塩をまく
お客様がお帰りになってから、玄関に塩をまいたことがある。
なんてひどいこと、失礼なこと、と言う人があるかもしれない。
実は私自身もちょっとひどいかな、別に悪い人でも悪いことをしたわけでもないのに、と思いながらまいた。
だから、ちょっと後味が悪かった。でも、まかずにはいられなかった。
悪いことはしていなくても、その人なりに善意で動いていても、「なにか悪いエネルギー」あるいは「影響を受けたくないミーム」を感じてしまったのだ。
人(あるいは会社、国などなんでも)のことを、前向きに褒めて言うと、気持ちがよくなる。
「ポジティブな面に目をむけていると、ポジティブになる」といろいろな本に書いてあったりもする。
逆に、悪く言うと、気持ちがネガティブになる。だから、よい面に目をむけることで、自分が出しているエネルギーが変わり、よいものをひきつけるようになる。
これが正しいときもあるだろうけれど、いつもそれがよい結果につながっていくかどうかは疑問である。
ある行動がいつも同じ結果を招来するとは限るまい。
なんとなくいやだなとどこかで思いながら、「いや、アノ人はいい人なんだ」と自分に思い込ませようとする傾向を私たちはみんな多かれ少なかれ持っている。そのほうが楽だし、人にいい顔をして「喜んでもらう」ほうが気持ちがいいからだ。
ここで大切なのは、「アノ人がいい人かどうか」を判断するのでなく、「アノ人が言ったこと、したこと、しようとしていること」は、自分にとって、その人にとって、社会にとって、未来にとって、いいことだと自分が信じられるかどうかを判断する、ということだ。ジャッジすべきは、相手でなくて、自分が信じられるかどうか、つまり、自分なのである。
そういう判断をする訓練を、私たちはあまり受けていない。
自分の価値判断を育てることの重要さをあまり認識していない。
よいエネルギーばかりの場にいれば、そんな判断はいらない。
けれど、世の中、そんな素敵な場ばかりとは限らない。
「悪いエネルギー」を持ち込まれたとき、それをどうやって断ち切るか。
答えは簡単、塩をまけばいい。
そうすることによって、自分の中で、そのエネルギー(ふれてしまうと、必ずその影響を程度の差はあっても受ける)を捨てることができるような気がする。
そして、やや後味の悪かった日の翌日。
その、塩をまいた同じ玄関に、まったく別のエネルギーを持った人が、突然現れた。
「とおりすがったので」寄ってみたというのだけれど、エネルギーがあう感じがあった。
仕事につながっていくかどうかはまだわからないけれど、何か生み出せそうなポテンシャルがあるのはわかった。
悪いエネルギーを持った人を非難するのは、あまりよい方法ではない。なぜなら、そうすることで、その人のエネルギーを増やしてしまうし、こちら側にも悪いエネルギーが生まれてしまうからだ。だから、よっぽど実害が及びそうなときを除いては、無視して、自分のためには、だまって塩をまくに限る。
そして、一番大切なこと。
自分が、悪いエネルギーを出したり、運んだりしていないかどうか、常に気をつけておくこと。
それから、「悪いエネルギーのきっかけとなった人、持ち込んだ人」に、恨みを持たないこと。その人は、もしかしたら、たまたま悪いエネルギーの「運び屋」になっていただけなのかもしれないし、あるいは、自分がしていることの意味に気づいていないだけなのかもしれない。(ただし、無知でいていいというわけではない。)
地下鉄で足をふまれただけで、「悪いエネルギー」は生まれてしまう。ささいなことで生まれたそのエネルギーは、簡単に増大してしまう。
自分の心の中にも、ときどき塩をまいて、清める癖をつけるといいかもしれない。









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