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私はガス室の「特殊任務」をしていた

風邪をひくときは、体が変わるとき、すなわち意識が変わるときであったりすることもある。だから、強烈なショックを受けると、熱を出したりする。

一年で一番よい季節ではないかと思うこの1週間を風邪で寝込んですごしてしまったが、遠因として考えられるのは、この本である。

この本を読むと、たぶん間違いなく、熱が出る。日ごろ、何にも動じない、感じないという鈍い精神生活をすごしていれば、そういうことはないかもしれないが、悲しい映画を見たら涙が出るという普通の生活をしている人であれば、この本を読むと、心の奥のほうで何かが動く。

アウシュヴィッツでのあまりに強烈な体験談が、「体験者の声」として、インタビュー形式で語られる。

あの地獄のような体験をくぐりぬけて、生き抜いた人たちの声は、これが初めてではない。

「夜と霧」のヴィクトール・フランクル氏をはじめとして、いろいろな方がいろいろな立場でその耐え難い痛みを何とか言葉にしている。

しかし、この本は別格である。
それは、著者であるシュロモ・ヴェネツィア氏は、「特殊任務」をしていた側の人間だからである。
ユダヤ人として捕らえられた中で、屈強な体力のありそうな男たちは、特別な任務を与えられた。


(この後は、強烈な内容をそのまま引用したりしているので、読みたい方のみ続きをどうぞ)

ガス室に同胞を送り込み、その遺体を「処理」する役目である。
同胞に服を脱ぐように促し、シャワー室にいれ、そして、お湯のかわりにガスを送り込む。
死んだほうがましだと思いながら、「何も考えられずに」ただドイツ兵の言うことを聞いて、そのとおりにする毎日。「そのとおりにしない」という選択は、残念ながらない。その選択をするときは、死ぬときだからだ。

インタビュアーが質問していくと、もしかしたら本人も忘れていたのではないかというような、おぞましい記憶の断片がよみがえってきているのが伝わってくる、鬼気迫る本である。

ガス室で一度に殺された人たちの遺体をどうやって処理したのか。
焼却場があったとして、どうやってそこまで運んだのか。

アウシュビッツが、なぜどのようにむごかったのかという本当の話は、「完全な犠牲者だった人」からは聞けないということを、この本は教えてくれる。「加害者側に加担させられた人」の話は、もうどうしようもなく、それが事実だったのだと信じ続けるのには勇気を振り絞り、見続ける強さを持たないといけない。

ガス室から、亡くなった方をどうやって運んだのか。

最初、手で死体を引っ張ってみたが、その手があっというまに汚れて滑りやすくなったので、次に布切れを使おうとしたが、これもすぐに汚れて濡れてしまった。何とかしなければというので、ベルトで死体を引っ張ろうとしたが、ベルトの開け閉めをいちいちしないといけないから、それもやってみるともっときつい。結局、杖を首に引っ掛けて体を引くのが一番簡単ということになった。杖は、ガス室送りになった高齢者がみな持っていたので、不足しなかった。(P100から一部要約)

そして、ガス室で死ぬということがどういうことだったのかが克明に語られる。

普通の人は、ガスが注入されて、はい終わりと考えるでしょう。 でも、なんという死か!よく見ると、お互いにしがみついて、少しでも空気をとみんな必死だったんですね。床に落ちたガスから酸が発散するので、みんな空気がほしくなる。そのために、最後のひとりが死ぬまでみんなお互いの上をよじ登ろうとする。これは私の推測で、たしかではないのですが、多くの人はガスが注入される前に亡くなったと思います。みんな本当のぎゅうぎゅう詰めでしたから、小さい子や身体の弱った人は、間違いなく窒息したでしょう。こういう特殊な状況になると、人間は自己中心的になり、逃げることしか考えなくなる。それがガスの効力でした。戸を開いたときの光景はむごく、こんなことがあるとは到底思えないほどでした。(P102 )

そして、飢えていたのに、パンも食べられなくなった著者は、だんだんに状況に慣れて、「何も感じない日常」を生き延び、戦後、肺を患い、サナトリウムですごした後、普通の暮らしに戻り、家族にも恵まれた。

けれど、重いトラウマを持った人に共通する苦しみをずっと持ち続けて、彼は生きてきた。彼はそれを「生き残り病」と呼ぶ。

すべてうまくいっているのに、突然、絶望的になる。少しでも喜びを感じると、すぐに私の中で何かが拒絶反応を起こす。(中略)人の内面を蝕み、喜びの感情を破壊する病気です。私はそれを収容所で苦しかったときから引きずっています。この病気は私に一瞬たりとも喜びや気苦労のない瞬間を与えてくれません。私の力を常時なし崩しにするひとつの性格です。(P211)

その極限の経験が奪ったのものは、「普通の人生」だという。「うまくいくと思ったことはなかったし、無心に楽しむこともなかった」、という彼の経験の重さは、たぶんはかりしれない。

すべてが収容所に結びつきます。何をしても、何を見ても、心が必ず同じ場所に戻るのです。あそこで強いられた<仕事>が頭から出ていくことが決してない・・・・。焼却塔からは永遠に出られないのです。(P213)

この本を、私は帰宅してから届いているのをパラパラとめくり、そのまま着替えもせずに読み通してしまった。この内容の重さと強烈さがありながら、読後、不思議なことになぜか、癒されたような暖かな感じを持った。

人によって感じ方は違うだろうが、私の場合は、たぶんイエス・キリストが人々の苦しみを背負ってくださったというのに近い感じを受けた。

「ああ、ありがとうございます。こんな苦しみを背負ってくださって、、、、」

この方の1億分の一くらいだろうけれど、私にもトラウマがある。(誰にでもあるのが普通)
程度の差が天と地ほどあっても、痛みが人の幸せの邪魔をすることは経験上理解できる。

たぶん、この方が、そんな痛みと苦しみの中でも生き抜いて、そして、鋭い痛みがよみがえるのを知りながら、その経験を話してくださっているそのことが、形容しがたい大きな暖かい励ましとなって、読み手に何か見えない力を与えてくださっているのではないだろうか。

この方の痛みが、ほんの少しでも癒えますようにと祈らずにはいられない。
そのためにできることは、たぶん、真摯にその言葉を聴くこと、受け止めること、なのではないかと思う。


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Comments

赤塚さま
本当にそうですね。。。
あってしまったことを否定することもできないので、素敵なことをたくさん作って、悲しい過去が見えないくらいに楽しいことでうめていきたいですね。

Posted by: Rei | 2009.04.25 at 06:34 PM

あってはならないことです。

Posted by: 赤塚 洋 | 2009.04.12 at 06:54 AM

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