posted by: Rei | 2008.06.12 09:25 PM
吾唯知足、みんながそれを実践でればいいのですが。
Posted by: 赤塚 洋 | 2008.06.12 07:50 PM