逆説の十カ条
すばらしい本に出会った。
言葉の力はすごい。いろいろあると、こういう言葉がとてもしみる。
この本は、著者が大学生のときに、高校生のために書いた「逆説の十か条」が、いつしか誰の手によってか、インドの孤児院の壁に書かれて、マザーテレサの目にとまったということがまた著者に伝わった、といういわくつきのもの。
ケント・M・キースの祈り逆説の十カ条
1 人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。
それでもなお、人を愛しなさい。2 何か良いことをすれば、
隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。
それでもなお、良いことをしなさい。3 成功すれば、うその友だちと本物の敵を得ることになる。
それでもなお、成功しなさい。4 今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。
それでもなお、良いことをしなさい。5 正直で率直なあり方はあなたを無防備にするだろう。
それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。6 最大の考えをもった最も大きな男女は、
最小の心をもった最も小さな男女によって撃ち落されるかもしれない。
それでもなお、大きな考えをもちなさい。7 人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていない。
それでもなお、弱者のために戦いなさい。8 何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。
それでもなお、築きあげなさい。9 人が本当に助けを必要としていても、
実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。
それでもなお、人を助けなさい。10 世界のために最善を尽くしても、
その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。
それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。ケント・M・キース : 著 : 「それでもなお、人を愛しなさい」 : 早川書房
無条件にすべて同意するというわけではない。
たとえば、2など、「隠された利己的な動機」がゼロという人がいたら、それは神様だろうと思う。自分で意識もしていないことも多い「利己的な動機」は、必ずあると思ったほうがいい。だから、自分が何かするときには、その内なる動機がいったい何に根ざしているのかをしっかり見つめ続けることが重要だと思う。たとえば、誰かを見返してやりたいなどという気持ちがあるとしたら、それは十分に利己的な動機である。
けれど、どんな結果になろうとも、自ら信じることをしなさいというメッセージは、あたりまえのことだけれど、いい。あたりまえのことがあたりまえになされないことはよくある。世の中は狂っているが、それに不平を言うのでなく、自分がよいと思うことをやりなさいというエールはいい。
問題は、たぶん、「自分がよいと思うこと」と「他人がよいと思うこと」はコンフリクトすることが少なくないということである。ミクロ的にみればよいことが、マクロ的にみたらあまりよくないかもしれないこともある。オゾン層を破壊したフロンは、当初は害のないすばらしい物質だと思われていたが、あとになって、地球規模で害のあるものだということがわかった。
しかし、そのようなことは問題にすまい。100%よいと思ってやっていたことは、それはよくないとわかったときにすっぱり変えることができる。あまりよくないかなと思ってやっていたことは、よくないとわかっても、なかなかやめられない。
やるなら、それはよいことだと信じてやることだ。そして、よいことだと信じられることを、やることだ。
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Comments
そうですねー、本当に。。。
生きていればよいことにあたるはず、ですね。
Posted by: Rei | 2009.02.21 05:34 PM
そして、それでも生き続けなさい。
Posted by: 赤塚 洋 | 2009.02.19 09:10 PM